7-1 追走され中
以前俺の部屋で紙屋優太郎と予想した際に、ギルクの最大速度は時速二百キロオーバーと見積もった。
一方で乗車中の黒バイの時速は時速百八十キロが限界だ。カタログスペック上はもう少し速度は出るのだが、リミッターは外されていないので最高速度に限界がある。
そもそも今は二人乗りをしている分重量があるし、見通しの悪い街中だ。最高速度は望めないだろう。
「私、全然重くないから!」
移動中に追いつかれる可能性は高いが、可能な限りの速度で移動を続けたい。
「ちょっとっ、速度速すぎない!」
「風で聞こえ辛い。何を言った!」
「今、何キロで走っている!?」
「だいたい、時速百五十キロぐらいだっ!」
「ぐらいだ、じゃない! 下町をそんな速度で走るな、この馬鹿マスク!!」
「安心しろ! 今日は人気がない。万が一、歩行者や対向車とぶつかった時のために『非殺傷攻撃』は発動させている!」
ぶつかった側の安否は心配していない。無関係の人間を殺してしまうかもという恐怖がないので思いっきりエンジンを回せる。
一方で、攻撃した側である俺と皐月にも『非殺傷攻撃』の効果が発動しているかは、試した事がないので分からない。コーナーを曲がれずに自爆した時も同様だ。
「イヤーーッ! 毎回思うけど、何でマスク男の言葉に軽々しく乗っちゃったのよ、私!? 今すぐ下ろしてッ!」
「無理言うな。後ろからギルクが追ってきているのに!」
片目だけでバックミラーを確認する。
黒い巨躯が、アスファルトを割りながら猛進していた。地面を蹴り、次に地面を踏みしめるのは十メートル近く移動した後。豆粒大から人型へと、どんどん姿が大きくなっている。
戦場を移したい俺としては、追跡してくれるのは好都合だ。
ノリの良い化物は大好きだ。オーク死ね。
「途中下車したらギルクに踏み殺されるぞ。それよりも事故らない運に掛けてみようぜ!」
「『運』なんて死にパラメーター信じられるか! 馬鹿ァぁぁ」
「え? レベル65もあるんだろ?? 二桁ぐらい普通にあるはず……」
「レベル0の頃から一度も上がってないから、私の『運』は2よ!」
「何で俺よりも低いんだよッ!」
使えない魔法少女でも今は頼るしか方法がない。
叫ぶだけのデッドウェイトに魔法攻撃を指示する。
「だから、私っ、重くないッ!」
「どうでも良いから、魔法で攻撃してくれ。ダメージは与えられなくてもバランスぐらいは崩せる」
柔らかい感触が背中から一時的に離れていく。直後に火球が三つ現れて、後方に流れていく。
高速で移動している最中のため、狙いが大きく外れて二発は外してしまう。が、残り一発はギルクの左肩に衝突して、よろけさせる事に成功する。
こんな攻撃でオレを止められるものかと言いたげだったギルクの顔は、損傷した肩を大きく振った瞬間にグニャリと歪む。痛みに耐えかねたのか転倒してしまった。
「何で、こんなに痛てぇんだよォォオォッ!」
「案外効いてないか? この世界ってクリティカルヒットまであるのか?」
「私の魔法が効いている……?」
「そういえば紫色の火炎魔法もギルクにはダメージを与えていたな! 耐魔アイテムはどうした?」
ピンチを装っていたとはいえ、あんな状態になっていたのに助けようとしなかったのか。こう皐月は非難しながらカラクリを語る。
「レアアイテムでレベルをブーストさせていたから。使い捨てだからもう残っていないし、効果時間も切れているはずだけど」
「なら、あの炎で耐魔アイテムを燃やしたんだろ。装備破壊って奴だ」
全身炎に焼かれてギルクは半裸どころか八割裸だ。服という装備品が燃えるのなら、アクセサリー系の補助装備も燃えて当然だろう。
「あ、諦め損……。もう少しゴリ押ししていれば、勝てた? うげげぇ」
「どうだろうな。ギルクも警戒していただろうし、二度目はなかっただろ」
皐月は策を講じて敗退した。惜しかったが、人外の化物を相手にするのならもう少し常識外れた策で挑むべきだった。
だが、俺には化物の超常識性を出し抜く手段がある。これを効果的に発動させるために最適な場所も目星を付けている。
「どこまで行くつもり。天竜川で駄目だった訳?」
「街中にしては広い方だが、住宅地が近いから被害が出る。だが、これから向かうゴルフ場なら周辺被害は少ない」
「どれだけ強い魔法を使えるのよ!」
「魔法? 俺の職業は『アサシン』だ。魔法なんて使えるか!」
魔法使い以外の職業の実在に驚いていた皐月だったが、周囲の電灯が少なくなっているのに気付いて、直後に顔を引きつらせる。
「職業問題は後にするけど、ゴルフ場って山の上にしかないはず……? 違うよね??」
「山の上であっている」
「今の速度は?」
「慣れてきたから百六十キロは出せるぞ。――あ、また、ギルクが追いついた。これからカーブ続きだが、速度は落とさないからそのつもりで!」
山へと続く道は蛇行続きで見通しが悪い。しかも車道の一歩先は深い谷になっているが、ギルクに追いつかれても死ぬ事には代わりはないので速度は落とせない。
運任せのヒル・クライム開始を告げたいのか、興奮した魔法少女が背後で喚いていた。




