19-2 対勇者戦の始まり、御影という存在の始まり
リリームに対する尋問は、やはり本人が口を閉ざしたため難航し掛ける。が、今日は昨日と違って頼もしい助っ人を招いている。
「――積層、心理、如月。心を包み隠す代わりに、包み隠さず語りなさい」
魔法抵抗値の高そうなリリームに対してもすんなりと魔法を掛けてしまう桂が素敵過ぎる。
「勇者の居場所はどこかしら?」
リリームの目付きは呆然としていき、心にフィルターが掛かったかのように瞼を半開きにする。夢を見ている最中の寝言のように、ぶつぶつと呟きはじめた。
「――エレワ、エレワ?」
駄目だ。乾いても綺麗な唇から発せられるのは異世界言語だった。言葉は聞き取れても内容を理解できない。
「山の中にいると喋っています」
「分かるのですか、桂さん」
「はい。伊達に長くは生きておりませんわ」
不老をあまり嬉しくなさそうな顔で桂は通訳を開始する。永遠の美を求めてきた数々の女性から呪われてしまいそうな態度であるが、桂なら反撃で呪い返せそうな気がする。
市街地を離れた山中を根城にしている、とリリームは白状した。どうも勇者パーティーが異世界から渡ってきた場所が、その山奥であるらしい。
更に、勇者パーティーが三名のみという貴重な情報も入手できた。勇者レオナルドのレベルが一番高く、戦力の中核である事で確定だ。
「……これですべての情報が揃いました。勇者の『第六感』スキルの対策は問題なさそうです」
「御影様には、まだ武器がないように思われますが」
「それも解決済みです」
俺は縛られているジャージのリリームを見下ろしながら、自信満々に頷いてみせた。
勇者に挑戦状を叩きつける前に、最後の相談を桂と行う。こういう役目は本来、紙屋優太郎と決まっているのだが、彼はもう日本国内から発っている。
優太郎のアドバイス通り、桂とは勇者と戦う間共闘する予定だ。たった一言の返事で共闘をOKされてしまったのには流石に驚いてしまったが。優太郎は預言者だとでも言うのか。
「僧侶の『異世界渡りの禁術』とやらでやってきたのであれば、最善策はそいつを倒してしまう事かもしれませんね」
「術者を倒したからといって異世界に強制送還できるとは思えませんわ。また、術者を失っても勇者は単身で異世界への帰還が可能であると想定しておくべきです」
桂が諭してくれるように、異世界なんぞから現れた迷惑者を楽観視するべきではないだろう。天竜川に現れたモンスターとて、心臓が止まれば死体となってもこの世から消えていった。
勇者とはこの地で決着を付ける。異世界に帰還させてやる義理はない。
「すべては、魔法使いを勇者から救う、という前提があってこそですが。……本当に勇者と戦いになりますか、御影様?」
「役目みたいなものですから。酷い厄介事ですが、途中で投げ出す気にはなりません」
「本当に御影様からは興味は尽きませんわ。マスクの下のご尊顔は未だ不明のまま。そんな無名の御影様が、どうして命賭けで他人をお救いになるのか。好ましく思っていても、疑念が涌いてしまいます」
出逢うたび魔法少女から尋ねられる質問だったので、俺はスラスラと定型句を返す。
「以前、その魔法使いに助けられたからです」
あの夜。
あのコンビニへの道すがら。
あのフリル付きの紅い袴の魔法少女と。皐月と出逢わなければ、俺は御影として活動する破目にはならなかった。
「――――はい、嘘ですわ」
それなのに、目前の長身女性は俺に対してだけ優しい顔を崩さないまま、バッサリと俺の言葉を切り捨ててしまった。カールヘアをまったく揺らさずに、桂は微笑む。
「いえ、サイクロプスに襲われたのを助けられたから――」
「はい、嘘ですわ。ダウトです」
「なら、魔法使いが好みだからです」
「嘘ではありませんが、真実ではありませんわ。はい、ダウトです」
「……どうしてそんなに速攻で断定しまうのですか? 助けられた義理で人を助けるというのは、それなりに説得力があると思いますよ」
