20-7 黒幕共の日常4
血反吐を吐く苦しみによって、勇者レオナルドは目覚めた。
御影に毒を体内に投入されてからの記憶は、明確には残っていない。エルフの猛毒を摂取してまだ生きている理由は『自然治癒力上昇(強)』スキルのお陰だろうが、戦場で気を失っていたのに生存している理由にはならないだろう。
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“『自然治癒力上昇(強)』、神聖なる存在の加護を受けるスキル。
スキル所持者が被害を受けた際の傷の直り方が異常に早くなる。
体に穴が開いても一晩で塞がるが、部位の欠損を復元する程の効力はないので、無理はできない”
“実績達成条件。
加護のあるアイテムを本来の持ち主より強奪した”
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スキルと毒は拮抗状態にあるため、レオナルドは最悪の容態から抜け出ていない。峠を越える事も転げ落ちる事もできず、ひたすらに苦痛が続くだけの現状に、レオナルドは死にたくなってしまった。
内臓の多くが機能不全に陥っているため、レオナルドは再び膿交じり血反吐を吐く。
周囲が暗いのは目玉にも異常が表れているからか、単純に暗い場所にいるからか。レオナルドには判断できない。
「気分は如何かのう。勇者殿」
「オーりン、かッ」
「無理に喋っては、本当に死んでしまいますぞ」
思考は回らないが、老いてシワだらけのゴブリンの顔を見た瞬間、レオナルドはオーリンに捕まったのだと把握する。これはいよいよ、本当に年貢を納める時がきたようだとレオナルドは鼻で笑い、酷く咳き込んだ。
「勇者殿は何か勘違いを成されておるようじゃな。この老体は、あくまで善意によって勇者殿を助けたのじゃ。……モンスターが勇者を助けるのが不思議に思う気持ちは当然であろうが、何も奇妙な行動を取っているのは、この老体だけではあるまいて」
レオナルドは返事をするのさえ苦しいので、黙ったままオーリンの白々しさを目線で威圧した。
「例えばのう。あのエルフはどうじゃ。せっかく勇者殿に目を付けられたというのに、裏では敵と手を組んで暗殺を企てる。勇者殿のこれまでの功績を思えば、最大級に敬愛されるべきじゃったというのに、あまりにも酷い裏切りじゃ」
オーリンの言い分は実に正しい。レオナルドは粗暴で、弱者は搾取するものだという自然の摂理を実践し続ける悪漢だが、結果的には人間族の多くを魔族から救っている。
異世界において、魔族の進攻は苛烈だ。大陸の東半分で部族ごとに大繁殖しているのが魔族であるが、数年に一度の割合で大陸の西側、人類の生存圏に溢れ出てくる。
その度、魔界と隣接している国では数千人規模での被害を出してしまっているが、数千人で収束して良かったと安堵されるのが異世界人の反応だった。
「この老体の枯れた体にも、憤りという血が巡ってしまう程じゃ。勇者殿は魔族にとって強敵であるからこそ、不当な扱いに対しては怒りを覚えて仕方がない」
しかし、ここ数年、魔族の進攻による被害を十分の一まで減らす活躍を見せた人類がいる。
それこそが、勇者レオナルドだ。一部を見殺しにしている間に戦力を整えた勇者が魔族を逆襲して、見殺しにした人数の倍の魔族を殺戮している。
圧倒的なパラメーターを所持しているレオナルドにしか行えない勇猛だ。
例え、戦場のストレスを発散するために逃げる村人から資金を没収し、母と娘を襲っていたとしても問題にさえならない。レオナルドがいなければゴブリンかオークのどちらかに同じ凶事を数千人規模で行われるのだ。たった数人で済ませているレオナルドの方が遥かに穏便と言えるだろう。
「内臓が疼くのは、毒の所為だけではあるまい? あのエルフだけではない。勇者殿は人間族からも不当な扱いを受けておるではないか」
一部の偽善者がレオナルドを糾弾している所為で、レオナルドは自由に欲求を解消できていない。人間族で一番力あるはずの己が、一番の快楽を得るべきだというのに。
