6-7(裏) ラスト・メッセージ
皐月のステータスを初公開です。
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“●レベル:65”
“ステータス詳細
●力:25 守:33 速:31
●魔:121/186
●運:2”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『火魔法趣向』
●実績達成ボーナススキル『ファイターズ・ハイ』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
“装備アイテム詳細
●火妖精の袴(火魔法威力三割増)”
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“実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』、最終的な悲劇の約束。
実績というよりも呪いに近い。運が悪くなる事はないが、レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“非表示化されているので『個人ステータス表示』では確認できない”
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皐月の魔力にはまだ余裕がある。ギルクが最後の大暴れで赤く煮えたぎる地面を泳いだとしても、川辺全体を溶鉱炉と化してしまえる程に膨大な魔力が残っている。
ギルクを強敵と見なしている皐月に、油断などありはしない。
しかし、それでも皐月がギルクを仕留め誤ったとすれば、やはり彼女に油断があったのだろうか。
突然、熱い泥が爆発して、高く弾け跳んだ。向かいの岸まで届く。
溶鉱炉から抜け出せないのなら、溶鉱炉そのものを破壊してしまえば良い。魔法使いが溶鉱炉を拡張するのであれば、拡張する速度よりも速く破壊してしまえば良い。ギルクの悪足掻きの正体はたったそれだけの事だ。
人間に擬態したままのギルクであれば不可能だっただろうが、死の危険が迫っているのに手を抜き続ける馬鹿はいなかった。
「――勝ったと思ったか。愚かさが人間族の唯一の取り柄だろ」
数と繁殖力はオーク族の専売特許だ、譲るつもりはない。こうのたまう化物は真の姿を皐月にさらして、誇る。
オーク族特有の短躯は失われ、人間に擬態していた頃とまったく変わらない巨体。
真っ黒い鋼のような皮膚と筋肉に締め付けられ、下腹は深く割れている。
豚の鼻と牙を持った顔だけはオークに似ているが、本能的なだけのオークには備わっていない自尊心が顔に浮き出ていた。
「ギガンティックルーラー・オブ・オーク。“オーク族を統べる者”がオレの名だ。恐ろしいだろ、人間?」
「結局はオークが元。豚の支配者を名乗る豚がいたら、嘲笑する以外に何ができる」
「言っていろ。一度殺す前に、溜まった鬱憤をお前で発散させてもらうからな」
「変態ッ、死ね!」
メスを見る目をしたギルクに火炎を投げつけるが、やはりギルクには効果がない。
「暴れろ暴れろ。活きが良いとオレも楽しめる」
攻撃魔法が通じないのであれば、魔法使いなどただの小娘である。大柄のギルクに押させて倒れ込み、馬乗りにされれば、たったそれだけで逃げ出せなくなる。
皐月はまるで、非力な女学生のように暴れるだけだ。
「化物が人間に欲情するな!」
「化物だからだろうが。青臭く若い臭いがするな」
「髪が汚――や、このっ」
抵抗は空しい。
髪を舐めるだけでは我慢できず、とうとう、ギルクは下半身を皐月の柔らかい股に擦りつけ始めた。
気持ちの悪い感触に、皐月は少女のような短い悲鳴を上げる。
「い、いやっ、ヤダ」
「はは、ははははッ。オレは愉快だ」
「やめてよ。ねぇ、やめて、だって私――」
皐月が怯えた声でギルクに願う。
「だって私――――まだ、奥の手が残っているから!」
紅袴にぶら下げていた巾着袋を左手にとって、ギルクがおっ立てている粗末なモノにグニャリと突きつける。
そこに残っていた右手も当てて魔力を注入。残りは呪文で出来上がりだ。
