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4-4 ギルク


「警察には通報済みです。化物共は排除済みです」

「…………ぁ、ぅん」


 被害者女性は心を手放していたが、そのお陰か錯乱はしていない。うつろなまま受け答えをしてくれる。

 彼女は地面でうつ伏せに倒れているもう一人の被害者の傍から動かず、ぼうっと動かない背中を眺めていた。

 羽織っていた黒いパーカーを女性にかけた後、倒れている人の残っている方の手を取り、脈を測る。


「――すぐに蘇生処置をします」

「もう無理だと、思う。――子、うるさかったから、あいつら怒って。もう死んじゃって、何分も経ってるから」


 倒れている人物の体は冷たく、斬られた傷跡からはもう血液が流れ出ていない。

「何で化物に襲われちゃった、のかな……」

「ここから離れましょう」

 被害者女性の混乱は正当なものだが、俺は答えを知らない。オークが実存したから、なんて現実味のない意味不明な回答を彼女も求めてはいない。

 俺が通り掛かったのが遅かったから、なんて答えは絶対に違うだろうし。


「三人で帰っている途中だったの。だけど一人だけ向こうの方に、連れて行かれちゃった……」


 当面の危機は去ったと思っていた俺を、被害者女性の言葉が硬直させる。

「大きい男で、そいつだけ人間みたいだった。他の化物に命令してて、私や――子は、いらない。分け合えって」

「もう十分です。もう一人は俺が助け出します。アナタは表通りまで出て、同じ事を警察にも伝えてください」

 付き添うべきかもしれないが、あまりにも居たたまれない。

 それに、三人目の被害者がいた事で口実を得てしまった。

 俺は被害者女性が指で示す先、街にポッカリと空いている、地獄へと通じていそうな路地裏の深部を目指さなければならなくなった。





 夜の路地裏で、大男がたまり続ける鬱憤うっぷんいら立っている。

 その男は天竜川の黒幕の一人、名前をギルクといった。体格を除けば姿形は人間そのものであるが、これは擬態でしかない。本性はより獰猛だ。

 ギルクの主様は、この異世界がみすぼらしくて愉快だと言った。

 だが、ギルクにとってはツマラナイ世界でしかない。空気は淀み、人間臭が濃密。昼間は窮屈に過ごさなければならない。

 今日はようやく三匹ほど若い女を狩れたと思えば、酷く質が悪いときている。

 衣服は上等で、本来の世界で人間族の集落を襲って得られる生娘よりは見てくれも良い。しかし、体と心がもろすぎる。少し乱暴に扱っただけで高い声で泣き叫び、かと思えば失神して声を上げなくなる。

 数日分の鬱憤を発散したかったが、興ざめしたギルクは達する事なく女の心臓をえぐり取る。食欲だけでも満たそうと四肢を裂いては丸呑みしていく。


「――ギルク様。主様は行動を慎めと命じておられます。この世界では、人間が一人消えただけでも騒ぎになるのです。それをッ」

「ゲッケイか。ふん、お前がどうにかすれば良いだけの話だろ? お前の怠慢を、オレに押し付けるか」

「横暴が過ぎます。わたくしは主様の下僕であっても、ギルク様に仕えてはおりません!」

「主様はオレを取り立てたんだ。人間奴隷のお前が足りない頭で反論しているんじゃねえよ」


 人間一人を完食したぐらいでは収まらない。ギルクは欲に満ちた目線を、どこかより飛来した女に向ける。

 女は長く飼われている人間奴隷のゲッケイだ。ギルクの前には連絡のためだけにしか現れず、愛想が悪い。行動を監視している節もあり、ギルクにとってはいけ好かない女である。


「オレをこの世界に連れてきた時点で、滞在中にオレが人間をさらって食うぐらい、主様は容認している。計画が破綻するとすりゃ、オレ用に美味い人間を用意していなかったお前が悪いんじゃねえのか?」


