19-3 その勇者、豚顔につき……
勇者レオナルドへの招待状を贈り終えた俺は、早々に森から退避する。
戦場として選んだのはリリームを捕らえている廃墟だ。もう散々壊れている建物なので、被害を気にする必要はない。地の利があるという点も評価された。
「誘いにのったようです。勇者単独ですが、向かってきていますわ」
「単独、ですか? 僧侶がきていないのは気になる。警戒は桂さんに任せます」
山林の外にある公道で待機していた桂と合流する。
不測の事態のために近場で待機してもらっていたが、勇者は招待状を受け取ってくれた。計画通り、廃墟を目指すのみだ。
太陽が地平線から昇り始めたばかりの早朝に、獣の気配を感じた鳥達が一斉に飛び起きていく。レオナルドの家系には猪でも紛れていたのか、山中にも関わらずほぼ直進で移動しているようだった。悪路を時速四、五十キロ程度で移動している。下手をすれば、俺達よりも先に廃墟に到達されかねない。
黒バイ(四代目を襲名)に乗って桂とタンデムし、いつものごとくアクセル全開で移動を開始した。
どうにか、廃墟に到達したのは俺達の方が先だった。
ただし、レオナルドも一、二分遅れで到着する。誘い出しに成功した事を喜んでいる暇なく地下室に移動して、人質のリリームを連れて屋上に向かう。
甲冑を装着している長身の男が廃墟の門を吹き飛ばしながら出現する場面には、ギリギリ間に合った。レオナルドが重そうな鎧を脱いでいたら、間に合っていたかは怪しい。
「マスク野郎がッ!! 俺のリリームを返しやがれぇぇッ」
開口一番、レオナルドはこのように叫び、廃墟全体に響き渡る。
パーティーを組んでいるのだから、そういった事情もあるのだろうな、と俺はそれほど深く気にしていなかった。が、何故か、囚われのロバ耳であるリリームは汚物を見る目で眼下の勇者を見下ろしている。
ちなみに、リリームは桂の魔法が解けているので正常状態に戻っている。
「レオナルドとリリームは恋人関係か。これから始末するから先に謝っておく」
「気色が悪い事を言うな、人間族のアサシン!」
リリームが否定したので、勇者レオナルドの片思いである事が判明する。それでも、単身で女を救いに現れた勇気には、男としては少し憧れてしまう。
「リリームの体は俺のモノだッ! 俺なしでは生きらなくなるまで楽しんでやってから捨ててやるつもりだったのによッ! それを台無しにしやがってッ」
「…………リリーム、お前って実は苦労しているな。朝食まだだったろ、ベッコウ飴食うか?」
「人間族が同情するなッ! 特別、お前にだけは同情されてたまるか!」
地上では勇者が馬鹿みたいな事を喚き、屋上ではリリームが酷く心痛な顔でやつれている。異世界情勢は複雑怪奇。この異世界人達、何故パーティーを組んでいたのだろうか。
最初からそのつもりだったが、仲間にさえ毛嫌いされているレオナルドを抹殺するのに遠慮はなくなった。
俺は傍に控えている桂に目配せを行う。幻惑系の魔法を得意とする桂にしかできない秘策を、事前に依頼していた。
「御影様、うまくいくかは保証できかねますわ」
「死にスキルにしておくのも勿体無いので。うまくいかなくても戦闘に支障はないので、お願いします」
桂は呪文詠唱を開始する。その間に、俺は屋上から頭を出してレオナルドの顔を注視する。
「――積層、心理、偽証、如月、月のある早朝に豚は屠殺されるだろう。……これより、御影様には勇者の顔がオークに見えます」
心を魔法というフィルターが覆っていく。同時に、色眼鏡を掛けているかのように視界が原色に染まっていくが、変化は一瞬で収まった。
ただ一つ、大柄の勇者の顔が肥大化していき、口から牙が見えるようになってしまう変化を残して。
野生的な赤毛男の相貌が、鼻のでかい豚面として俺の網膜に映りこむ。
そして、脳内でガシリと撃鉄が落ちる音が鳴る。実績達成スキルの一つが使用可能となった報告だった。
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“『オーク・クライ』、オークに対する絶対優勢の証。
相手がオークの場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が二倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、オークはスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、ステータス全体が二割減の補正を受ける”
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ギルク戦以降、用済みと化していた『オーク・クライ』スキルの発動条件を、魔法という違法を用いて無理やり整える。勇者のスキルの多くがパラメーターに影響するものだったので、二割程度の減少補正であっても相当な足かせになってくれるだろう。
スキルの発動条件を騙す、という発想自体は以前からあったのだが、催眠術に精通した知人がいなかったのでお蔵入りになっていた。それを、月の魔法使いの登場によって克服し、『オーク・クライ』スキルは返り咲いた。
スキルの副次的な効果のお陰で、一度殺されかけたレオナルドの顔を見ても憎しみしか沸き上がらない。
「レオナルド。ここでお前は終わりだ。俺の魔法使いに手を出したのだから、覚悟はできていたのだろう?」
俺の居場所を発見し、直ぐに跳び上がらんとしていたレオナルドは、目には見えない心的重圧に襲われてその場に踏み止まる。
「……マスク野郎。まるで別人のように気合が入っているじゃねぇか」
スキル効果の影響を受けてびびっている勇者を笑いつつ、屋上の柵に足を掛ける。
桂はリリームを見張ってもらうという名目で置いていく。魔法を掛けてもらっただけで援護としては十二分だったし、勇者程度、俺一人で決着を付けられるだろう。
……桂に、人間を殺害させる直接的な手助けを行わせるのを躊躇ったという一番の理由は話していない。俺は主様とは違う。