「全焼、業火、断罪、地獄炎ッ――フレイム・エンド!」
皐月の最大火力が、最強のコンボでギルクを襲う。
師匠から譲り受けていた最後の形見、『火竜の心臓』の効果によって一時的に皐月のレベルは75まで上昇。ギルクの持つ耐魔アイテムの効果を打ち消すと共に、『魔』パラメーターも30は加算される。
『ファイターズ・ハイ』によって、強敵と戦う際にはパラメーターが更に一割増し。
『四節呪文』によって囁やかれた呪文は皐月が知る最強の火属性魔法。
ダメ押しに、『火妖精の袴』こと紅袴の効果によって火属性魔法に限って三割増加。
これ以上は望めない威力の紫色混じりの火炎が、主にギルクの下半身――更に注釈するなら、ギルクの男性機能を始点に――から燃え上がり、ギルクを上空に押し上げた。
地獄炎は特別、ギルクに対しては効果があるだろう。
罪を燃料に燃え上がる紫炎は、ギルクの身から染み出る油に絡み付いて、しつこく炎上を続ける。
激しい熱量から逃れるために川に逃げ込んだところで無駄だ。ギルクの心臓が止まるまで、炎は衰えない。
「灰は灰にと言うけれど、化物が返るべきモノってあるのかな。……ねぇ、師匠」
ギルクの断末魔が川の内部から聞こえているが、皐月にはもう興味はあまりない。
紫炎が消える時は、ギルクの命も消える時だ。
「仇は討ちました」
殺したも同然の相手の最後に意味などない。
「とりあえず一匹目ですけ――」
「――オレが、オレがッ! オレが死ぬかァァッァ!!」
皐月の呟きは、ギルクの咆哮で上書きされる。
怒号ごときで消えるはずはない地獄炎は、死地から蘇った化物が放つ声の衝撃波でかき消される。
「人間族の魔法ごときで、殺されるはずがないだろがッ」
皐月としては炎が消えた事実よりも、ギルクがまだ声を発していられる事に驚愕するべきだろう。ギルクが生き残っている理由など、あってはならない。
「クソッ、皮膚が再生する所為で全身が痒い。疼きやがる!」
「そんな、なんで??」
しかし、ギルクが死の淵から蘇る手段を有している事は予想しておくべきであったのだ。
ギルクを含めた天竜川の黒幕は、魔法使いを何度も殺して経験値を稼ごうとしている。これを成すためには、何度でも生き返す手段を所持していなければならない。
ギルク本人には――元々がオークでしかない脳筋化物には――そんな器用な特技は備わっていない。だから、瀕死状態から完全回復する、と予期できないのは無理もない。
「せっかくよ。主様から頂いた『奇跡の葉』がほとんど燃えちまった。どうすりゃ良いんだよ……」
……いや。そんな不憫なギルクのため、主様が肉体的な損傷ならば炭と化していても回復させるレア回復アイテムを渡している。こう予期すべきだったのだろう。
勝利寸前のどんでん返しから立ち直れない皐月は、ギルクに一睨みされただけで地面にへたり込んでしまう。『火竜の心臓』はもう無くなってしまった。逆転の手段は残されていない。
「オレの下半身、一度なくなっちまったじゃねぇか。どうするんだよ……」
ギルクはもう皐月をメスと見ていなかった。
怒りが己で知覚可能な限界点を超えてしまったため、感情的に動くのはむしろ難しい。
だから勿体無いという感情も働かず、ギルクは皐月を自慰のために使う以外の素晴らしい手段が思い付かない。その過程で使われる側がどうなるか。たぶん死ぬだろう。
「なぁ、どうするんだよ……」
ギルク本来の俊敏な動きで、川の中から一瞬で皐月の傍まで移動する。
死ぬかもしれないという思考が動かないから、ギルクは躊躇いなく皐月の腹を足蹴にする。
蹴られた皐月は地面を転がり、仰向けになる。
「なぁ? なぁなぁなぁ?」
たった一撃受けただけで動けなくなる皐月。
後衛職の魔法使いとはいえ、レベルが65もある皐月ならギルクの気のない攻撃ぐらい防御できただろう。しかし、防御したからといって何に繋がる。
もう皐月は敗者となってしまったのだ。
感情を取り戻せずに、皐月を見下ろしている巨躯の化物。次の瞬間には女として屈辱的な扱いを受けているのだろうと分かっていても、生娘の皐月では内容の想像は難しい。効果のない魔法を放ってギルクを挑発し、即座に内容を確かめようとは決して思わない。
