1-1 大学食堂にて
「なあ、魔法少女って実在するんだな」
「…………はぃ?」
『――昨日のニュースです。○○県○○市で発生した交通事故は――』
ピークの過ぎた大学の食堂は席に余裕がある。壁掛けテレビのニュースが聞こえるぐらいには学生が少なく、多少駄弁るぐらいは許される。そう思って俺は向かいの男、紙屋優太郎に話題を振ったのだが、あまり受けは良くなかった。
優太郎は俺の言葉の裏を読もうと視線を天井に向けるが、優太郎では俺の灰色の脳細胞を解読できなかったらしい。結局諦めて俺と向き合う。
「何を言っている? 魔法少女って新番組か何かか?」
「アニメじゃなくて三次元の話だ。それが丁度昨日出遭った訳でして」
優太郎は俺の貴重な友人である。大学というものは高校時代までの友人関係が全部クリアされ、新規の交友を得られるものである。が、それもサークルというバックアップがあればこその話だ。
無所属新人の俺が得られる交友とは、精々講義で隣席になる機会の多かった優太郎ごときなのである。
「――が可哀想な人間だという事実はひとまず置いておこう。どう話を持っていくのか、そっちの方が興味ある」
『――警察に送られてきた犯行声明文には――』
ほら、数少ない友人を見下す優太郎など、所詮隣人レベルの友人だ。
「昨日の夜十一時ぐらいだったか。コンビニ行く途中でサイクロプスが現れて、殺されかけたところを助けられたんだ」
「……もうツッコムべき点が複数あるが、それで?」
「最終的にサイクロプスが魔法少女に魔法で燃やされた。肌で感じた炎は痛かった割に、生物が炭化する熱量の傍にいた俺が副射熱で死んでいない。という事は、やっぱりあれって魔法だったんだなという証拠になるよな?」
「サイクロプスとはいえ焼死させるなんて、惨い設定の魔法少女だ。焼身自殺が一番苦しいって説を知っているか」
サイクロプスに殺されかけた側の人間としては同情の余地はない。断末魔を上げるための肺すら一瞬で焦がされていたので、苦しむ暇もなかったと思われるし。
「瞬間的だったけれど、肉の焼けるような匂いっていうのが今でも思い出せるよ」
「おい、焼肉定食を食った直後の人間にそんな事いうなよ。……ん、お前今日の昼は何食ったっけ?」
「確か、和風ステーキ定食だったけど?」
今日も美味かった。ここの大学の食堂は良い料理人を揃えている。
「しかし最近の魔法少女は火炎放射器まで使うのか」
「違う違う。土管工のように手から火球を放っていた」
「得物はなんでもいい。結局、お前と魔法少女はその後どうなった。相手の年齢にもよるが、素敵なボーイ・ミーツ・ガールだろう?」
「……実は、今朝から風邪気味なんだよ」
『――インフルエンザの院内感染により――』
買っておいた食後用の市販風邪薬を取り出し、汲んでおいた水で飲み込む。このメーカーの薬は味が良いので気に入っている。年を取って苦味も味わえるようになってきている。
「唐突だな。風邪大丈夫か?」
「ああ、喉は痛くない。やっぱり冬の川に飛び込むのは無謀だったけどね」
「――魔法少女と、お前が川に飛び込んだ事の関係性がまだ見えないのだが?」
「最初は炎を逃れるためだったんだ。魔法少女の邪魔をしては悪いと思って、戦闘中はサイクロプスが現れた川に潜んでいた」
俺は死地と向き合うと腰が抜けて動けなくなる人間だと思っていた。事実、サイクロプスに脳天を割られかけるまではその通りであった。だが死の恐怖を切っ掛けに、その後は酷く大胆に動けてしまう。
何せ、魔法を扱うはずの魔法少女からさえも俺は逃げ延びたのだから。
「捨てられていたダンボールの下にずっと隠れた。あの時の俺のスニーキング能力は神懸っていた」
「待て、どうして魔法少女からも隠れた!」
「命の恩人に対して無礼だとは思ったよ。けれどこういう場合、大抵は記憶を消されるだろ? 最悪の場合、善良な市民であろうと目撃者は始末されるし」
「正しい気もするが、お前はどこか間違っているぞ」
サイクロプスや魔法少女よりも俺の方がよほど非常識である。こう、優太郎は俺を評した。魔法少女って大学の食堂で駄弁る学生よりも日常寄りなのか。
「まぁ、一つも感謝しないのは悪いと思ったさ。丁度手元にコンビニで振り込もうと思っていた五千円札があったし。財布ごと放り投げておいた」
日給五千円なら魔法少女も報われるよね。こうドヤっとした顔で優太郎を見てやったが、彼は心痛な顔を見せてから俯いてしまう。
命の値段が五千円はやっぱり安かったか。
「お前なぁ……」
「魔法少女が財布に気を取られている内に、川の対岸まで寒中水泳して無事帰宅。上着が水吸って水死し掛けた逸話を別にすれば、一件落着だったけどさ――」
『――○▽県○◇市で昨日行方不明になっていた男性◇◆さんの死亡が今日確認されました。◇◆さんは昨夜誤って市内を流れる天竜川に落ちて溺死したものと――』
「何一つ解決していないけどな」
「――そう、解決していない。だから調べてみようと思う」