3-6(裏) 適当に喋っていたけど、これサブタイトルだったの!? ん、で終われってどういう事? ……ふうん
マスク男の正体は結局明かされず、皐月を助けようとしている訳も不明のままである。
魔法使い達の危険をどうやって察知したのか。皐月は情報源の開示を求めたが、結局偶然の産物と誤魔化された。
つまり、マスク男に関しては何一つ確からしいものがない。
外見の通りと言えばそれまでだが、ディスプレイ越しとはいえお見合い相手の皐月が黙って諦めるはずがない。
「正体を明かせ、マスク男!」
「俺は敵にとって完全にイレギュラーな存在になっている。この優位性は可能な限り保ちたい。皐月も不必要に俺の存在を広めないでくれ」
「名前を呼び合う仲になった覚えはないから!」
俺は御影と呼ばれたい、とややイジけたマスク男に対して、皐月は最低限の連絡手段は確立するべきと提案する。次回もまたクーポンで呼び出されるのは御免である。
「捨てアカのメールアドレスなら提示できるが?」
「また面倒臭い。別に携帯番号から持ち主を探るような都合のいい魔法なんてないから、携帯番号を教えなさいよ。魔法使いも普段LIFEでやり取りしているし」
「……俺の携帯、ガラケーなんだが」
結局、マスク男は己の言い分を通してメールアドレスのみを皐月に教えた。どこまでも用心深い。
マスク男からの話はすべて終わった。これではマスク男に関する情報を何一つ得られないままチャット会談が終了してしまう。
どうにか個人を特定可能な情報を得たい皐月としては、無い話題を偽造してでも終わりを引き伸ばすしか方法がない。
「きょ、今日は月が綺麗ですね?」
「…………俺、いつの間にフラグを立てた?」
画面内のマスク男を睨むように観察する皐月。
マスクの所為で顔の上半分は隠されて、残りは鼻から首筋の僅かな領域だ。
そんなニッチな部位で人間を見分ける変態スキルは、レベルアップを60回以上繰り返した皐月でも得られなかった。
「カッコいい……か、分からないから顔をみたいなー」
「せめて、もう少し遠まわしに言えないか?」
「大丈夫。どんなブ男でも微笑んであげるからマスクを脱げ」
しかし、当り障りのない会話を続けた事により皐月はたった一つだけだが、マスク男の手がかりを得られた。
マスク男から見て右の首筋付近に、二つ並んだ大小のホクロが見え隠れしている。
「なぁ、もう終わるぞ。日が暮れた」
個人を特定する材料としては有力とは言い難いが、何も収穫がないよりは数段マシだった。
「――そうね。終わりましょうか」
皐月は話を引き伸ばす種を失い。このまま本日の会談は終わるかと肩を落とす。
……遠いのに近くから聞こえる鐘の音さえ響いて来なければ、このまま素直に帰宅してしまっていただろう。
それは学生の耳に馴染むウェストミンスターの鐘とは異なる鐘の音だった。
どこかの学校が音源になっている訳ではない。午後六時になったので、屋外スピーカーが無線放送で「暗くなったので子供達はお家に帰りましょう」とメロディを流しているのだろう。
鐘の音を聞く皐月は一つ違和感を覚えた。
音が、皐月の耳にはダブって聞こえているのだ。
理由は直ぐに思い至る。耳に付けたヘッドマイクのスピーカーからも、一呼吸送れてまったく同じ音が聞こえているのだ。皐月が聞いている鐘の音は、左右の耳で音源が異なっていた。
同じ市にいれば同時刻に同じ鐘の音が聞こえる、そこに疑問は浮かばない。
しかし、鐘の音は皐月に背景音というヒントを気付かせる。皐月はマスク男のいかにも怪しい外見ばかりに気が向いており、スピーカーから聞こえる音を聞き逃していたのだ。
スピーカーの音量を最大に変更して、皐月は文字通り左の耳を傾ける。
「――えっ?!」
「ん、頭を傾けてどうした? カメラに脳天のつむじが映っているぞ」
皐月の左耳に、一昔前に流行った歌が聞こえてくる。歌そのものに驚く要素はないが、ゆっくりと目を開いていく皐月の表情からは驚愕の感情が伺えた。
皐月はその歌がネット喫茶店の店内でも流れている事に気付く。
連想的に、ディスプレイ越しで対面するマスク男の居場所も、予想外の場所であると判明してしまった。
「マスク男って、まさか同じ店にいる訳っ!?」
「……ハハッ、俺がそんな無意味なリスクを負ってどうする」
