20-5 格闘魔法の使い手
放電現象が終息した時、柱に囲まれた結界内で生き延びていたのは来夏一人だった。
秋を演じていた、土と砂でできた人間紛いの人形はもうどこにも存在しない。人間一人を包める球状の土と砂の防壁が存在するだけである。
ただ、土人形の最後の願いである土壁が、荒れ狂う電流から内部の来夏を守りきったのだ。
結界全体が感光する程に暴力的だったはずの電流が、たかだか三節の防御魔法を撃ち破れなかった事実は別段不思議ではない。偽りの命だったとはいえ、命が還元された『魔』は純粋に人生最後の友人を救うためだけに消費されたのだ。目的もなくすべてを感電させていた電撃では、心が凝縮された土壁に傷一つ付けられなかった。
一方で、無傷であるはずの来夏は、親友の香りがする球状防壁の中で心を壊しかけている。本物の秋は既に死んでおり、傍にいた土人形の秋も今はもういない。実感の欠如した寂しさを否定するため、正気を失って叫ぶために己で己を抱きしめる。
そんな来夏を救ったのも秋だったのだろう。
意図した訳ではなかっただろうが、親友の心の弱さを知っている秋がアフターケアを怠るはずがない。
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“ステータスは更新されました
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命(強)』(完全無効化)”
“実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』、最終的な悲劇の約束。
実績というよりも呪いに近い。レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“助かる道を自ら断った実績により(強)に悪化。『運』のマイナス10補正が追加される”
“親友に命を救われた実績により、本スキルの効果はすべて無効化された。
親友を失った不幸が極大であるため、本スキル程度の不運が無意味と化したとも言える。
中途半端な無効化がなされていたため、非表示属性は解除されている”
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内部の親友を守る役目を終えて、球状の壁に亀裂が生じる。
亀裂の形はまるで天から地へと繋がった雷のようであり、球状壁全体は羽化直前の卵の殻のようであった。
「ウアアァ、アガガガガアアァァッ!!」
土色の卵の内部で、矢絣柄の黄色い雛が叫び上げた。
再誕を祝うために鳴いている訳ではないのは確かだが、叫びの内には様々な感情が満ち溢れていて識別は難しい。
本心では悲しみにかこつけてむせび泣いていたいというのに、感情がそれを許さない。
感情では怒りに任せて魔法を乱用して当り散らしたいというのに、理性がそれを許さない。
しかし、理性では親友の複雑な窮地を察する事のできなかった己を抑えきれない。
「アアアアァ、アアアガガガガワァ!!」
球状壁が崩れ去り、中からは上空に向かって奇声を上げる来夏が現れる。
来夏は叫びながらも、酸欠の程度に反比例して一部の思考をクリアにしていく。それはまるで、幽体離脱して背中から己を見ろしているような冷静さだ。
叫ぶ来夏は、感情の濁流の中でも己を見失わず、答えを探して荒れ狂う心の海を泳ぐ。波に飲まれて溺れそうになりながら、逆に波と一体化しながら心の勢力図を変えていく。
感情は偽れない。だから、感情を一つの方向に絞込む事で、次の一手での最大効果を狙う。
……とはいえ、来夏という人間のポテンシャルを最大限引き出したところで、実現可能な事には限りがある。失った命を蘇られる奇跡はどうがんばっても引き起こせない。精々が、親友の敵討ち程度だ。
「ガガガウァ、アアウアアアァアァ!!」
結果、来夏の感情は一つの目的で統一される。
己を乱し、親友を失う原因を作った敵は許せない。この場から消滅させてやるべきだ。
「アアッガガガガッ!! バ、爆裂ェェェツッ!」
言語で表現できない感情を叫ぶだけだった口で、無茶苦茶な発音のまま呪文を紡いでいく。
「稲ィィィナ妻ァアッァッ!」
これまでのように速さだけを追求した未熟な魔法ではない。
「足ィィイ蹴ッ!」
無駄に静電気を撒き散らすだけだった来夏の雷が、右足に帯電したまま濃度を増していく。黄色い眩さが、金色に染まる。
「直撃ッ、雷火ァァアァァッァッ!!」
呪文の完成を待ちに待っていた来夏は、地面を蹴って結界の上限ギリギリまで跳躍した。スキュラに仕掛けて以降、使えなくなっていた格闘魔術の最上位、電撃を脚に纏った跳び蹴りである。
ローレンツ力モドキの加速度で来夏の体は前方へとスライドしていき、途中で一度宙返りを行って軌道修正を終える。突き出した右脚を推進器として、爆発的な加速を開始する。
最終到達地点には、僧侶タークスが突っ立っている。
タークスは危険はないと判断しているから、その場から動かない。既に一度、四節魔法を耐え切った自信が、来夏の急激な成長を察知するのを邪魔している。そうでなくとも、魔法使いが格闘術で攻撃を仕掛けてくる光景があまりにも馬鹿らしく、来夏の右足に潜む異常な電圧に気付けなかったのだ。
タークスの慢心を他所に、来夏は十二本の柱で構成される第一の結界外縁に到達した。電撃を通さなかった光の柱を、苦もなく粉砕する。
柱の破片を置き去りにする速度で跳び蹴りを続ける来夏。二十四本の柱が並ぶ第二の円に接近し、一度目の焼き増しのように柱を砕いて一直線に進む。
「――バ、馬鹿なッ!?」
額に汗を浮き上がらせながらも、タークスは冷静な対処を開始する。指を鳴らして、隠してあった最後の結界を地中より呼び覚ます。
出現したのは、これまでで最も多い三十六本の光の柱で構成された第三の結界だ。半径だけでも百メートルに達する巨大な結界を維持できるだけあって、柱の太さも第一、第二と比べて一回り大きくなっている。
しかし、これでタークスは品切れだった。
奥の手であった柱の影に隠れて、タークスは苦々しい表情を作りながらも安堵する。在庫をすべて放出してしまったのは予想外の事態だが、流石にタークスの魔法の七十倍の出力を小娘一人で発揮できるはずない。
……このように来夏の攻撃を見誤っていたタークスは、最終防衛ラインの崩壊で生じた欠片と爆裂音に気付けない。
そもそもタークスは己の台詞を忘れてしまっている。この結界は、魔法では絶対に破れない、とタークスは言ったのだ。来夏の格闘魔法は属性的には格闘に分類しているため、結界は有効に機能しない。
「お前はッ! 許すものかッ!!」
光の柱に突き入れられた来夏の右脚は、ガラス細工のように脆い柱を割ってタークスに到達した。黄金に輝く脚は、そのまま僧侶の脇腹を押し潰す。
ゼロコンマの世界に意識を集中させれば、肉のグニャリとした感触と骨がポキリと折れる感覚が、はっきりと伝わっているだろう。以前、スキュラに取り込まれていた少女を潰してしまった時と同じ、肉体が圧壊していくという耐え難いイメージが、来夏の靴底から駆け上がる。
トラウマ級の感触であるが、格闘魔法を使う決意をした際にトラウマは払拭済みだった。だから編み上げブーツを押し出すのを躊躇ったりしない。
「抜けろォォォオォッ!!」
脇腹を中心に、衝撃波と電流が届く範囲にあるタークスの肉体を綺麗に削り取って、来夏は蹴り抜ける。それでも威力は十分に残っていたため、三十メートルほど地面に焦げた線を残しながら滑走した。
隕石がぶつかったかのような衝撃によって、タークスの右側の脇腹、腕、太股の上半分が失われた。
余りの部位は、来夏が通り抜けた余波に身を任せて雑草の上を転がる。
仮○ライカー登場。




