21-3 老ゴブリンからの宣戦布告
口から出た空論を意地でも実現している日中。
一応、ある程度の目星が付いたため、オーリン対策を魔法少女達に任せる。俺は俺で、太陽が出ている間に懸念事項を済ませておこうと単独行動を取った。
目的地は、早朝に勇者と戦った廃墟である。
確かめておきたかったのは、ロバ耳なリリームの現状だ。魔法少女の危機に駆けつけるために桂に任せたまま放置していたが、その後どうなったかを知っておきたい。
勇者と同じくオーリンに囚われていたら、後味は悪いがまだマシだ。女のリリームはより悲惨な状況に苦しんでいる可能性があるが、この場合、リリームとはもう戦わずに済むとも言える。
だが、もし逃走していた場合は、未だに第三勢力が健在しているという事になる。たった一人とはいえ、レベル22の俺から見れば脅威だ。
オーリンとの決戦を行う前に調査が必要だった。
廃墟に到着した際、面白くない人物の出迎えを受けた。
「御影殿。街のあちらここちらと忙しないのう。何を恐れて、そんなに慌てておるのじゃ」
萎れた四肢と白髪しか残っていない老いたモンスター、オーリンが瓦礫に腰掛けて寒空の日光浴を楽しんでいた。
「一人か。贄等はどうした?」
「野暮用で俺が離れただけだ。オーリンこそ、敵の幹部の癖して何度も一人で現れるなよ」
立ち話は難だろうと、オーリンは向かいあう錆びたベンチの着席を勧めてくる。
どうにもオーリンの枯れた声質には、警戒心の有無に関わらず従ってしまいたくなる響きがある。が、流石に敵の前で座るのはあまりにも無防備なので、ベンチの前に移動してオーリンを見下ろしながら会話を続ける。
「老人の癖に、腰が軽いにも程がある。このまま隠居したらどうだ」
「隠居したいのは山々であったが、御影殿に後任を次々と駆逐されては、老体を酷使する他ないのじゃ」
人材不足を嘆いているはずのオーリンの口元は、笑みに歪んでいる。
「御影殿。そう殺気混じりに身構えてくれるな。御影殿の縄張りに姿を現したのは宣戦布告のためじゃ。お互いに、悔いの残らぬ殺し合いがしたいからのう」
「暢気な宣戦布告は余裕の表れか?」
「御影殿からは勇者殿を譲ってもらったから、その礼ではどうじゃ」
「……モンスターはギルクやスキュラみたいな、残虐である事を楽しむ者ばかりだと思っていた。礼を解するとは驚きだ」
敵の大将が無防備に現れている。
緊張によって増していく心拍と共に、苦戦を強いられると予想される決戦を前に大将を葬りたくなる欲求が高まっていく。
オーリンと、オーリン本人が勧めたベンチの距離は三メートル以内だ。『暗澹』の効果範囲内にいるのであれば、仕掛けてみるのも悪くない。
「マスクで隠せない程に悪い顔をしておるのう。止めておけ、この老体が死ねば、手勢が無作為に街中の人間族を襲い始める手筈じゃ。見苦しい策を実行したくはないのう」
保険もなく、老獪なモンスターが俺の前に現れるはずがない。
その場の勢いで動くのを完全に諦めて、俺はオーリンの言う宣戦布告とやらに意識を向ける。
「戦力を隠し通したオーリンは、もう戦いの準備が整っているはずだ。宣言をわざわざ行って、何を企んでいる」
「この老体は、主様への挑戦権と認識してくれまいか。若造と畜生を破った御影殿は主様に挑む権利がある」
オーリンは、仲間を討伐したはずの俺をまったく恨んでいない。
「明かしておこう。この老体で主様の配下は最後じゃ。他には残っておらぬ」
真反対に好ましい青年を見る瞳が、ほとんど開いていない瞼の裏側に隠れている。
「主様は好敵手を望まれておる。悠久に等しい生の中においてでさえ、煌く難敵の登場を待ちわびておられる。御影殿はその候補者として有望視されておる。残り一戦で主様への挑戦権を得られるのじゃ」
