1-2 始動
昼食後、さっそくネット喫茶店へと赴く。午後も大学の講義は残っていたが、単位と魔法少女を比べれば魔法少女が優先される。留年がかかれば別だったが。
個室でパソコンと向き合い、インターネットで検索を開始する。キーワードは不審死と行方不明。街の犯罪率や事故率を調査したいのである。
ちなみに、このネット喫茶店は大学から三駅ほど隣で営業している。
ネット検索するためだけに電車を利用したのは用心のため。コンビニに出掛けるぐらいで事件に巻き込まれるはずがない、と楽観していたのが昨日だ。魔法が情報社会と電脳世界に適用できていない、と今日も慢心する訳にはいかないだろう。
本当は県外まで遠征する用心深さが大切だが、これ以上街から離れると帰宅が遅くなる。夜歩きは状況を掴めるまで遠慮したい。
「昨日はあの川で溺死が一件か。魔法少女との関係は果たして」
検索の結果、普段危険を感じない街でも不審死や事故死、行方不明事件が数件発生していた。ただし過去十年で数件程度。昨日は死亡事故が発生したようだが、街の人口と事件発生率に食い違いはない。県内の別の街と比較しても不審点は見つからなかった。
「ネットは役立たないか。防諜、検疫は完璧ってね」
ネット喫茶店から出ると、外はもう夕日で赤くなっていた。思った以上に時間が経過していたらしい。背筋を伸ばすと気持ちが良い。
何も見つからない、という成果を得た俺は帰宅を開始した。
今後、俺はどう動くべきか。
大学生が住むには充実した賃貸マンションの室内で、俺は額を指で小突きながら思考する。
夜の街では今も魔法少女と化物が戦っている。その真実を知る者は俺を除けば紙屋優太郎だけだ。本人の意思とは無関係に世界の真実を知ってしまった優太郎が不憫でならない。
「この真実を俺は世間に公表するべきか? ……無理だろうな」
サイクロプス似のUMAが人を襲います。こんな警告を信じる人間はいない。
写真や動画があったとしてもリアルな合成と疑われ、証拠とは扱われないだろう。俺自身、どうにも現実感がないと思う。
「では、決定的な証拠を得るために奔走するべきか? ……無理だろうな」
俺は俺が特別だとは決して思わない。だから一介の大学生でさえ運が悪ければ化物と遭遇してしまえるこの街で、誰一人被害を訴えていない現状は奇妙を通り越して不気味ですらある。
ネット喫茶店では何も確認できなかった。ネットが全能とは思わないが『続きはネットで』が通用する現代で敢えて活用されない理由はない。
ならば、何者かによる情報規制が行われているのではないかと俺は疑っている。安易な情報公開はその何者かを刺激する危険がある。暗殺されるのは御免こうむる。
「では、俺に何ができるのか? ……無理だろうな」
所詮は一介の大学生。それも人よりも秀でた才能を何一つ持たない凡人だ。ありふれた課題であれば人並みに解いてみせるが、異質な問題には手出しすらできない。砂浜で砂を握れば、そこに含まれる小さな一粒が俺なのだ。
そう、俺は無名なる存在だ。魔法少女と比べるまでもない。
「では、俺は何がしたいのか? ……愚問だ。少女に街を守らせたまま日常を過ごせる程に俺の心は図太くない。凡人だからな。何よりもこの状況、実は酷い落とし穴があるような、ないような」
眼前の卓上に並びしは我が装備群。
暗視スコープ。十万円。夜でも見えるすごい装置。野鳥も見えるがサイクロプスも良く見える。
ギリースーツ。七千円。川辺の刈り取られていない雑草地帯に潜めばカモフラ率百パーセント。ただし夏場に使用した場合、着用者は蒸し暑さで死ぬ。
ベネチアンマスク。千円。顔の上半分を隠すし、俺の正体も隠してくれる。正直、これが必要とされる状況には陥りたくない。
これらは大学の合間にアルバイトして、某密林通販で購入した。一般人でもこれぐらいの装備は簡単に手に入る。街中で使えば確実に通報されるので注意が必要だ。
「二十一時、そろそろ出掛けるか」
実はこの時間に出掛けて、朝方帰宅する生活を既に一ヶ月近く続けている。
行き先は当然、あのサイクロプスと魔法少女が現れた川辺。通勤は楽だが、それ以外が酷く苦痛な毎日。
睡魔、空腹、気温、汗、尿意、警察、虫。
不快源は多く、まだまだ慣れない。疲労から講義中に寝落ちすることもしばしばで、大学生活に少なくない支障を及ぼしてもいる。
ただし退屈は苦行ではない。何も起きないという事は、俺の魔法少女に関する懸念も杞憂で終わってくれるという事なのだがら――。