6-2(裏) 弟子と師匠は久しぶりに駄弁りました
皐月と師匠の長電話は二時間以上も続いていた。
女子学生としては平凡な通話時間であるが、平凡ではない皐月は、人生の連続通話レコードを更新し続けている。
『――へぇ、65もあるんだ。でも、他人にレベルを教えるなんて、無用心だから止めておきなさい』
「わ、分かっていますって!」
『――声が上ずってない?』
マスク男の黒マスクが記憶から浮かび上がる。
師匠の追及を逃れるため、皐月は話題を逸らす。
「大学は楽しいですか?」
『――まぁね。そりゃ、魔法使いの頃ほど危険な駆け引きはないけど。自由で気楽で、楽しいものよ。次は四年目だから、研究室に所属して――』
「想像できないなー。モンスターを狩る以上の楽しみってあるものです?」
『――恋とか?』
「声、上ずっていません?」
過去、近状、未来。話題は途切れる事を知らない。
他人との繋がりが薄い皐月だが、魔法使いの世界を教えてくれた師匠とだけは誰にも負けない絆があると信じている。平均化された間柄など、唯一尊敬できる年上との縁と比べれば、蜘蛛の糸とカーボンナノチューブの差に等しい。
三年も忘れていたからといって、そうそう途切れるものではない。
『――皐月も卒業でしょ? もう後輩への引継ぎは済ませたの?』
「いいえ、全然」
『――この弟子は、駄目でしょに……。魔法使いなんてファンタジーは学園生の間に卒業しないと。ファイナルしなさい』
「大学に行っても続けます。そのつもりで近場の大学を選んだんです」
『――努力すれば都会にも行けたでしょ。大学生になっても、あんなコスプレ衣装着て戦うつもり?』
「あれって師匠が修繕してくれたんでしょう! 趣味全開に!」
師匠いわく、魔法使いは学園生の三年間のみの活動であるべき。それが昔からの慣わしである。
皐月にとっては悪習であるが、現実的な側面で考えれば適切な習慣だ。
魔法使いは天竜川の狩場を守る義務がある。学園卒業で遠方の大学に行ってしまう者にとっては、卒業と共に任期が終わるのは好都合と言えた。
『――別に魔法使い止めたからって、レベルが下がる訳じゃないから。将来の就職に有利な経験をしたと思って、ね?』
「就職活動の自己アピールで使えますか? 『特技は何ですか?』『イオ○ズンが使えます』って言えと?」
『――つべこべ言わないの。経験値を独り占めしないで、次の世代に譲ってあげなさい』
師匠に逆らいたくない、これは皐月の本心だ。
師匠が正しい事を言っている、これは皐月の判断だ。
人を襲うモンスターとの戦いに、レベルの低い若人を巻き込むつもりか? これは皐月の建前だ。
「……まだ、満足していないんです。生きているって実感が足りないんです。天竜川での生活こそが、私のすべてなんです」
『――――恵―れ―た――と――』
「師匠、良く聞こえません」
『――あ、回線が直った。ごめんね』
電波状態が悪くなった所為で、皐月の言葉が伝わらなかったのだろう。皐月は師匠に思いを語り続ける。
「私には今の生活以上の楽しみがありません。無趣味なんです。大学生の間に別のものを探す努力はしますから、許してもらえませんか?」
『――馬鹿弟子ねぇ。そんな事言って、主婦になっても魔法使いしているんでしょ』
「そんな未来があるかも、私には分かりませんから」
『――枯れた弟子ねぇ。気になっている異性とかいない訳?』
気になっている異性などいるはずがない。学園の男子一同はジャガイモと同じだ。
“俺の話の裏を取ってみろ、魔法使い皐月”
ふと、顔も見せていない男の、全然大した事のない言葉を思い出してしまった。
確かにアレは気になる異性には該当するだろうが、まったく別の意味でだろう。
「あの、師匠。実は一人だけ――」
“俺は敵にとって完全にイレギュラーな存在になっている。この優位性は可能な限り保ちたい。皐月も不必要に俺の存在を広めないでくれ”
『――どうしたの? やっぱりいた??』
「いいえ、いません!」
本来であれば師匠に相談すべきであるマスク男の存在。
しかし、皐月はギリギリではあったが発音しかけた言葉を飲み込んでしまう。あんな虚言と出任せが主成分の男を、何故だか庇ってしまった。
「……あ、そろそろ夕飯みたいです。母が呼んだので、一度切りますね。また後で良いですか?」
『――そうね、私もお腹減ったし、丁度良かった。でも皐月』
「なんです?」
『――魔法使いは早々に誰かに譲りなさい。恋人がいなかったのは、不幸中の幸いね』
私もフリーだから、弟子に出し抜かれていなくて良かったって意味。そう師匠は一言追加してから通話を切った。
師匠との久しぶりの他愛無い会話。
本当に楽しかったはずなのに、あるいは楽し過ぎたからだろうか。皐月は小骨が喉に引っかかるような違和感を覚えてしまう。
「……どうしてこんなに楽しい会話や師匠の事。私は三年も忘れていた?」