オーリンの言う通り、レオナルドは脆弱な奴等が足を引っ張る所為で本来あるべき賞賛を受けられていない。そんなだから、異世界のアサシンにさえ負けてしまったのだ。
「……勇者殿は義理堅いのう。そこまで不当に扱われておきながら、どうして人間族の弱者の言いなりになっておるのか。力あるものが頂点に立つべき、こんな単純な心理は本能ぐらいしかない低級魔族でさえ熟知しておる」
そうだ。レオナルドは人類最強なのだから、王族以上の待遇で扱われるべきなのだ。それが分からない低脳共が世の中には多過ぎる。
「同族に対して遠慮する必要は、もう良いのではないかのう。勇者殿を不当に扱った人間族の社会を一度壊してから、もう一度立て直してやるのじゃ。そのために、魔族と手を組むのが利口じゃろうて」
オーリンの言葉に頷こうとして、悩むレオナルドは停止した。
流石に、人間族を裏切って魔族の手を借りるというのは常識と掛け離れており、抵抗感が強かったのだろう。頭蓋骨の中で『第六感』スキルが警告するように頭痛を生じているのもある。
しかし、それも一瞬の事だ。
頭痛を『第六感』スキルによるものかさえ、瀕死で朦朧としているレオナルドでは判別できない。
そうでなくても、耳に心地良い枯れた声質がレオナルドの抵抗力を弱めていっている。
「その毒に犯された体は、この老体の手を取るのであれば癒してやろうて。何、上辺だけ協力したように見せておいて、主様を騙してしまえば良いのじゃ。勇者殿の行動はすべて正しいのだから、バレるはずがない」
主様に忠誠を誓っているはずのオーリンに唆されては、レオナルドも嫌とは言えない。
「主様は甘いお方じゃ。人間族の統治を志願すれば、大陸の西半分は勇者殿のものとなるじゃろうて。人間族やエルフ族をすべて併合した後は、勇者殿の好きなように統治を行いつつ、主様の隙を覗えば良い」
オーリンの案は冴えている。人間族を一つに結集した統一王として君臨して、初代帝王となるレオナルド。綺麗どころは全員を妾として囲ってやり、それ以外は奴隷や兵隊として死ぬまで酷使してやる。
一時的に魔族に下ったように振舞うだけで、未来は快楽に満ちた明るいものとなる。
レオナルドはもう、オーリンの言葉に逆らう必要はなくなった。
「のっで、やるっ!」
発音が難しい喉で、レオナルドは主様の手下となる事を了承した。咳き込んで血反吐を吐いているのに、レオナルドは先程よりも随分と復調しているように見えてしまう。
「流石は勇者殿じゃな。賢明じゃ」
オーリンは皮膚が余り、骨しか残ってなさそうな手でレオナルドの額を撫でる。
レオナルドの額に黒い文様が浮かび上がった。それがテイムされたモンスターに現れる主人を識別するためのシリアルコードである事に、レオナルドが気付くはずがなかった。
「主様、勇者のテイムを無事終らせました」
「手際が良いな。あの男を従僕化するのは楽ではなかっただろう?」
「教養のない若者に道を示すのは老人の役目なれば。言葉が通じる分、ジライムよりも随分と楽ではありましたな」
天竜川某所に存在すると思われる地下の湿った玉座。
木の根で編み込まれた玉座に腰掛けている主様に、オーリンは戦いの準備が整った事を告げるためにやってきた。
「準備が整いました。御影殿に挨拶してから、贄共を全員狩り入れます」
オーリンは週初めからずっと暗躍していた。戦いの場に現れた時もあったが、それも思惑通りに物事を進めるための調整作業に過ぎない。
オーリンの狙いは複数存在した。
一つ、勇者パーティーと生贄の魔法使い集団プラス御影、両勢力を衝突させて、漁夫の利を得る事。
勇者パーティーはタークスが討たれ、レオナルドはテイムされた。逃走中のリリームのみ戦力として存在している。既に陣営として数えられる程の脅威ではない。
生贄共の陣営は魔法使いが一人減っただけであるが、あまり欲張り過ぎるものではない。
「勇者パーティーは壊滅しました。今後、異世界に戻っても、当分の間は新しい配下育成を邪魔される事はないでしょうな」
「勇者本人を経験値にできれば、今回失った分の補填は早い。うまく立ち回ったものだな、オーリン。次はコボルトでも育ててみるとしよう」
二つ、敵勢力を削りつつも、戦力を増強すること。