 とはいえ、行動や印象を抜きにすれば、ギルクにとってゲッケイとは美味そうな女でしかない。

 エルフと比較するのは無理があるだろうが、ゲッケイが女として優れているのは確かである。

 カールヘアは手入れが悪く、枝毛が目立つ。

 死んだ魚のような目からは感情という色が抜け落ちている。

 色白の肌は死人のよう。

 欠点ばかりが目立つはずの女性であるが、二つの魅力が彼女を引き立てている。

 柔らかな物腰と柔らかな印象は、姉のいない男が理想で見る姉の姿そのものだ。世界が敵になったとしても、彼女だけは微笑みながら抱きしめてくれそうな包容力が溢れている。

 一方で恵まれない現状に諦観し、未来への希望を失った痛々しい姿には嗜虐心しぎゃくしんが湧き上がる。どこまで壊せば前者の属性を失い、価値を失うのか。挑発的な態度は何一つとっていない彼女であるが、見る側は真逆の感想を抱く。

 ギルクは、女にしては長身である事も欠点の一つと嘆きつつも、その分、体力もあるだろうと評価もしていた。


「お前がオレを満足させりゃあ良かっただけの話だろ? そうだ、お前の所為でオレは不味い人間を食わされた。その補填ほてんをしろ!」


 ゲッケイはギルクに抗うだけの力を有している。主様の意向に反して殺し合いとなり、得意とする肉弾戦を避けられたならば、ギルクにとっては辛い戦いとなるのは間違いないだろう。

 しかし、ゲッケイが主様に抗うはずがないのだ。

 何せ、主様に一度ならず百度は殺された果てに、醜くも命乞いをした女がゲッケイなのである。

 生気のない肌を赤く染めたゲッケイは、微少な躊躇ためらいを捨て、着ていた服を脱いでいく。上半身をすべてさらした段階で、肌は常の冷えた色に戻っていた。


「最初から言う事きいとけばなッ!」


 怒気を軽く込めた拳で、ギルクはゲッケイの頬を殴りつけた。

 ゲッケイの抵抗はない。受身さえしない。壁に背中からぶつかって、そのままもたれ掛かって止まっている。

 マグロを抱くのは面白味がないが、少なくとも殴った程度では壊れない丈夫さが証明できた。妥協点を得たギルクはゲッケイの細い腕を掴む。

 ……近場で巨大な倒壊音が響いてこなければ、このまま押し倒し、最低限の欲求は満たされたはずだった。


「――クソ。アイツ等、何暴れていやがる」

「まさか、配下のオークにも人間狩りをさせているのですか」

「当然だ。アイツ等はレベルが低いから、オレよりも脳がない。本能に従う馬鹿共はオレが管理してやらねえとな」


 塔が崩落したかの如き振動音が、周囲に響いている。

 ゲッケイに対しては言い切ったが、ギルクは己の過失で異世界遠征が破綻してしまうのは本意ではない。

 主様は、低級種族のギルクを差別せず、力があるならと取り立てている。

 また、魔界の王にしては酷く寛大で、一度や二度のミスで機嫌を損なわない。たとえば、今回の遠征が破綻してしまったとしても――数度はギルクを殺すにせよ――、たった数年計画が延期になるだけだと鼻で笑うだけだろう。

 ギルクの主、主様とはそういう魔界の王だった。

 そんな主様をわずらわせる事態は、低能種族、オーク族の生まれであるギルクでさえ許せないと思えてしまうのだ。


「ああッ、少し待っていろ。続きは後でしてやる!」


 ギルクの本性は、レベルが50以上になったオークがクラスチェンジした存在。ギガンティックルーラー・オブ・オークが彼の正規な名前だ。

 オークを超える体格とオークを越える知性により、オーク族全体の統治者となる宿命を得たのがギルクである。

 いつの日か、オーク族以外の亜人類全てを家畜化する大望を、ギルクは本気で叶えるつもりでいた。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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