3-4(裏) いらっしゃいませ、三駅進めるカード
「いらっしゃいませーっ!」
店員の挨拶に軽い微笑みを返してから、カウンターに並ぶ。
夕食前の間食は控える主義の美空皐月は、ポテトのSサイズのみを注文して、五千円札で支払を済ませた。他人のお金を無駄に使うのは忍びない。
「……うま……うま……」
ぱくぱくと棒状にカットされたジャガイモを摘みつつも、皐月の目は鋭く周囲を見渡している。
皐月が訪れているこの店、地方都市だろうと都会だろうと変わらない味を提供するファーストフード店こそが、クーポン券という婉曲な方法で指定された店であった。
夕方の小腹が空く時間帯だからか、八割近い席が埋まっている。
この中に魔法使いを脅迫している謎の人物が存在する。そう思うと、皐月はポテトを食べる事に集中できなかった。
「……うま……あ、食べるのに夢中で、もう空に」
ポテトを食べ尽すぐらいの時間が経過しても、謎の人物は現れない。
時間指定のない待ち合わせだ。皐月を四六時中監視している訳でもないだろうから、謎の人物が現れるのにも時間が必要――。
「――はっ!?」
長期戦を覚悟した皐月は、瞬間的に己が犯した誤りに気付き、愕然とした。
Sサイズとはいえ塩味のポテトを完食した今の皐月は喉が渇いてしまっている。この喉の渇き具合では我慢できて一時間。いや、店内は暖房の温度設定が存外高い。
寒い店外から訪れたばかりの客ならば喜ばれるだろうが、ワンコインでの居座り目的の客にとっては最悪のコンディションだった。
皐月は店に訪れた時点で飲み物も注文しておくべきであった。
追加注文のためには席を離れなければならない。席を離れれば店内の監視が疎かになる。
「うん、些細な問題」
皐月は待つ立場の人間だ。店内を眺める事自体にあまり意味はない。謎の人物の顔を知っているのであれば話は別であっただろうが。
すました顔で皐月はカウンターに進み、ジンジャエールを注文する。
ジュース一杯の注文は直ぐに終わり、席を離れていた時間は一分強といったところだ。
「――や、やられた」
空のポテト容器しか残っていないはずのトレー上に、二枚、出所不明の硬紙と手の平サイズの紙が置かれていた。
皐月は慌てて周囲を確認するが、誰が二枚の紙を置いたのかは分からない。
面白くもないのに面白いと呟き、皐月は紙を取り上げる。
硬紙の方は薄緑色の台紙に運賃が書かれている。間違えようがない、電車の切符だ。
この運賃なら電車三駅ぐらいは移動できるだろうか。
「もう一方はまたクーポン券。今度はネット喫茶……?」
「いらっしゃいませーっ!」
いらっしゃいました、と店員に聞かれないように独り言を返して、皐月はクーポン券を取り出す。
電車でたった三駅だけとはいえ、ファーストフード店からネット喫茶店への移動時間は一時間を越える。帰宅するためには更に一時間が必要。
天竜川を狩場としている皐月としては、あまり街から離れたくはなかった。家族旅行や修学旅行の際には他の魔法使いに狩場をレンタルして凌いでいるが、普段はその限りではない。
「ご新規様ですか? まずはメンバーズカードを作成していただきます」
モンスターが天竜川にスポーンする時間帯は夜十一時から深夜三時まで。
夕方になったばかりで神経質になる必要はない。が、皐月を天竜川から引き離す事そのものが目的なのかもしれない。用心はしておくべきだろう。
「クーポンのご利用で初回一時間が無料となります。その後、十五分ごとに料金が発生致しますのでご了承ください」
このネット喫茶店には二種類の席があり、入口から見て左手に一畳半ほどの個室席、右手に三方を壁で区切っているテーブル席が並んでいる。
皐月は最初にドリンクバーで麦茶を紙コップに汲んでから、テーブル席を一つ一つ確認していく。
正確には、空いているテーブル席の卓上に魔法少女の漫画が置かれていないかを目視していた。
「置いてあった。漫画のタイトルは魔法少女・マモー? 変な名前の漫画」
ファーストフード店で得たクーポン券の裏面には「テーブル席」「魔法少女のマンガ」と手書きで記入されていた。席を指定したのだろうと皐月は踏んで行動していたが、どうやら正しかったらしい。
皐月は休止状態になっていたパソコンの電源ボタンを押して、起動する。
ちなみに、皐月は知らないが、魔法少女・マモーは一部のマニアに支持される異端な魔法少女漫画である。一般人であった少女が悪の組織に遺伝子改造されて変身魔法少女となり、少女が悪の組織に復讐するストーリーだ。終盤では魔法少女がコピー人間でしかなく、これまで倒した改造魔人はすべて魔法少女のデッドコピー、ラスボスは少女のオリジナルという真実が明かされる。
最終的に、魔法少女は倒したはずのラスボスにすべての臓器を奪われて死亡するというバッドエンドを迎えてしまう。
ストーリーを知らない皐月には、漫画が暗示してくれている未来を悟る事ができなかった。
「ライブチャットが起動している。人を電車で移動させてくれた癖に、チャットを使うなら移動損じゃない……」
パソコン本体に繋がっていたヘッドマイクを装着して、皐月はようやく謎の人物と液晶越しに対面できた。