勇者をテイムできるとはオーリンも本気で考えていた訳ではなかったが、テイム対象が瀕死であればあるほどテイムし易い。オーリンにはそういうスキルが存在する。
「して、勇者は使えるのか?」
「テイムによって勇者職は失われるため、まぁ、若造並でしょうな。此度の遠征後は、経験値を絞り切っても問題ありませぬ」
三つ、準備段階ではオーリンの持つ戦力を決して失わない事。
直接交戦を避けて、可能な限りスキルの隠匿を続ける。こちらは随分とうまく進んだ。
唯一の懸念は、内部スパイが御影に情報を漏らす可能性があった事であるが、事前に禁止しておくだけで予防できた問題だった。
「ゲッケイ。オーリンと共に戦いに参加せよ。収穫が早まったが、狩り入れだ」
「……了解いたしました。主様」
オーリンは桂と共に主様の玉座へと参上していた。
瞳は光を発せず、必要な言葉以外を発せず、気配を殺している桂は置物と変わらない。いつも通りの光景だ。
「心配する事はないぞ、ゲッケイ。この老体は、御影殿とお前を直接戦わせようとは思っておらぬ」
「……気遣いは結構です、オーリン様」
「老人に配慮せずとも、いつでも主様を裏切ってしまえば良い。その時は、主様がこの世界の人間族をすべて食らう事で帳尻を合わせてくれる。裏切りを糾弾される憂いはないぞ」
感情を消し去った瞳をしたまま、桂は黙り込んだ。
主様とオーリンは可哀想な人間族で心を和ませたので、心置きなく本題に移る。
「主様は、この老体が勝利すると思われますか?」
「戦力だけを比較すれば、圧勝であろう。が、あの御影なるアサシンは底が知れぬぞ。我も直接この目で見てきたが、アレは正体を把握しないまま戦うにはあまりにも危険だ」
「なるほど。では、この老体が破れる可能性は十分にあると。痛む体を押して戦いを挑む甲斐がありますな」
異世界に精通しているオーリンでも、御影の個人情報は調査できていない。
奇妙な難敵と戦う破目になったのを、オーリンは嬉しくなってしまい咳き込むように笑う。
「やはり、勇敢なる者、の職業持ちは違うな。死闘になると聞いて笑うか」
「知恵を絞り、この老体では決して勝てない相手に挑む。このまま無為に寿命が尽きるかと心配ばかりしておりましたが、最後の生き甲斐を得た身、充実感が溢れて仕方がありませぬ」
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“●レベル:105”
“ステータス詳細
●力:1 守:1 速:1
●魔:1/1
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●ゴブリン固有スキル『繁殖(無効化)』
●ゴブリン固有スキル『雑魚(無効化)』
●勇者固有スキル『諦めない心』
●勇者固有スキル『知恵比べ』
●勇者固有スキル『耳を傾けるべき声質』
●勇者固有スキル『言葉は剣より強し』
●勇者固有スキル『魔王下し』
●実績達成ボーナススキル『モンスターテイマー』
●実績達成ボーナススキル『老化』”
“職業詳細
●勇者《勇敢なる者》(Sランク)”
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「主様の加護をご遠慮する程にこの世界に飽きておりましたが、最後のご奉公ができそうで何よりです」
オーリンは笑う。
御影との戦いに胸が躍ってもいたが、それ以上に、己が敗北したとしても、悠久の時を生きなければならない主様に、難敵という最大級の暇潰しを残せて逝けるからと分かったからだ。
すべてに飽きてしまっても死ねない主様を、たった一人で残さずに済む。もうオーリンに未練はなくなった。
「我よりも若い癖して、大往生したつもりで勝手に死ぬな。可能であれば生き残れ」
「もちろんでございます。御影殿には、この老体が考え付くすべてを堪能していただきましょう」
笑うオーリンの背後、桂の更に後方で、巨体が蠢く。
ジ・ジオグラフィカル・スライムと思しき影であるが、軟体とはどうしても思えない角ばった影も数体見え隠れしている。
画策した通り、オーリンは力の多くを隠したまま御影に挑もうとしている。