色を失った瞳は、悪意は信じても善意は信じない。人間の善性は信じられなくても、悪を発端とする出来事であれば何事であっても許容する。
そんな瞳の桂から、まったく似合わない言葉を告げられる。
「それは、御影様を愛しているからですわ」
俺を完璧に疑っている桂の方にこそ説得力があるとは、如何なものだろう。
浮気を暴く妻の嗅覚は、実績達成スキルなのかもしれない。
「御影様の発端は誰かに助けられたから、といった善意ではありません。人間を常に動かし続ける原動力が、善意であるはずがありません」
桂はあの夜からの一ヶ月を否定する。
時系列的に、俺と皐月が再会するまでには一ヶ月間の空白が存在する。主様が異世界から現れるまでの一ヶ月は調整期間だったため、モンスターは天竜川にスポーンしていない。最後にサイクロプスを呼び寄せた日を桂は覚えていた。
「わたくしが知らないからといって、善意の存在そのものを否定は致しませんわ。ですが、恩人を探すために一ヶ月も辛抱できる人間は僅かです」
その一ヶ月の間、ギリースーツで潜伏を続けただけ。
こう俺は反論しようとするが、桂が言葉を続ける方が早い。
「一方で、悪意が原動力であれば、人は一ヶ月程度の短期間は造作もなく過ごせます。屈辱は肝をなめて、蒔の上で寝れば簡単に延命できます。が、善意を日々思い出すためには、この世はあまりにも乾燥してしまっているのです」
俺が喋らないから、桂の追究は未だに止まらない。
皐月は何だかんだと俺に対して甘かったから良かった。浅子は激甘なので疑念さえ向けられた例がない。来夏とは、そういった暇すらなかった。
だが、桂だけは違った。
「そういった憶測を除いたとしても、御影様の根源は善意ではありませんわ。魔法使いを目撃しただけで、天竜川の裏に隠れた悪の存在に気付いたというのはあまりにも飛躍が過ぎます」
「事実は小説よりも奇である、という返し言葉ではどうですか?」
「はい。ですから御影様の創作話は、命を救われたからという理由では普通過ぎるのです。御影様の真実は、より奇妙に満ちたものだったのでしょう」
桂は的確に俺の矛盾点を指摘する。単語レベルで実にエッジが利いており、今の俺はメスを喉の動脈に突きつけられた状態だ。
勇者との対決を目前に、まったく予期していなかった致命的事態。
僅か一歩でも足を踏み入れられたなら、御影という存在は首からドクドクと血を流して死んでしまう。
「――ですから、わたくしは御影様をお待ちしておりますわ。主様も御影様を探せと命じていても、正体を探れとまでは命じておりませんでした」
桂は最後の最後で後退してくれる。結局、桂も俺を殺せないぐらいには甘い女だった。
「そろそろ頃合ですわ。御影様の望みが勇者の打倒であれば、わたくしも微力を尽くします」
山中を駆け巡り、結局リリームを発見できなかった勇者レオナルドは酷く荒れていた。昨夜現れたオーリンの言葉は決して鵜呑みにできないが、枯れた言葉の何割かは真実が含まれていた可能性がある。
『第六感』スキルを誤魔化すには真実と嘘を織り交ぜて、スキル所持者がスキルを全面的に信用できなくする事。所詮は職業でしかない勇者など、過去にいくらでも存在したため、オーリンが『第六感』スキルの対処方法を知るのは簡単過ぎた。
こうなれば、街中に出向いてリリームを探し回り、ついでに残りの魔法使い全員を早々に始末するべきだ。こう、レオナルドは判断を下す。
……レオナルドの判断は、届けられた手紙によって即座に覆ったが。
どこからか遠投されてきた石が、レオナルドの足元に落ちてくる。石に手紙らしき紙が括られていた。手紙を放置して石の投擲元を探すべきかレオナルドは悩むが、徹夜のリリーム捜索で足が疲れていたので、手短な地面に落ちている手紙を拾う。
手紙には、汚い異世界語で「リリーム、さらった、この場所、くる」という単語と地図が記述されていた。