「なぁ……?」
「師匠に、申し訳ないな……」
皐月とギルクは会話をしていなかった。互いに独り言を呟いている。
「ああ、馬鹿したなぁ。私……」
抵抗する勇気はなく、縋るべき希望も皐月には残されて――。
“もし俺を多少でも信じられて、かつ、俺の言った脅威が現実となった場合、君は敵に屈服するだろう。だが、その心が折れる直前で良い。俺に助けを求めろ、助けてみせる”
「――ぁあ、そんな淡い希望が残っていたっけ」
襲われているのに現れてくれない希望に大した価値はないんだけど、と呟く皐月。
天竜川で最強を自負する皐月でも勝てなかった化物に、マスクを被っているだけの青年が勝てるとは思えない。僅かな希望にすがりたいという弱い心はあっても、真実を語っていた青年を巻き込んでまで生きるべきではないだろう。
「……ぁ」
けれども、生きたいという気持ちは否定できない。
化物に犯されるなんて絶対に嫌だ。
戦闘以外の生きがい。それが愛とかいう訝かしい品物であったとしても体感してみたい。
もし救ってくれるのなら、顔も分からない男で恋という形而上の感情を試してやっても良い。
「……まったく」
豆粒大であるが、皐月は希望を見つけてしまった。ならば、もう生きる事を諦められない。
仰向けに倒れる少女の目線は天を向いているが、化物の顔が邪魔して夜空は伺えない。
しかし、そのお陰で皐月は見つけられた。妙な赤い点が、ギルクの額に付いている違和感に気付けたのだ。
黒い皮膚の上では酷く目立つ。狙撃銃のレーザーサイトだとすれば、ギルクは何者かに狙われている証拠になる。
赤い点は皐月に何かを促すように少し動いては、額の中心に戻っていた。数度も繰り返し行われてしまっては、回りくどい手口だろうと、縋らずにはいられない。
「襲われそうな女子がいるなら、律儀に待たないでもいいのに――」
赤い点の発射点にいる青年は、皐月を待っていた。
「――お願い、助けて」
マスクを被った青年は、皐月の助けを求めていた。
「助けてッ! マスク男!」
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“ステータスが更新されました(非表示)
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(無効化)”
“実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』、最終的な悲劇の約束。
実績というよりも呪いに近い。運が悪くなる事はないが、レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“非表示化されているので『個人ステータス表示』では確認できない”
“ある人物に救援を求めた実績により、現在は無効化されている”
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皐月が救助を叫んだ瞬間だった。
以前にギルクが破壊した橋の支柱の修理現場。そこからスターター音が響いたのだ。起動した物体は機関部が温まるのを待つことなく、アクセル全開でギルクへと突進を開始する。
ただし、ギルクへと直進しているという事は、足元で仰向けになっている皐月も衝突コース上にいるという事に繋がるのだが――。
「――え?」
迫りくる物体の正体は工事現場の規模に似合わないトラックで、車重は十トンを越えていそうだ。
『守』が33ある皐月でも轢かれれば、レベル0の一般人と変わらず挽肉になるしかないだろう。
化物に犯される苦痛を経験してからの死と、一瞬で血と肉になる死。どちらがマシなのかは人によるかもしれないが、多数派なのはおそらく後者。
「助けるって、こういう事?」
運転席にいたはずの人影は既に脱出済みなので、誰も皐月の最後の言葉には答えてくれない。
慈悲深いトラックは、化物に犯されてかけていた皐月を無慈悲に轢く。丁寧な仕事ぶりで、前輪と後輪で二度も柔らかい体を潰していった。
数あるなろう小説の中でも、ヒロインを五トントラックで轢いたのは御影ぐらいではないでしょうか。




