6-1(裏) つまり、マスク男は虚言男って事で
(裏)ですが、別時系列の(表)がある訳ではありません。
主人公以外の視点が今章は多いので、(裏)スタートです。
魔法使い、美空皐月の週末は空振りの調査で過ぎ去ってしまった。
数日前、回りくどい連絡手段で皐月に危機を知らせてきたマスク男――仮面の忍者っぽい名前を名乗っていたような記憶はあるが、覚えてはいない――の言葉を信じたというか疑ったというか。皐月自身どうして土曜日をふいにしてまで天竜川の見えざる敵を調べてしまったのか、理由はよく分からない。
ともかく、皐月の調査結果では天竜川で蠢く悪などいない。白である。一審、二審共に無罪判決だ。
マスク男個人のみが天竜川を騒がせる悪であるという例外を除けばだが。
「私とした事が、正体不明のダサいマスクなんて付けた男の言葉に踊らされるなんて」
確かに、直近では女性が襲われて死者が出る事件があったし、今日は不可解な事件が立て続けに発生している。街に不穏な空気がない訳ではない。
しかし、天竜川周辺の痕跡調査で糸口を掴めなかった。市内全域のローラー探索を行ったが、怪しい点は皆無であった。
常識の範囲内で人心が荒び、治安が悪化しているだけなのだろう。
レベルが65もあるとはいえ、運動すれば足腰に乳酸が溜まる。
自室に戻った皐月は、ベッドに腰を下ろして、疲れた足をほぐし始めた。
「あー、もーっ! 残り少ない学生生活の休日がーっ!」
普段、学生である己を尊重していない皐月が、心にもない不満を呟いている。
大学受験において魔法使いである事で得だった点は、あったかもしれないがはっきりとしない。
学園での成績は悪くはない。夜な夜な天竜川でモンスターを狩る生活をしている所為で勉強時間は削られていたが、学年順位の五十位くらいをキープできていた。これがレベル65の恩恵だとすれば、知能指数の向上が実に拙い。
いや、皐月が真剣に勉強していれば、もっと良い成績を取れた可能性はあっただろう。が、皐月に勉強する気が皆無だったため、レベルアップの効果が発揮される機会はなかった。
要するに「まだ本気を出していないだけ」という可能性も、ない訳ではない。『知』のパラメーターがないため確実とは言えないが、オークとてレベルが上がれば知能が上がる。人間の脳のシワも増えている可能性は十分にある。
既に希望の大学に受かっている皐月としては、どうでもいい課題だ。
「学園が終われば、次は大学かぁー。部活だけじゃなくて、サークルってのがあるんだっけ。魔法使いサークルってないよねー」
学園での三年間は帰宅部に所属していた。
どんな運動部よりも実戦的で、どんな文化部よりもサブカルチャーな魔法使い生活を過ごす皐月が、学生レベルの部活動に興味を抱けなくて当然だった。
「――ん、大学?」
ベッドからむくりと立ち上がると、皐月は学習机を上から順に開けて探し物を始める。
「マスク男の言葉の裏を取るなら、一番確実な方法があったのに、どうして忘れていたのか」
二段目の引き出しを開けたところで、目的の機器を探し当てた。
皐月が探していた物は、もう使わなくなった携帯電話だ。中学生の頃に親が購入してくれた物で、友達付き合いの浅い皐月はほとんど使ってはいなかった文明機器である。
しかし、皐月はある人物とだけはこの携帯電話越しに連絡を取り合っていた。
「師匠と話すのも何年ぶりかな。大学に行っても連絡くれるって言っていたのに、全然こなかったから忘れてた」
スマートフォンは学園入学と共に愛用し始めた。
互換がない所為だったか、電話帳の登録人数が少なかったからか、何かの理由で携帯電話からスマートフォンへのデータ移行は行っていなかった。
三年前の記憶が曖昧で、皐月は真実を覚えていない。
「あった師匠の電話番号。まだ変わってないといいけど」
三年前までは電話帳を見るまでもなく入力できていたはずの番号を、懐かしそうにスマートフォンに入力していく。
皐月が言う師匠とは、何らかのあだ名ではない。実の意味での師匠である。
天竜川の魔法使いとしての師匠、だ。
「――もしもし、師匠。私です。覚えています?」
『――――私私詐欺?』
「皐月ですって。弟子の」
『――冗談よ、弟子の可愛い声を忘れる訳がないじゃない。ただ、三年も連絡してこなかったなんて冷たい弟子にお仕置きしただけ。まったく、どうして連絡くれなかったの?』
「その言葉。そのままお返しします」
久しぶりの師匠の温かい声に、どうしようもなく頬が熱くなっていた。




