22-2 天竜川上流の死闘2
対オーリン戦の序盤は、皐月のレベリングを中心に作戦は練られている。
レベルを2、3上げる必要があれば完全に諦められたと思う。だが、耐魔アイテムによって魔法がレジストされなくなるまで、残りたったの1となれば欲が出る。ニンジンを目前にぶら下げられた馬のごとく、どうにも歯痒い。
魔法の効かないモンスター相手でも魔法少女のレベルを上げられる。そんな都合の良い方法に心当たりがあるのに、諦め切れるはずがない。
方法は極めて単純。『力』の低い皐月でも、モンスターを倒せるぐらいに強力な武器を装備させれば良い。地球には、腕力がなくても致命傷を負わせられる兵器がいくつも存在する。
現代兵器がモンスターに通用するのは、先のスキュラとの戦闘で用いた重機関銃で立証済みだった。
残る課題はどこから武器を入手するかであったが、俺達は三人も魔法少女がいる。思う程、難しい問題ではない。
例えば、某ディフェンス・フォースの駐屯地の武器庫を狙うとか。
欲を言えば、某合衆国の基地を狙いたかったが、あちらは近年のテロによって警戒レベルが上がっているし、何より場所が県外と遠い。対して、駐屯地の方は意外にも同じ市内に存在し、半日で用事を済ませられるので目的地として定められた。
必要に迫られたとはいえ、罪のない武器庫から武器を強奪するのは心が痛む。
だが、世間で報じられたニュース上では、異常気象によって岩石のような雹が施錠された扉を粉砕し、同時に雷が落ちて駐屯地全体の監視システムがダウンし、恐らくその雷が原因で武器弾薬に火がついて武器庫が大爆発した、と報じられている。
自然現象の所為であれば仕方がない。
武器庫の中にあった装備は、まるで持ち出されてしまったのごとく火災で溶けてしまったが、そんな事故が発生して死傷者がゼロだったのだ。酷い幸運だ。
入手できた火器はいくつかあるが、皐月が用いたのは六本しかない貴重な無反動砲だ。一般的にはバズーカと言えば想像できる。旧式だと浅子は言っていたが、地方都市の後衛部隊には最新式が配備されていなかったのだろう。
無反動砲とは、文字通り砲弾を発射する際の反動が抑えられた歩兵用の武器である。重量があり、本当に反動が無になる訳ではないので、本来は素人の女学生に扱えるものではない。
とはいえ、皐月のレベルは一般人の70倍ある。オリンピック選手以上に肉体的には強化されているので、箸より重い無反動砲だって扱える。ほら、今もモンスターを爆殺できると笑いながら、浅子の氷魔法で身動きが取れなくなっている一つ目集団に砲弾を発射している。
同時に三匹一緒とは、やるねえ。
「まだ足りない! もっとよ、もっと!」
無反動砲は使い捨ての武器なので、皐月は未練なく使用済みの筒を放り捨てる。
「あー、皐月。残り本数が少ないから、計画的にね」
「サイクロプスは経験値的には美味しいの! たぶん、もう五、六匹でレベルアップできるから」
「――あ、レベル上がった」
「浅子が上がってどうするのよ!?」
皐月は暴走気味であるが、考えなしに動いている訳ではなさそうなのでひとまず安心しておく。
ただ、オーリンの動きによっては、安心は続かないだろう。
「火器か。魔法と比べて、費用対効果は悪いがのう。まあ、主様が異世界の人間族を狩る際の参考にはなったじゃろうて」
俺達に背を向けてオーリンは山へと去り始める。黙って見過ごせないので声を掛けてみる。
「逃げるつもりか!」
「流れ弾に当たってはツマらんからのう。大将は大将らしく、大人しく下がらせてもらおうぞ。首が欲しければ追ってくれば良い――」
ただし、と言葉を続ける前にオーリンの口元はニタリと歪む。
同時にオーリンの背後から次なるモンスターが登場するが、姿形がサイクロプスとは異なった。
「――ただし、次はジライムが相手をする。こいつに現代兵器が通じるかのう?」
生物的な機構に乏しい、ゲル状物質が川から飛び出ていた。
オーリンの後を追わせないためか、更に数本、丸みを帯びた柱が水面から伸び上がる。一本、一本が人間を丸ごと内包可能な大きさのゲル状物質であるが、ジライムの全体量から言えば小さな突起に過ぎないだろう。
ジライムとは、以前オーリンが連れていた巨大なスライムだ。正式名はジ・ジオグラフィカル・スライムと言ったか。地理的とは言ったもので、俺はまだジライムの総量を知らない。
今も目前では、ゲル状物質が増殖と結合を繰り返している。水中に潜んでいた無色透明の本体が、川の水を吸収しているのだろう。
ジライムがどの辺りまで広がっているか調べてもらおう、と傍にいた来夏に振り向いてみる。
「どうした、来夏。何か嫌なものでも発見したのか?」
来夏は口をあんぐり開いたまま硬直していた。
「……です。……ジライムです。ジライムの体ですが、上流から流れてきている水すべて、ジライムで、す……」
悪質な冗談を目撃し強張っている来夏。彼女の反応を肯定すべく、川の流れ全体が停止してしまう。凍ったというよりもトロみが付与されてしまったために流れ難くなったというべきか。視界内の異常で終ればまだマシだった。が、上流の方へと目線を動かしてみれば、川の異変は数百メートル先まで続いている。
長さ五百メートル、幅五十メートル、深さニメートル分の水が立ち上がった場合、全体ではええっと――。
こんなにゼラチンを川に不法投棄したのは誰だよ。
「って、見上げている暇ないぞ! 一時後退ッ!」
川は下流に流れるのをボイコットし、反抗的な態度で天にそびえていく。非常識な大きささえ無視できれば、硬質下敷きのような姿だ。
夜空にそびえた透明な体が、俺達が陣地にしていた川岸全体を押し潰そうと倒壊する。巨大な分動きは鈍いので、逃げるのは間に合った。
だが、川の水で膨張している巨体の結束力は低い。倒れた衝撃で、ゲル物質を散弾のように撒き散らしてしまっているから始末におえない。
ゲルが付着した森の植物は強酸に焼かれて溶けていく。




