7-2 バイバイ・黒バイ
無事にゴルフ場に到着できた理由は、正直分からない。
途中三度ほど意図していないコーナーのショートカット――コーナーを曲がりきれず、空中に車体を投げ出した先が偶然車道だった事を肯定的に言えば――を行い、ギルクの追走をギリギリ避けられたのが要因なのは間違いなのだが。どうして俺、生きているのだろう。
入場手続きしている時間が惜しいので、黒バイに乗ったままゴルフ場に突入する。
ナイターコースでもあるのか、場内全域が照明器具で照らされていた。緑色の芝生を疾走するのは気持ちが良い。
「魔法で人払いを頼めるかっ」
「不法侵入する前に言って!」
火属性魔法ばかり目立つ皐月であるが、一応は補助的な魔法も使えるそうだ。
「天竜川なんてモロ街の中心で魔法使いするための嗜み」
建物から駆けつけている警備員と俺達の間を、淡い幕のような魔法が現れ、世界を隔絶する。
「――遮断、迷子、陽炎壁」
幕と接触した警備員は走る方向を九十度屈折させて、未伐採の森の方角へと消えていった。
「明後日の方向に行ってもらったけど良かった?」
「上出来だ。これで舞台は整った。後はギルクをどうにかし、てッ、危なっ!?」
長細いバンカーの横を通過している最中だった。上空から落ちてきた投擲物が進路を遮り、驚いてハンドル操作を誤りかける。
投擲物の正体は、青々しい色合いの葉が茂った杉だ。
斜面に生えていた杉を腕力で無理やり引き抜き、そのまま槍投げのように遠投してきたのか。投げてきた豪腕の持ち主は、ギルク以外にありえない。
最初の一本でもうコツを掴んだらしく、短い間隔で雨のように杉が降り注ぐ。
「皐月っ、迎撃!」
「人使いが荒い。炎上、炭か――うわッ」
杉の幹が黒バイのフロント、つまりは俺の鼻先十センチに落ちてきた。俺と皐月は別方向に振り落とされてしまう。
逆さまな杉が突き刺さって廃車寸前の黒バイ。追い討ちのように跳躍してきた黒い巨躯に踏みつけられて、完全に砕けてしまった。
遂に追いつかれてしまったらしい。
「散々逃げ回ってどこに行くかと思えばよッ!」
ギルクは足元に落ちていた黒バイのエンジン部を、サッカーでシュートを決めるかのように蹴る。
走行中のバイクから芝生の上に投げ出されていた俺は、上体反らしで回避する。反動でそのまま立ち上がってしまったのだから、火事場の馬鹿力は恐ろしい。
「隠れる所のねぇ、見晴らしの良い場所だよな。一体何がしてぇんだ? 逃げ出したんじゃねぇのか?」
「お前が死ぬには勿体無い場所だろう、ギルク」
「横合いから現れて獲物をかっさらう。死ぬはずのねぇ俺が死ぬと言う。その上は、主様が俺に付けてくれた愛称を無断で呼ぶ。一体何なんだよ、お前は!!」
「……お前こそどうした、足が震えているぞ?」
指摘してやった事実を隠すようにギルクは一歩さがる。武者震いの類ではなく、どうも本当に俺を恐れているらしい。
ギルクを畏怖させる事柄は、たった一つぐらいしか思い付かない。黒く引き締まっているが、それでもオーク族に類似した顔付きから理解した。
『オーク・クライ』スキルの影響で、ギルクは俺を怖がっているのだ。
レベルアップによって姿や形は変貌していても、所詮はオークでしかないという事の証だった。
「お前がオークでなければ倒すのは大変だったかもしれないな。……いや、お前が何者であっても、結末は変わらないか」
「答えろッ、お前は誰だ!」
「俺の名前は御影だ。俺はお前達を知っている。お前達が異世界からやってきて、何をしているのか全部知っている」
「どうしてそれをっ! まさか、ゲッケイの奴が裏切ったのか!」
「ゲッケイは知らないだろうさ。いや、誰も俺の事を知らない」
口元を引き締めてスキル影響に耐えていたギルク。
「魔法使いが好みらしいが、俺の職業は殺す事に特化したアサシンだ。お前はこの世界で好き勝手し過ぎた。躊躇ず殺すからな」
「ア、ア、アサシン? 馬鹿な、アサシンが、何故?」
だが、ふと、敵前だというのに顔を両手で覆って笑い始める。
「アサシンか、本当にアサシンなのか。それは、本当に怖いな。……く、クク、クひ、ブヒヒヒヒッ」
「何が可笑しいんだ。豚声が漏れているぞ」
「正体不明の敵ってのは恐ろしいモンだが、ソイツが職業をアサシンだとよ、クク、ブいィ」
スキルに打ち勝てる程の自信を得たギルクが、俺を本気で憐れむ視線を向ける。
「アサシンなんて絶滅職。まさか異世界でお目にかかるなんてな」
「……ん、んん?」
「瘴気と毒の世界で生きる魔族が毒殺されるか? 夜と暗がりを好む魔族が闇討ちされるか? 人間に心を許して隙を突かれた魔族がかつていたか?」
「……おぃ、まさか」
「傑作だ。大傑作だ。オレを恐怖させる程の存在がアサシンだとよ! 人間だって首にナイフを当ててきた相手に「そのナイフは玩具だ」って言われて脅されたら、困惑するだろ!」
ギルクが笑う理由が遅まきながら理解できてしまった。
魔族と対峙する上で、アサシンの職業は何らメリットがないという事実をギルクから知らされた。
「しかも人間族はアサシン狩りしているんだぜ。アサシンは卑怯だって理由だけで極刑だ。魔族でもそんな理不尽、聞いた話がねぇ」
意図的に職業変更させて、政敵を蹴落とす事もしばしば。というよりもそれぐらいでしか使われる事のない不遇職がアサシンの正体だった。
「さあ、アサシンよ。もう一度言ってくれや。オレをどうするって?」
ああ、なんて事だろう。アサシンが化物にも笑われる職業だったなんて。
「安心したぜ。アサシン様がオレの敵で!」
本当に職業がアサシンで良かった。スキルの恐怖の所為で慎重になられるよりも、勝手に侮って隙を見せてくれる方が俺としてはありがたい。
ギルクが笑う事ぐらい許してやろう。もう笑えなくなるのだから。




