6-5 黒幕共の日常
天竜川近傍。
土壁で四方を囲まれた、地下と思しき場所。
御影や一部の魔法少女の間で、天竜川における元凶と認識されつつある集団の隠れ家としてはこれ以上はないだろう。闇に属する者に相応しく、光が少なく、湿気に富んでいるため不快指数が高い。
窓など一切ない閉鎖的な場所だけあって、人口密度は低く、片手で数えられる程度の人物しかいない。
一人目は、主様と配下から敬られている黒幕の首魁だ。
「ギーオスとは、お前の親類ではなかったか? 確か、魔法使いの贄としてこの世界に追放したはずであろう」
二人目は、人間の男に無理やり擬態したために、体格が人類の規格外になってしまっているオーク族の統治者、ギルク。彼はいつも以上に感情を荒れさせているように思える。
「生きていやがった。この槍が証拠だ」
ギルクの手によって、土を固めた地面に三叉槍が突き刺さる。ある夜、御影が落とした武器であるが、本来の持ち主はギルクの弟だ。
異世界で死んだはずの弟が復讐を企てている。こうギルクは激昂しているのだ。オーク族から裏切り者が出てしまった羞恥心を隠すために、ギルクは三人目に鋭い眼光を向ける。
「連れてきた配下が殺された。どうしてくれるんだ、ゲッケイッ」
三人目は街中での活動を主体としているため、現代人と変わらない姿と服装をしている人間奴隷、月桂花である。
「……わたくしは異世界を流刑地代わりに使われては困ると何度も上申しておりました。魔法使いの育成に齟齬が生じてしまいますし、わたくしもすべてを監視している訳ではありません」
「口答えを、するなッ!」
現場で実作業を行う者の気持ちは、後からやってきて美味しい所だけをさらう他部署の者には理解されない。
ギルクの拳を頬に受け、月桂花は倒れてしまった。奥歯が割れた感触を不快に思いながらも、痛みは慣れたものなので、澄ました顔で彼女はすぐに立ち上がる。
「お前が主様への当て付けで、ギーオスを見逃したんだろ!」
「……で、あるのか? ゲッケイ?」
「そのような無意味な行為で、何が得られるのでしょうか。たかだか豚一匹ごときで主様の気分を害せますか?」
オーク族の侮辱に耐えかねて、ギルクは再度月桂花を殴る。
主様は臣下と奴隷の戯れを見逃しながら、木の根を編み込んで作られた玉座で思案顔を見せていた。
場を静めるために暫しの時間を欲していたが、その猶予は暗い地下にそぐわない形で到来する。
携帯電話の電子音で、だ。
「――主様、業務ですので、退室をお許しください」
月桂花が取り出した長方形の箱が震えていた。異世界人の化物には馴染みない機械である。
元々、地球の人間である月桂花が使っている分にはまだ違和感はない。
ただ、主様も携帯電話を熟知しているのか、頷き一つで月桂花の退室を許す。月桂花は通話口で呪文を唱えながら、玉座の外へと出て行った。
月桂花が戻って来たのは数時間後だ。
話を中断されただけには飽き足らず、放置された屈辱にギルクは怒り狂っていたが、主様は数時間も数年も変わらないという態度で奴隷に報告を促す。
「魔法使いの一人からでした。先代の魔法使いへの連絡目的です。通話中に幻惑の魔法を掛けておいたので、もう通話の必要はありません」
大切な誰かの事であっても三年も忘れさせてしまう魔法。
通話相手の記憶の中の人間を演じる魔法。
通話していると勝手に勘違いし、都合の良い会話を続けさせる魔法。
どれもこれも幻惑系の魔法を得意とする月桂花にとってはそう難度の高い魔法ではない。
「どの色の魔法使いからであった?」
主様は通話内容そのものよりも、通話相手に興味を持つ。
「色でありますか? 恐らく、赤だと思われますが」
