3-2(表) P.M.3:05
「――はい、今時珍しい素晴らしい社会奉仕精神を持った学生をお育てに――そうです、お礼をしたいと――個人情報の守秘義務――ではせめてお礼の言葉だけでも――」
黄色く分厚い電話帳を右手に。
欠伸をして思い付いた定型句をつづったメモを左手に。
そして上着のポケットの中には小銭を満載して、俺は受話器に語り掛けている。
「――○○高等学校様ですか? 実は数日前に天竜川付近で、そちらの高校に通っている女学生に命を救われまして――」
一度の通話で十分強は必要か。一時間に四の学校に電話できれば良い方だ。
「――○▽女学院様ですか? 実は数日前に――名前はサツキかそれに近い名前だったかと――長い髪の子でした――」
数時間も受話器を独占し続けられ、二月の冷たい風からも逃れられる場所。
そういった利点を評価して、俺は電話ボックス内に居座りを続けていた。連コも甚だしく、チャリチャリと硬貨を定期的に投入している。だが、今のところ誰にも咎められていない。携帯電話全盛期に電話ボックスを利用する人間はそうそう現れない。
「――私立◆○学園様ですか? ――お礼をですね――ただ、その場に財布を落としてしまったようで――拾っていた場合は中身を届けていただければ――」
連絡先である高校の教員の方々は、最初は平日に電話してくる若い男の言葉を訝しがる。
「――あ、助けていただいたのは母です。私は息子で、代理のお電話を――」
だが、内容が学生へのお礼であると知れると、電話を切るに切れないというジレンマに陥ってくれた。
悪意に満ちた脅迫電話であれば警察に連絡をすれば済む。しかし善意に満ちた在籍学生への感謝であった場合、内心怪しいと思っていたとしても失礼な態度は取れなくなる。
「――公衆電話の理由ですか? ええ、病院では携帯電話を使い辛いものですから――」
慎重にも送信元の電話番号を尋ねてくる輩もいたが、妥当な理由をでっち上げればそれ以上の指摘はしてこないものである。
「――名前は神谷湯太郎と申します。紙屋優太郎ではありません」
それに一部の虚偽があるものの、天竜川でサツキと名乗った少女が赤の他人の命を救ったのは事実である。
喉の渇きをブルーカウで癒してから、最後のお願いを伝える。
「――学生さんの個人情報を知りたい訳ではありません。誰だったのかも分かりませんし。本当に、お礼の言葉を生徒にお伝え頂くだけで――」
何より、俺はもう女学生を探す事を諦めている。
だから魔法少女活動を行っている少女の方に、俺を探してもらうように促している。
やっている事は当てずっぽうに悪戯紛いの電話を掛けているだけだが、登下校中の女学生の顔を一人一人確認するよりもよっぽど効率的だろう。
電話帳に記載されている高校すべてに連絡を終えたのは午後三時。
餌は撒き終わった。後は餌に食らいついてきた魔法少女と直接話せるよう場を整える必要がある。学生の下校時刻まで早ければ一時間ぐらい。声は枯れて疲れてもいるが、まだまだ働く必要がある。
『――で人手が足りないからって俺を使うなよ!』
「対価は払うよ。精神的に」
『だいたい、いきなりライブチャット用のWebカメラとマイクを買ってこいだの、それをネット喫茶店のPCに接続して使えるようにしろとか!』
「さっきは顔も知らない赤の他人ためには働けないと言っていただろ? 大丈夫、可愛い子だから。損はさせないさ」
魔法少女皐月と俺との唯一の接点は、最初の出遭いに尽きる。それ以外の行動を思い返せば、全部俺の一方向なストーカー紛いなスニーキングでしかない。
だから俺の存在を魔法少女に知らせる手段はかなり限られていたのだが、情けは人のためにならないものである。
魔法少女が俺の五千円入りの財布を拾った。これは俺の目で確認している。
財布からは免許書やレンタルビデオ店の会員カードといった個人情報を特定できる物を取り除いてから、魔法少女に放り投げた。が、財布の中にはお礼の五千円以外何も残っていなかったのかと言えば、そういう訳でもない。
ハングリーな学生のお供。ファーストフード店のクーポン券が俺の財布に残されている事を思い出したのは今朝だった。
情報化社会の真っ只中、わざわざ紙のクーポン券を財布に忍ばせておかなくても携帯クーポンで代用できる。だが、あのクーポン券はファーストフード店で直接配られていたものの残りで、次の休日で消費してしまおうと思いつつも忘れ去られていた品物である。
コンビニで手に入れたレシートクーポン券から、忘れていたクーポン券の存在を想起した。
先程完了した高校への電話から、魔法少女が俺の財布を確認してくれるかは祈るしかない。
魔法少女が俺の財布を調べ、折れ曲がったクーポン券を発掘してくれるかは賭けである。
そのクーポン券が使えるファーストフード店に出向いてくれるかは彼女の行動力を信じるしかない。
運頼みしかできない状況は実に歯がゆい。
だが、運ならあるのだ。俺の『運』5も多少は期待できるが、それ以上に魔法少女の運に賭けてみたい。
仮に魔法少女のレベルが30だとして、レベルアップで『運』パラメーターが一ずつ上昇しているとすれば、常人の三十倍の幸運となる。
魔法少女が確率十分の一の宝くじを買った場合、確実に当選できてしまうのか。実に気になるところだ。




