6-8 ジャスト・アン・アサシン
“助けてッ! マスク男!”
何故あの魔法少女は執拗に俺をマスク男と呼ぶのだろう。
心の表層はそう戸惑っていたが、トラックのエンジン始動はエンストする事なくスムーズに済む。
乗り込んでいるこのトラックは俺の普通免許では動かしてはならないはずの車種なので、警察に捕まれば免停になってしまう。その前にこのトラックは盗んだものなので、窃盗罪で捕まるだろうが。
「対ギルク用車両型決戦兵器、五トントラック始動!」
トラックは土曜日の朝方、天竜川には縁のない別の工事現場から許可なくレンタルして、その後は大学の駐車場に放置していた。
警察に見つかっていたのなら使う予定はなかったのだが、ある物は利用する主義なので使う。生徒が多い月曜日まで放置していたら流石に見つかっていただろう。
魔法少女皐月を見下ろし、今にも襲い掛かろうとしている化物を轢くために、アクセルをベタ踏みして突撃する。
「ん、こっちの世界の荷馬車か。そんな物でオレが、オレ――が?!」
以前に聞いた声と似ているので、化物がギルクであるのはほぼ確定だ。
奇襲してやりたいが、騒がしいエンジン音は誤魔化せない。トラックに向かってギルクが何か叫んでいるのでもうバレバレだ。素直に轢くのは諦めかける。
「さ、寒気だとっ? 震えているのか、オレが人間ごときに??」
だが、フロントガラス越しに俺の顔を見た途端、ギルクは勝手に硬直してしまう。
罠にしては露骨過ぎるので、進路をそのまま、ギア比をアップして直進する。まるで俺の顔を見て硬直したかのようだが、黒マスクがそんなに珍しいのだろうか。
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“『オーク・クライ』、オークに対する絶対優勢の証。
相手がオークの場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が二倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、オークはスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、ステータス全体が二割減の補正を受ける”
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好機も逃さない主義なので、限界まで運転席で粘って進路を最終補正。衝突間際でドアを開けて、転げ落ちるように脱出した。
五トントラックはボソボソ呟いて固まっていたギルクをフロントにへばり付かせて暴走を続けて、天竜川に頭からダイブする。そのまま浅瀬で直立してしまったのだから奇跡的だ。
ただし、車線上に倒れていた魔法少女はタイヤの下敷きになってしまったので、気色の悪い鈍い音が二回も響いてしまった。
トラックが踏み均した大地には、トマトペーストになってしまった少女の変わり果てた姿が……あってたまるか。原型を留めた少女が大の字に転がっている。
アニメ調にタイヤの溝痕が残ってもいない五体満足な姿だ。
脱出時に打ってしまった背中を労わる暇なく、俺は皐月に近づき声をかける。
「大丈夫だろ。立てるか?」
「……い、い、生きてるしっ。てか、ア、アンタはっ?!」
「それとも、化物に蹴られた箇所が痛むのか?」
「トラックで殺そうとした癖に! てか、完全に轢いてくれた癖に! しかも横じゃなくて縦よ、縦!! どの面下げて現れた!?」
ギルクとの戦いの恐怖で動転しているのか、皐月は俺を敵と誤解しているらしい。手には火球を生成し始めている。
「まさか、俺が皐月を殺すはずがないだろ?」
「澄ました顔で嘯くな、外道!」
「いや、実際に死んでないだろ。加減したから痛みもないはずだ」
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“『非殺傷攻撃』、致命傷にできる攻撃を任意で加減可能。
攻撃手段が素手、剣、弓、等、それが攻撃であれば種類は問わずスキルは適用される”
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「……ハ?」
「『非殺傷攻撃』のスキルを使った。ギルクを退けるのに丁度良いトラックがあったから、使ってみたんだ」
「スキル? ギルク??」
説明が不十分なのは分かっているが、話をしている余裕はない。
皐月の手を引いて無理やり立たせる。
「だからギルクの方も無傷のはずだ」
「――新手の人間族がッ、俺に何をしたァァッ!」
「ほら叫んでる。さっさとここから離れたいけど、その前に、せっかく作った魔法をトラックに向けて」
少女のスベスベした手の平を、川辺で倒立しているトラックに向けさせる。
「ほら、詠唱!」
「あ、ええっと――発火、発射、火球撃?」
給油メーターに半分以上余裕のあったトラックは、火の魔法の衝突で炎上、ガソリンに引火して爆発する。
近場のギルクは爆発の直撃をくらって、天竜川の深みに飛んでいく。
「おお、やっぱり間接的なら魔法でも効くようだな!」
とはいえ、瀕死状態から立ち直る化物だ。トラック一台の爆発で倒せるなんて希望は持っていない。
当初の予定通り、天竜川から戦場を移すべきだろう。
「もう何が何やら……」
「だから、さっき言った通り、ここから移動する。足は用意してある」
トラックを停車させていた場所まで二人で走る。
橋下には二人乗り可能なぐらいに大きい車体のバイクを用意してあった。白……あらため、ラッカー塗装した所為で色むらの激しい黒バイだ。
「ほら、綺麗な髪だけど、今はタイヤに巻き込まないようにヘルメットに押し込む」
「逃げてどうするつもり?」
先に黒バイに跨った俺に皐月は抱き付く前に質問してくる。
「助けてくれるのは良いけど、天竜川から逃げ出しても倒す手段がないんじゃ――」
「愚問だ。ギルクはこの世界に現れた事を命で詫びさせる。そのためには、ここは狭すぎる。だから移動するんだ」
起動したエンジンが温まる。皐月の体温も背中に感じたので発進する。
バイクの性能が高いので、二人乗りで芝の土手を駆け上がるぐらい造作もない。前の持ち主の入札仕様が良かったのだろう。