「……ああ、あの色か。どうにも人間族は服の色か味かでしか印象が残らないのでな」
不味くはなかったのは確かだった。
激しく抵抗していたような記憶もある。
しかし、赤い色の最後はどうであっただろう。主様は反芻するかのように喉を蠢かせて、こう月桂花に訊ね直した。
「最後には主様が自害をお許しになりました。褒美だったと記憶しております」
「そうか。そうだったな。この世界の人間族にしては良く動いていたからな。生きている間に、異形共の慰め物にしてやるのは不憫であった。全生命力を賭して我に最後の一戦を仕掛けるつもりがあるのかと、訊ねてやったのだった」
先代の炎の魔法少女と主様の決戦がどうなったか。主様が今も健在である事実だけで、結果は想像できるだろう。
主様と月桂花、そしてギルク以外の何者かが遠くで、主様の慈悲深さにクスクスと笑っていた。
「今の炎の魔法使いは次の世代を育成していないそうです」
「それは残念だ。あの赤の意思が受け継がれないとは、酷い話ではないか。どこまでも人間族とは愚かな生き物だ」
いい加減、放置気味だったギルクが主様に食らい付く。
「主様よッ。そんな話はどうでも良いだろ! オレの配下が殺された事の落とし前、ゲッケイにつけさせろ!」
「そうだな、人間族がどうなろうと些事である。人間族が魔王である我に挑む気概を見せる事も、オークが殺される事も、等しく些事である。そうであろう、ギガンティックルーラー・オブ・オーク?」
主様の生優しい視線がギルクに突き刺さる。たったそれだけの事で、怒りを決壊させて吠えていたはずのギルクが、一回り小さくなって停止してしまう。
「ギルクよ。お前が配下を可愛がる気持ちは分かる。我がお前に対する気持ちも等しいのだ。だからこそ、あまり駄々をこねてくれるな。ゲッケイは我の気に入りだ」
オーク一匹が野放しになっているぐらいで慌てる必要などどこにもない。
先代が有望であった赤い色の魔法使いはギルクに譲渡しているのだから、それで我慢しろ。
これが主様の判断だった。王の決定に誰も異論は唱えない。
「――主様よ、一つだけ良いか?」
「まだ何かあるのか、ギルク」
「その赤い魔法使い、もう食っちまっても良いよな。何日も待てねぇ……。オレはいい加減限界なんだよッ。この薄汚い世界でパンクしそうなんだよッ」
「……よかろう。次に赤い魔法使いが現れたら好きにして良い。他を気にする必要もない。ゲッケイ、ギルクがどれだけ暴れても人間族を騙し込めるよう準備しておけ」
主様は親族に裏切られて可哀想なギルクを甘やかせる判断も下したのだった。
ギルクと月桂花が去った地下空洞にはもう主様しか残っていない。
「――クスクス。主様は誰に対してもお優しい。惨めな人間族も、哀れなオークも、主様の前では皆等しい」
……残っていないと思われていたが、四人目、笑い声を発する女が一人残っていた。
「デア・ピラズィモス。お前ぐらいは我を労ってくれても良くはないか?」
先程までの会話に参加しようとしなかった頼りない配下の女を、主様は不満げに見下ろす。
主様の玉座から離れた土壁に、女は張り付いたまま動かない。
「ギルクは低レベルの頃から大切に育てた可愛い化物よ。育ったのであれば、甘えさせたくもなる」
「オークを育てるのに使った人間族にも、同じ事を仰っておりませんでしたか?」
「当然だ。苦労には報いる、それが上位の存在の役目である」
「でも、殺すんでしょ? 自害をたまに許しても、私が死体で遊ぶ事はお許しになるのでしょ?」
当然の事を何故そう何度も訊ねる、と主様は言葉を返す。
女はやはりクスクスと笑うだけであった。
新幹部は日本語的に言えば花子・久美みたいな適当な名前です。