偶然、同じラジオ番組を背景音として流しているというオチ。
普通に考えれば、皐月が訪れているのとは別のネット喫茶店にいる。
……そういう淡い可能性も直ぐに消えた。
『――「いらっしゃいませーっ!」――』
男店員の声が皐月には二重に聞こえた。腹から出した立派な声だったので店内全域に響いたのだろう。
「ッ! やっぱりいるじゃない!!」
液晶画面内で誤解を解こうと努力するマスク男を放置する。
ヘッドマイクを卓上に叩き付け、皐月はテーブル席から跳ねるように立ち上がった。マスク男の強盗紛いなファッションではテーブル席は利用できない。ならば、個室席しか考えられない。
皐月はマスク男に逃げる暇を与えないため、店員や別の客の迷惑を無視して通路を走り抜けた。
個室席の総数は多かったが、現在使用中の個室はたったの三つだけ。
ただしドアは施錠されているため、内部の人間の顔は確認できない。
「――加熱、融解、熱崩壊」
魔法で鍵穴を異常加熱し、内部構造を溶かして不法侵入する魔法使いは例外だが。
「な、君は誰だ!?」
「――違う! 次!」
「…………ん?」
「――ッ! ネカフェでエロサイト見るなッ! 次!」
二つの個室を巡ったが、運が悪く二つともマスク男は入っておらず外れだった。
皐月は最後の個室席のドアの前に急いで移動する。この個室席は前二つの個室席よりもやや広い。
内部の人間のB級な恐怖心をあおるようにガチャガチャとノブを回して、皐月は安堵する。ドアは施錠されたままだった。
マスク男がまだ逃走していない事を確認し終え、皐月は鍵穴を指で触れる。
鍵穴が赤く焼きただれ、鍵を無効化するまで僅か三秒強。
急く気持ちに体を任せて、皐月は個室に踏み込んだ。
「覚悟ッ、マスク男ッ!」
『――このボスは麻痺が効きます。ガバガバです』
「ここは使用中だぞ。鍵掛かっていなかったか?」
個室の中では大学生ぐらいの青年が、暗い室内でパソコンと向き合ってくつろいでいた。ブルーライトで照らされる青年の顔には、何故だか黒いマスクが張り付いていない。
オフになっている個室の照明を、皐月は青年に断りもなしにオンに切り替える。
『――二ターンごとに麻痺は解除されてしまうので、毎回ステータス異常攻』
青年もパソコンのレトロゲーム攻略動画の停止ボタンを押す。
「……どうして、電気を付けないの?」
電灯の光を浴びる青年は眩しそうに顔を歪ませる。彼は生地の厚い青色のシャツを着ており、歌舞伎の黒子をインスパイヤしたかのようなパーカーを羽織っていない。
「必要ないから? それはそうと出て行ってくれないか。俺はお前なんて知らないぞ」
青年の退室要求を無視し、皐月は青年に接近していく。
マスクやパーカーは脱げば鞄に隠せる。
パソコンはチャット画面を閉じれば隠匿可能。
ただし、どちらも短時間ではそれが限界。念入りに調査を行えば、決定的な証拠は得られるだろう――パソコンについては使う知識しかない皐月にとっては敬遠したい苦行だが。
「首を見せて」
しかし、もっと単純にマスク男を識別する術を、皐月は先程得たばかりだった。
マスク男の右の首筋には二つのホクロが並んでいるはずだ。身体の特徴はそう簡単に消せないため、ホクロだけでもこの青年がマスク男だと断定する事は十分に可能だ。
「二つのホクロが――嘘っ、ない!? あれ??」
九割九分五厘、マスク男で間違いなかったはずの青年にはホクロが一つもなかった。皐月は一応左右両方の首筋を確認したが、ホクロは発見できない。
「人違い……? あれ??」
つまり、皐月は無関係の男の首筋を凝視している事になる。
年上と思しき青年の目付きの鋭さと、非常識で迂闊な行動をしてしまった羞恥心。
「あ、その、私って……。ゴメンなさい!」
急激に湧き上がるいたたまれなさに心が支配され、皐月はドア付近までアウトボクサー顔負けのバックステップで後退した後、高速に頭を下げて青年に謝罪する。
青年の許しを得る事さえ忘れる程に動転していたため、ネット喫茶店の出口に直行する。そのまま脱兎のように逃げ去っていった。
「あー、襟が伸びているな。室内に押し入るだけでなく、男の柔肌の感触を確かめるなんて、最近の魔法少女は恥じらいがない」
『――これだから近頃の若者はって言葉、実は戦前からあるらしいぞ、優太郎?』
「まったく。近頃の若者は友人使いが荒い」




