3-4(表) P.M.6:10
始まった帰宅ラッシュに紛れるように、努めて人通りの多い道を通ってファーストフード店から離れていく。
通話中の携帯電話を上着のポケットに忍ばせると、イヤホンを装着した。大事な計画を遂行している。歩き携帯なんてマナー違反でケチは付けられたくはない。
「つけられていないようだ。作戦に支障はない、このまま続行。オーバー」
『思うんだが、どうして魔法少女に正体を明かさない。いや、正体を明かさずに物事を済ませるだけなら、切符とかじゃなく、電話番号を書いたメモ用紙を渡せば済んだ話だろ? オーバー』
「携帯番号は最悪、俺が特定されてしまうだろ? オーバー」
『魔法少女を探偵か警察と同一視していないか? オーバー』
正体を明かして、魔法少女に危機を知らせる。警告を目的とするだけならば、これが一番確実なのは間違いない。
だが、俺は魔法少女が独力で黒幕共を制圧できるとは信じていない。
姿を見せずに電話で危機を知らせるだけでも一定の効果はあるだろう。魔法少女が命を最優先してこの街から逃亡してくれるかもしれない。
「初対面の男の言葉を真に受けるような危機感のない女だった場合は、その女のサバイバリティは低いと判断する他なく、黒幕から逃れられるはずがない」
『初対面の男の言葉を偽と断じて取り合わない女だった場合は、その女はお前の言葉なんて無視するだろうから、黒幕から逃れられない』
「そういう事だよ。オーバー」
だからこそ、俺は第三の選択をしなければならない。
肩にかけているトートバッグの中には、ついに使用される黒一色のベネチアンマスクと、これまた黒一色の安物パーカーが入っている。これ等を装備したなら、どんなに平凡な顔した人間でも奇怪というステータスが付与される。
「言葉だけでは無視されるかもしれない。だけど、実際に怪しい人物が接触を図ったなら、酷く警戒してくれるはずさ」
『卓上理論に傾倒した頭でっかちな期待をするな。やっぱり素直に言えばどうだ?』
「せっかく買ったんだから、使いたい。警告そのものは真摯にするさ」
繁華街の通り沿いに、目的のネット喫茶店が見えてきた。
俺は市内のネット喫茶店に留まり、魔法少女は三駅隣のネット喫茶店に移動させる。会話はネットの無料チャットルームを使って行うのが今回の計画だ。
俺ではなく魔法少女の方をわざわざ電車で移動させた理由は、黒幕の一人、ゲッケイという謎の女が魔法少女を監視している可能性を考慮したためである。
ゲッケイは魔法少女養殖の管理者と思しき女である。天竜川で行われている蓄養を世間から隠す事に長けている。魔法少女本人が天竜川の秘密を漏洩させないように監視を行っているはずだ。
街からたった三駅魔法少女を遠ざける事にどれ程の意味があるのかは、正直分からない。監視の目から逃れられる代わりに余計な警戒心を抱かせるという不安もある。
「ま、小細工って俺好きだからね」
『マスクも含めて、全部趣味だな……』
目的地のネット喫茶店に入店し、目星を付けていた個室席も確保できた。満席だった場合は、大学の情報センターにあるパソコンを使わねばならないところだ。
「優太郎。こっちは着替え終われば準備完了。優太郎もチャット中継を見るだろ?」
『魔法少女の尊顔を見せたいだけだろ。あー、携帯の充電が一割切った。俺もパソコンのチャットルームに入るから招待しろ』
「魔法少女用のパソコンの設定を先にしてからね」
優太郎に最終的な準備を任せて、俺は上着をパーカーに着替えてフードを被る。次いで、ベネチアンマスクを装着すれば、謎の男が完成だ。
すべてを整え、一つのミスも犯さず、俺と優太郎は魔法少女の到着まで待機した――本当は優太郎が自分のパソコンのマイクをオンにしていたミスが後に発覚したが、幸い致命傷にはならなかったようである。
その後、ネット喫茶店に現れた魔法少女とのチャット会談は、多少の誤解はあったものの期待通りの成果を上げられたと思いたい。
俺ですら魔法少女皐月の顔を半径十メートル以内で見た経験がないというのに、優太郎の奴は唇から僅か五センチの距離で彼女の素顔を睨んでいたそうだ。当事者でもない癖に、実に羨ましい。
皐月の顔は、学生にしては凛々しかったと思う。まつ毛は細く、挑戦的な瞳と相まってやや生意気な印象を相手に与えてしまう。
綺麗な子と単純に評してしまおう。彼女の通う学園では、同年代からアイドル扱いされていても不思議ではない。
赤い色が好みなのか、身に付けている品物の色も赤色系で統一されていた。
『そういえば、何で御影って名乗ったんだ?』
「御影石の御影から貰った。魔法少女は名前に花の名前が付ける風習があるみたいだからね。とはいえ、俺は魔法少女でも何でもないから、花崗岩の別名から拝借」
『花でも何でもない、石かよ。影とか名乗っていたから、てっきりアサシンの職業を気に入って、中学二年生が発症する症候群でも患ったのかと思えば。由来を聞くと脆そうな奴になるぞ、お前』
ライブチャットを使って優太郎と本日の感想と明日の抱負を語り合う。
『――それで、警告は伝ったと思うか?』
「皐月は聡い子だと思う。何で魔法少女なんて怪しい趣味を持っているのか不思議なぐらいに賢い。だから警告も真実だと気付いて、己の危機に対して具体的な対抗策を講じると思う」
『その言い方、期待はしていないだろ?』
「皐月には期待しているさ。だけど、対抗策が不発に終われば彼女に次はないから、俺も微力ながら助力するつもり。作戦はこれから考えるしかないけど」
レベル0の紙屋優太郎の役目はもう終わりだ。戦場に放り込んでも役立たないので、お疲れと労っておく。
「明日は大学に顔を出す。じゃあな」
『あの皐月って子のために気張れ。無理しろ。死ぬ気でやれ。でも死ぬなよ。じゃあな』
三章終了です
物語の下地は書き終わったので、四章より本格的に動きます
(四章よりR15つけていた意味が生まれるシーンがあるのでご注意ください)




