5-1 帰ってきた大学食堂
「なあ、どうして昨日の今日で、そんなに老けられるんだ?」
「……昨日が濃密過ぎる一日だっただけださ。現実ってのは辛いな」
いつもの大学食堂でいつもの相方。
だが今日はいつもと異なり、紙屋優太郎が俺の表情を気にして話を切り出してくる。
「魔法少女とかかわっている人間がリアルを語るなよ」
「俺もレベルが上がった所為で、そろそろ魔法少女寄りになりつつあるけどね」
「レベルが上がった? 昨日あれから何があった」
優太郎に宣言していたので、俺は心身共に不安定な状態であったが大学に出向いていた。
照り焼き鳥のステーキを細かく切ってはついばみ、優太郎に昨晩の出来事を語る。
『――○▽県○◇市で昨晩、暴行殺人事件が発生しました。警察の発表では、犯人は既に市内から逃走しているとのことで――』
丁度、食堂の壁掛けテレビでも昨日の事件が報道されている。ただし、ニュースキャスターは事件の犯人がオークだとは一言も語らない。化物が人を何人襲おうと、隠蔽工作でどうとでもなるという証左か。
「オークの殺人事件も、オークを殺した事実も、俺の手の届かない、仕方がない出来事とは思っているさ。ただ、納得できていないだけでさ」
「当事者でもない俺は聞くだけだ。意見は求めるな」
「ならついでに……。桂さんとはもっと違う形で出逢って口説いてみたかった」
「当事者でなくても感想は述べるぞ。お前、まだまだ心に余裕があるぞ」
友人の優太郎が大丈夫と診断してくれるのであれば、俺としては安心だ。
気落ちするのはいつでもできる。そろそろ前向きに課題へと取り組もう。
「俺にはやるべき事がある」
「そうだ。魔法少女を救うっていうのがお前の望――」
「そろそろ期末試験が近い。昨日の講義内容をすべて教えてくれ、優太郎!」
「――レベルが上がっても変わらないな」
午後の講義を挟んだ午後三時。
次の講義は五時からなので、コーヒーブレイクも兼ねて再び食堂で一席を占有する。同じ学科に属し、同じ講義を選択する紙屋優太郎も同じくだ。
食堂に隣接している証明写真ボックスで撮影したばかりの写真をハサミで切り揃え、申請書類の必要書類を埋めていく。
「……人を放置して、何している?」
合間にコーヒーを飲み、優太郎の相手をする。
「ちょっと今後の仕込みさ。ギルク戦には間に合わないだろうけど」
「先を見越すのは良いが、敵が動き出す時期は予想できているのか?」
ギルクは無関係の人間を襲った。天竜川の黒幕の中では一番脅威度が高い敵だ。魔法少女狩りも、ギルクが優先されて行われるとも聞いている。早急に対処すべき相手だろう。
「ああ、ギルクは早々に動くだろうけど。他はまだ余裕がある」
ギルク以外の敵については正直分からない。何人いるのかさえ分からない。
だが、いつ動き出すのかはほぼ予想できている。
「昼に期末テスト範囲を確認していて、ふと気付いたんだけどね。天竜川の黒幕は卒業シーズンに合わせて魔法少女を狩ろうとしている」
「化物が人間の都合に合わせて動く……ねぇ。人生の卒業っていう悪意に満ちた当て付けか?」
「黒幕共はレベリングを行う思考を持っている。行動のすべてに理由があると考えるべきだ。二月半ばに奴等が現れたのは、三月の学園卒業式を見越したから、とかね」
俺と優太郎もこの街の出身ではない。大学入学のために他県から引っ越している。
家族と別れての一人暮らしだ。生活は不自由だが気分は自由。その代わり、安否を気にしてくれる親類は傍にいない。
定期的に家族と連絡を取り合っている学生もいれば、実家の電話番号を忘れてしまいそうな学生もいるだろう。地方出身者の中には、薄情にも正月を都会で迎える者さえいる。
留年しなければ最短で四年、短大でも二年。
人間一人が蒸発した事実を隠蔽しておける期間としては十分過ぎる程に長い。
「なるほど、大学は盲点だな」
「家族、学校の友人。色々な人とのかかわりが一度クリアされるのが大学だ。狙い目だろ?」
魔法少女がどうして少女でなければならないのか。そんな理由さえ、現実世界では味気ないもののようだ。
「……ん。皐月は三年生なのか?」
優太郎の疑問に答えるために、携帯電話を取り出して捨てアカウントにメールを送る。
『件名:御影です。今何年生?
本文:』
自動転送するように設定しているので、今頃は魔法少女のスマートフォンに届いているはずだ。
最近の学園は携帯電話の持ち込みが当たり前なのか、返事は案外早く届く。
『件名:RE:御影です。今何年生?
本文:本文書け、マスク男。三年だけど、それが何か?』
「メールの返信が来た。やっぱり三年だ」
「大学はどこか決まっているだろ。聞いてみてくれ」
『件名:RE2:御影です。今何年生? 大学受験中も魔法使いやっていたのか……。それとも就職?
本文:大学行くならどこに行くのか返答求む』
コーヒーを飲み終わる暇もなく、携帯が再度震える。皐月はメールの返信が早い人間のようだ。
『件名:RE3:長いわッ!
本文:大学はこの街の国立大。授業に戻るからメール送るな』
「……おい、国立ってここしかないだろ」
魔法少女皐月が後輩になってしまう事実よりも、予想がやや外れたのに俺は動揺する。
学園の卒業式がリミットなら、もう一ヶ月は準備期間がある。そう期待していたのだが……。
「いや、完全な見当違いでもないだろう。近場でも実家から出て一人暮らしする事もある。家族との接触の機会が減るのは間違いない」
「んー、入学式当日さえ誤魔化せれば、あるいはか。化物の人間狩りを殺人事件に偽造するよりも容易かなぁ」
気付けば、もう講義の時間が迫っていた。
席を立つ前に、優太郎に一枚の手書き紙を手渡しておく。
「優太郎。講義の間に内職を頼む」
「講義できない、と抗議するぞ」
「右目は黒板に向けていて良いからさ。左目だけ協力してくれって」
紙はどこにでもあるルーズリーフのA4用紙でしかないが、書かれている内容は俺の銀行口座番号よりも大事なものだった。
「それが俺の今のステータスとスキルだ。そこから思い付く限りの感想が欲しい。夕食の時に教えてくれ」
夕食もお前と付き合わないとならないのか、と何故か友人との付き合いに対して不満の小言を述べる優太郎。
彼は文句を言いながらも紙を素直に受け取ってくれた。
久しぶりの食堂です
今章はステータスに関する考察がメインとなります