好ましい青年には融通を利かせるとオーリンは語る。宣戦布告は俺のためだけに行われる、最終試験開始の合図だった。
敵に塩を送られてしまい、苦々しさからマスクを抱えたくなるが我慢する。俺と魔法少女に余裕がないのは確かなので、貰えるものは敵からでも貰っておく。
「戦いはいつ始める」
「今夜、零時丁度。場所は天竜川の上流付近でどうじゃ」
残り十一時間強。そう悪くはない。
天竜川上流は平地が少なく、多数の敵が待ち構えられる場所ではない。
時間的にも地形的にも頷けるので、変更点なしで俺は同意した。
用件を伝え終わったオーリンは、腰を痛めないようにゆっくりと立ち上がって廃墟の外へと歩み出す。
「フライングで襲ってくるのだけは止めて欲しいな」
「そうであっても対処できるように用心すれば良いだけの事。では、健闘を祈ろうぞ、御影殿」
猫背で小さくまとまったオーリンの体は、遅い歩みに反して、敷地外に出た途端に見えなくなってしまった。
去ったオーリンの背中を思い出して、俺は顔を顰めてしまう。これまで戦ってきたどのモンスターよりも弱々しい敵であるが、恐らく、オーリンは最も強い。
オーリンは己が弱い分、戦いにおいて手抜かりがないのだ。油断しない敵はネズミであっても倒し難い。
宣戦布告は慢心とも取れるが、主様への挑戦権とやらを公平に審議するためという、オーリンなりの平等性があるのだろう。
時間と場所を指定されてしまった所為で、奇襲戦法も封じられてしまった。準備万端の敵と真正面から衝突しなければならない。もしかすると、これはオーリンの策かもしれない。
力に頼る敵とスキルに頼る敵までは討伐できた。
頭に頼る敵に対しては、勝利できるだろうか。
予想外だったオーリンの出迎えの後、リリームの捜索を行ったが発見できなかった。
……その代わり、屋上には桂が書いたと思しき手紙が残されていた。
三つ折の手紙には、リリームを逃してしまった謝辞と、俺を気遣う言葉が達筆に書かれてある。
“エルフの逃走を見過ごしてしまい、真に申し訳なく。
この状況下での主様の呼び出しは、わたくしを戦線に加える目論見です。
戦場でわたくしと対峙した際は、以前の約束をお忘れになられないよう願います”
以前の約束とは、来夏に襲われていた俺を助けに現れた桂が言っていた、己を見捨てろという言葉を示しているのだろう。
『本当に、本当にありがとうございます。わたくしは助かるべきではない女なので、助ける機会があっても見捨ててくださいね』
桂まで敵になった。こう思うのは今更だ。
楠桂という魔法少女は、出逢った当初から敵だった。桂には桂の理由があって人間を裏切り、魔法少女を狩り続けているのだから、弁護の仕様がない。不運が重なった結果だったとしても、もう罪は消えてなくならない。
そもそも桂本人が、弁護士のない裁判での死刑判決を望んでいる。
桂の本心を違えずに叶えるぐらいしか、俺にできる事はない。
“御影様に贈り物を残しておきます。どうか、御影様だけでも生き残ってください”
手紙の最後の一文を読んだ後、手紙の後ろに隠れていた三枚の青々とした葉を発見する。
変哲のない葉っぱとしか思えないが、これは『奇跡の葉』と呼ばれる超絶的な回復アイテムで間違いないだろう。死んでさえいなければ、それこそ首の上だけになっていたとしても体を完治できる程に強力な効果がある。
本来は、敵のみが持っているチートアイテムである。
桂は最後の手向けとして『奇跡の葉』を三枚も俺に残しておいてくれた。
「……ごめんなさい、桂さん。俺だけ生き残るのは難しいです」




