21-1 マフラーはまだ真相に辿り着いていない
来夏を連れて皐月の実家に戻ったが、周辺区域はサイレンと野次馬で騒がしかった。朝一から遠距離魔法で民家が迫撃されたのだ。流石に隠しようがない。
噂話を聞く限り、敵の襲撃は隕石落下として片付けられているようだ。群集の壁越しに見える皐月家は屋根も壁も穴だらけ。二階は一部を残して崩壊している。
保険に入っていても、柱一つ残っていれば全損として扱われないと聞く。皐月は嫌がるかもしれないが、金で解決できる問題なら容易いので渡しておこう。
警察に保護されていた夫婦の隣に皐月達はいない。
視線を感じた方角を見てみると、路地に隠れている皐月と浅子を発見できた。
俺が来夏しか連れておらず、一人足りないのを不審そうに出迎えた皐月に、公園での出来事を告げる。長髪を一束握り込んで動揺していたが、無言の来夏ほどに深刻ではないだろう。
皐月と浅子の二名と合流できたのであれば、路地に止まる必要はない。
三人を連れてセーフハウスに帰還した。
たった数日留守にしていただけで、随分と埃っぽく感じるセーフハウスのリビング。
とはいえ、第二のマイホームと化しているセーフハウスには安堵感がある。旅先から帰った際の我が家のようで、安心してしまう。思わず椅子に腰掛けて、立ち上がる気力を失ってしまう。
そんなセピア色な感情は嘘だ。
まだ、たったの一難しか去っていない俺達は安堵などしていられない。要所要所で現れるオーリンが、いつ本気で攻めてくるか分かったものではない。特別、戦闘の後でスタミナ切れになっている俺達を襲うのは簡単だろう。
……そう分かっていても、セーフハウスの住民は全員疲労している。戦闘を終えたばかりで、特に仲間を失った魔法少女達は精神的な消耗が続いているのだ。
これからを話し合う前に、休息を入れるべきだろう。
「少し休もう。皆疲れている」
来夏は一言も発さずに私室に篭った。
皐月も『魔』がほとんど残っていないらしく、悪いと一言残して部屋に消えた。
このまま一人ぼっちになるかと思ったが、浅子は人懐っこい猫のように俺に寄り添っていたので寂しくはない。腕に感じる浅子の体温がポカポカしていて、眠気が高まる。
俺も早朝からレオナルドという難物と死闘を行ったため、思っている以上に疲れていた。瞼が酷く重い。
浅子に一時間だけ寝ると伝えたのに、横になるのも億劫だった。
椅子に座ったまま、熟睡を、開始す……る。
幸いにも寝込みをオーリンにも浅子にも襲われる事はなかった。
だが、起床予定の一時間を過ぎる前に、携帯電話の着信音に起されてしまっていた。液晶に映る番号に見覚えはないため、気にせずに無視して寝直す。
……そして、一分以上経過してから再び頭を上げる。
知らない電話番号は存外しつこかった。
居留守をしていると察して諦めれば良いものを、三十回以上もコールを続けている。こうもしつこいと重要な電話の可能性もあるので、渋々と通話に応じるしかない。これで間違い電話だったら許されない。
『――早よう出ろ。痴れ者め』
聞いた事のある声だったので、即座に通話を切る。同じ相手から連絡がきたので無意味な抵抗だったが。
『我に対して不敬が過ぎるではないか。そも、電話には三コール以内に出るのが礼儀であろうに』
「どうして俺の連絡先を知っている。マフラー女」
『マフラー女とは我の事か?』
若い女の声から連想されたのは、オレンジ色で鱗柄のマフラーを首に巻いた女だ。
人類を圧倒する気配と、俺を捕食しようとした言動から、マフラー女はモンスターの類であると予測している。
だが、マフラー女の正体については未だに分かっていない。主様の配下にしては自由奔放が過ぎるし、オーリンとの協力も見受けられない。
『我の正体はもうじき分かるであろう。ただし、分かった次の瞬間には、お前は我の腹の中であろうが』
「……へえ、優太郎がどこにいるのか、もう探り当てたのか」
『スピーカー越しにも、人のザワ付きが聞こえるであろう』
≪――九十便が、ただいま到着いたしました――≫
人ゴミの雑音と、ホール内で鳴動する飛行機の到着アナウンスが聞こえる。
最近訪れた場所なので聞き間違いはない。マフラー女は空港のロビーから通話を行っている。
『ここは、関空? と言うらしいな。人間が鉄の入れ物で空を飛ぶとは、この目で見ても信じられない時代だ。まったく、技術発達に慣れるのには苦労したぞ』
マフラー女の狙いは、紙屋優太郎だ。
国外脱出した優太郎を追うために、国際空港を訪れたのだろう。このままでは彼の身が危険である。
『写真一枚からでは探れないと侮っておったのだろう? 大学の名前が写っておったというのになっ!』
電話越しに高笑いを始めたマフラー女。
人探しの能力以上に、携帯電話も知らなかった人外がたった一日半で人間社会に適応してしまった事の方が驚きだ。俺でさえグアムに行く際は、ネットで事前に情報を集めていたのに苦労した。
スポンジというよりも○イソン並の吸引力で情報化社会をマスターしているのだとすれば、非常識だ。やはり、マフラー女は人間以上の存在なのだろう。
『では、凶報を待っておれ!』
マフラー女は言うだけ言って通話を切った。
何を伝えたかったのかイマイチな内容だったが、俺を怖がらせるのが目的だったのかもしれない。
寝起きを襲った更なる災いに、寝足りない脳みそが頭痛を訴え始める。寒い季節で空気が乾燥していたため、喉も渇いていてイガイガする。
とりあえず、水と頭痛薬を求めてノロノロと席を立つ。浅子よ、立てないから腕から手を離せ。
「……兄さん、誰から?」
「浅子の知らない人からだ。今は気にしなくて良い」
優太郎に危機が迫っているが、俺はまったく慌ててはいなかった。
マフラー女は一つの答えに辿り着こうしているが、それで終わりではない。
……俺達が作り上げた謎を解明するための始まり、玄関が見えただけではまだまだ先は長い。
「――これからだよな。優太郎」




