4-1 実績達成スキル
何も事態は好転していないが、一段落ついて別の物事を考える余裕が生まれた所為だろう。
昨日天竜川に出掛ける前に仮眠したきり一度も寝ていない事実は、俺に急激な眠気を思い出させた。睡魔は難敵で、ネット喫茶店の個室席で一時間の仮眠を強いられる――一時間で切り上げなければ十時間は眠り続けていただろう。
睡眠後の働こうとしない頭脳を強制労働させて、ネット喫茶店から出て行く。
そして近場のファミリーレストランに直行して、和風ステーキセットを注文して満足する。
空腹具合から言えば、高くてもネット喫茶店のメニューを注文しても良かったのだが、目ヤニで霞むネット喫茶店のメニュー表に和風ステーキがなかったのである。
夕飯が終わった時、時刻は夜の八時を過ぎていた。
「たった一日で、思えば遠くに来たものだ。……地方都市の市街地は近いな、家から徒歩三十分以内だし」
魔法少女ほど未確認生物と戦っていない癖に、疲れた発言をする俺。まだ睡眠が足りなくて気疲れしているだけだと信じたい。
魔法少女を助ける具体的な方法を手に入れておらず、内心酷く焦ってはいる。今のままでも、罠にさえはめてしまえば天竜川の黒幕の一人ぐらいは道連れにできる、とは思っている。
あの夜。黒幕共が背後に現れた日、首魁の男を暗殺する絶好の機会で動けなかった理由を考えていたのだが、やはり、あれは俺が臆病風に吹かれたのだと思う。
俺は、俺が死ぬ事を一番怖がっているのは間違いない。
一方で、暗殺失敗による無駄死、首魁以外の奴等が魔法少女を襲い続けるバッドエンドもあの瞬間脳裏をよぎっていた。俺が助けられなかった所為で魔法少女がレベリングの生贄になる未来は、俺を怯えさせた。
俺を死地に追い込むには、不安や恐怖を麻痺させる程の成果が足りなかったのだ。
「うわ、臆病な俺でも真正面に出て戦えるぐらいの作戦を用意しないと、俺戦えないな」
俺が戦う時は魔法少女が救われる時でなければならない。
「結局話はそこに落ちつくと。手詰まりか」
居酒屋が繁盛する繁華街を横切り、天竜川方面を目指す。日課になっていた監視はもうやる意味はないので、天竜川を越えて帰宅するのも良いだろう。
「……レベル上げようかな」
安易で今更だが、ステータス上昇とスキル増加はどう訝しがっても有用である事に間違いはない。最終的にはそこに頼るしかなさそうだ。レベルアップ後の運動能力の変化値を知っておくのも、それなりに価値がある。
だが、俺が未確認生物と戦うのはリスクが高過ぎる。魔法少女と異なり俺には圧倒的に火力がない。
俺が未確認生物に勝てるとすれば、レベル1になった時のようなハイエナ戦法か、隙を突いた奇襲戦法のみだろう。
悩んだまま繁華街と住宅街の合間の、暗い空白地帯を横切る。
年季の入った家屋。
駐車場として利用されている更地。
三、四階建てのビルになりそうな鉄の骨組みが建つ工事現場。
「レベルを上げたいなら、生贄になる不幸な市民の登場を望め、か」
どこもかしこも静かで気配がしない。夜間の人口密度が低い地域に足を踏み入れたようだ。
「……やめやめ、考慮に値しない。やっぱりレベル上げは性に合わないや。殺人犯の第二の犯行を望む無能な探偵や警察でもなかろうに、冗談が過ぎる」
熟考した結果、天竜川の黒幕共との戦力差をレベルではなく、知恵と勇気と運で補おうと誓う。人の不幸を望むのは天竜川の黒幕共だけで十分だろうと結論を出した。
――そんな矢先の出来事だった。
「ブッヒィ」
決意をふみにじるように、路地裏からのろりと豚面が出てきた。面構えを裏切らず、豚のような声を発している。
豚面は頭と胴体の間に首が見えない肥満体型をしているが、野太い腕は筋肉が引き締まっていた。ただし背丈は大人の胸のあたりまでしかない。
一瞬侮ってしまいそうにはなるものの、右手に握る刃幅の広い刃物は銃刀法に違反してしまっている。人を殺傷するのに十分な刃渡りだ。
豚面が醜い笑顔を浮かべる。今夜の献立はカレーと知った子供の天使の笑顔と似ていると思ってしまう。つまり、外見で人を判断しない平等精神に富んだ心を俺は備えているのか。
「オ、オークッ!? こんな街中に現れるなんて!」
天竜川と繁華街までの距離を比べれば、僅かであるが繁華街に近い場所でのエンカウントだった。時刻もまだ夜九時にもなっていない。これまでの未確認生物の出現条件に当てはまらない異常事態だ。
運が悪いで済まされる問題ではない。こう驚く俺の視界の端に、ある意味で気の利いた文字が浮かび上がる。
“ステータスが更新されました”
レベルアップした訳でもないのに網膜にシステムアナウンスが表示された。オークとの出遭いで驚いていた俺を、世界は更に混乱させたいらしい。
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“ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』を取得しました”
“『エンカウント率上昇(強制)』、己が遭いたくない相手と邂逅できるスキル。
百回出歩いて一回出遭えるのが通常状態だとした場合、スキル補正により十~五十回まで上昇する。出遭いたくなければ、家で引き篭もり生活を送る他ない。
強制スキルであるため、解除不能”
“実績達成条件。
低確率遭遇モンスターとの遭遇を繰り返す。対象モンスターのレベルが高い程、実績達成が早まる”
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「そりゃ、昨日は馬鹿みたいなレベルの集団と遭ったし、現代日本でならオークだろうと稀少モンスターだろうけどさ……」
「ブッヒィィ」
「笑うな、豚面野郎」




