19-6 指先一粒でダウン
レオナルドの『第六感』スキルを上回る方法は何ぞ?
この難題の答えに至るための最後のヒントは、『暗器』スキルである。
前回の戦闘でレオナルドに通った唯一の攻撃は、『暗器』スキルで回収したリリームの矢だった。――桂の酩酊魔法もカウントに含めるべきだろうが、こちらはオーリンが絡むので扱わない。
どうして、レオナルドは矢に反応できなかったのか。単純に、距離が短かったからレオナルドも『第六感』スキルも反応が遅れた。こう解釈してしまうのは簡単だが、あまり『第六感』スキルを侮るべきではないだろう。
では、レオナルドが負傷した原因は何か。
その答えが『暗器』である。というか、それぐらいしか要因がない。
恐らく、勇者とアサシンの相性は最悪なのだろう。猛獣的なスキルが豊富な勇者職に対して、アサシン職は小技で隙を突くものばかり。Sランクの『第六感』スキルに対抗できる手段がDランクの『暗器』というのも皮肉が利いている。
『暗器』で異空間に格納されている武器に対しては、『第六感』の検知は働かない。
これだけ聞くと『暗器』だけで勇者を攻略できた気になってしまうが、武器を隠せたところでパラメーターが冷遇されているアサシンでは勇者に敵わない。本当に相性は最悪だ。
結論その三。『暗器』で隠している武器は『第六感』に気付かれる事はない。だが、最低でも戦車の装甲並みの防御力を持った勇者を仕留められる武器でなければ意味をなさない。
暗澹とした海の底のように黒い空間が俺達を包んだ。
この息苦しく、重苦しい空間の領域は俺を中心として半径五メートルに広がっている。内外関わらず光は一切透過されず、真っ暗な空間内に迷い込んだ人間の方向感覚や距離感は簡単に狂ってしまう。
暗がりでも視界を確保できる『暗視』スキルを所持するアサシンだけが例外だ。
暗澹空間に捉えたレオナルドは無闇に大剣を振るうが、当てずっぽうでの攻撃では俺に届かない。運が良ければ俺を斬り付けられると思っているのかもしれないが、現在のレオナルドの『運』は0になっている。まぐれ当たりはない。
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“『暗澹』、光も希望もない闇を発生させるスキル。
スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。
空間内の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。
空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。
スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。
何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”
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レオナルドから見て右側面に移動する。
地面には先程投擲したナイフが落ちていた。拾った瞬間、レオナルドは首を動かして、見えない俺の位置を察知する。
今度は『非殺傷攻撃』スキルは使用していない。凶器としての機能を失わせないまま、柄をしっかりと握り込んでレオナルドに向けて走り出す。
狙いは地肌がむき出しの首だ。
既に脚はトップギアに入っており、迎撃を恐れずに肉薄する。
レオナルドは迫る俺に気付いていたが、動作が鈍い。表情には逡巡が見て取れる。
『第六感』スキルの警告が頭痛となり眉間にシワを寄せさせているが、レオナルド本人は『第六感』スキルを疑い、自動防御しようとする両腕を緊張させているからだ。
スキルを妨害できるはずのアサシンが、こうもあからさまに殺気を携えて襲ってくるはずがない。こう、レオナルドは判断して、真反対である左側面に振り向き直して大剣を盾として構えた。
完全に障害がなくなった首筋へと、ナイフの刃を突き立てる。
俺に可能なすべてを費やした一撃だった。『オーク・クライ』と『暗澹』の二重効果によって、レオナルドの『守』は七割減の補正を受けている。そこに全速力から両手で突き出したナイフの先は、鉄壁だったはずのレオナルドの肉体に突き刺さった。
実戦のストレスの所為か、思っていたよりも早く『暗澹』は解除されていく。
濃密だった闇は現実世界へと溶け出していき、そう時間が掛からずに消えていった。
暗澹空間があった場所に残されたのは、ナイフの柄を握り締めたままの俺と、喉にナイフが刺さりながらも未だに健在のレオナルド。
「……ハッ、これで満足か、マスク野郎?」
……戦果は、芳しいものではない。
刃は動脈を外れていた。
刃の切り口からは呼吸が漏れていたが、それ以上はどれだけ押し込んでも進まなかった。
「どうした、何か言えよ?」
俺の全力に耐え切ったレオナルドは、勝者の権利として俺を鼻で笑う。喉のナイフをまったく気にしないまま、焦る事なく大剣を下段に構えていく。
俺はこれ以上ナイフを押し込む無駄を止めて、柄から手を離す。
「――ああ、これで満足だ」
喉に開いた僅かな亀裂。
薬指ぐらいしか入りそうにない穴に、指先を押し当ててからレオナルドに答える。
「『暗器』解放ッ! 俺はお前を倒せて満足だ、レオナルド! 毒に苦しんでから逝けッ」
『暗器』から解放され、指先からこぼれた一粒が、喉の亀裂から消化器官へと落ちていく。
体内に突如発生した危険物に『第六感』が反応したのか、レオナルドは目を見開いていく。直後、強烈な偏頭痛に顔を歪ませた。
レオナルドが立ち直る前に、俺は傍から離れていく。
「何をッ、しやがっ――アガッ!?」
俺を糾弾したかったのだろうが、レオナルドは吐血によって言葉を中断した。咳き込みは続き、立っていられなくなったのか両膝を地面に付いてしまう。
「リリームが持っていた毒だ。肌に触れただけでも肉体が壊死する程の猛毒を、お前の喉に押し込んだ」
ロバ耳族に伝わる秘伝の毒は苛烈だ。
女性に対してはまったくの無害だが、男性に対しては致命的な毒性を発揮するという。触れただけなら、そこを斬り落とせば致命傷は免れる可能性はあるようだが、服用した場合の生存率はゼロという。
リリームが気絶している間に、毒の粒を桂が回収していた。どこに隠していたかはプライベートな問題なので省くが、捨てるのも危ない劇薬だったので、こうして活用させてもらったのだ。
口以外からも顔中の穴から出血していくレオナルド。血の色は鮮やかな赤色から暗褐色に変化しつつあった。
「オ前ッ、マ、ズ、グゥッッ!!」
「……毒殺は心が痛むが、毒耐性がないお前が悪い。何より、俺の魔法少女に手を出そうとしたのが悪い」




