18-5 さあ、映画鑑賞のお時間です
そろそろ夕刻近いが、気分的にはアフターファイブをぶっちぎって深夜零時に突入している。
地下で尋問を開始して数時間経過しているが、ロシ子改めリリームが非協力的なため、非常に難航している。
縛り付けておいて友好を得られるはずはないが、リリームという名前以外に収穫がないのは大きな誤算だった。
「無駄な事は止めろ。敵に話す事は何もない。さっさと殺せ。私を殺さなければ、お前を殺して後悔させてやるっ!」
耳娘がヒステリック気味に俺を睨みつけるのを止めない件について。
何度質問しても、無駄、死ね、殺せ、以外のパターンを得られない。ゲームのNPCのつもりか。
「そう言わずにさ。それだけ叫んでいたら喉が渇くだろ。水飲むか? 好みそうな天然水だぞ」
「どうせ毒か薬でも入っているのだろう。無駄だ、諦めて殺せ! さもなくば死ね!」
「菓子はどうだ? コンビニでベッコウ飴売っていたから買っておいたぞ」
「この世界の自白剤か! 森の種族は非道を忘れない。無駄だ、殺せ、死ね!」
「トイレはまだ良いの――」
「無駄、殺せ、死ね!」
魔法少女を襲った敵に対して、これでも譲歩してやっているのに、まったく進展しない。
軟化政策ではなく、むしろ、卓上電灯を顔に浴びせてやるぐらいの高圧的な態度で挑むべきだったと後悔している。リリームがオークだったなら『オーク・クライ』スキルを使い、いくらでも残酷に振舞えたというのに。耳以外は人間と代わらない女相手だと調子がでない。
もう今更何を後悔しても、すべて遅い。
リリームを捕虜にするまでは思い描いた通りに物事が進行したというのに、痛い時間の浪費だった。
リリームから勇者レオナルドに関する情報を聞き出すのは、もう諦めよう。
……そうなるとリリームは用済みであるが、どう始末してやろうか。
「分かった。もうお前には何も訊かない。お望み通り、あの世に送ってやる」
「ふん、ならばさっさと殺せ」
「――楽に死ねると思っていたら、大間違いだ。お前には背中を射られた恨みもある。存分に苦しめてやろう」
喉の奥の方でクククと悪役っぽく笑いつつ、俺はパイプ椅子から立ち上がる。動けないリリームの体を舐めるように見下ろす。
時間浪費の当て付けです。
「ふん、下種な人間族め。どいつもこいつも考える事は同じで、この体を弄ぶ事しか脳にない」
美人故の自信に満ちた言葉である。
顔が良いのは認めるし、体格も外国のモデルみたいであるが、自分で自分を綺麗とか抜かしている女は白い目で見られると思う。
「体は屈辱に塗れても、種族の誇りまでは奪えないからな!」
一人でヒートアップしているリリームを残して、俺はパイプ椅子を奥部屋へと運んでいく。
代わりに押しながら運んできたのは、台車に乗ったブラウン管テレビだ。台車にはビデオデッキも乗っけており、デッキ内部には呪いのビデオが入っている。
家電はホテル営業していた頃の物品で、まだ動くものが残っていたため保管してあったのだ。
コンセントに延長ケーブルを差し込むと、湾曲したテレビ画面が帯電していく。
「悲劇のヒロインには申し訳ないが、お前の価値はもう失われた。ただ苦しめて殺すだけだ」
呪いのビデオの効果は来夏で確認済みである。異世界の種族に対してどこまで効果があるかは、これから確かめてみよう。
ビデオデッキの再生ボタンを押す。
「なんだ、この箱は?? 小人族が入っているのか?」
「これは過去に起きた呪い事件の記録映像だ。本編が始まる前に言っておくが、この映像を最後まで見終わった時、視聴者はこの箱から出てくる怨霊に呪い殺される」
「なんだと! おのれ、呪具で呪い殺すとは悪趣味めッ」
「目を閉じたところで呪いは回避できない……が、一つ生き残るチャンスをやろう。記録映像内には呪いを解く鍵も映っている。がんばって探してみろ」
そんなものはないけどな。ジャパニーズ・ホラーに救いはない。
「お前が鍵に気付ければ、呪い殺される事はないだろう」
映画会社のロゴが画面に写り、いよいよ映画本編が開始される。
言うまでもないが、リリームに語った事は全部出任せである。捕虜とはいえ、快適に過ごしてもらいたいので、昔流行ったホラー映画大作を上映するだけだ。あ、これも出任せだ。
本編は九十五分。賃貸マンションに帰って夕飯を食べてから戻ってくるにはやや短いが仕方がない。
「では、生還を祈っておこう――」
無駄は止めろ。普通に殺せ。死ね。こう叫ぶ続けるリリームを、テレビ画面のみが明るい、真っ暗な地下に置き去りにする。
俺は心よりの笑みを浮かべながら、錆び付いている扉に施錠する。なかなかに清らかな気分で廃墟を後にした。
「Teaポイントをお持ちですか?」
夕飯を作ってくれているであろう桂に、まったくお礼をしないのは如何なものだろうと思って、帰宅前にコンビニへと立ち寄った。
高価な物を送っても遠慮されそうなので、一緒に食べられる食後のデザートを購入する。ポイントカードを受け取り直して、ビニール袋に入ったプリン二つを片手に、自動ドアから寒い外へと出て行く。
「桂さん、喜んでくれるかな」
まだ春はやってこないな、と夜風の感想を呟きつつ歩いていくのは、天竜川に沿って続く道。
……酷く嫌な予感がした。特に、道の向こう側から歩いてくる人影に。
ついつい癖で、懐に隠してあるマスクを装着してしまう。
「――また会ったな。マスクのアサシンよ」
当然のようにエンカウントしてしまったのは、オレンジ色のマフラーを首に巻いた、瞳孔が爬虫類っぽい女だった。
昨夜、俺を喰おうとしたマフラー女で相違ない。
「そう身構えてくれるな。勝負が決するまでは手出しはせんよ。思いのほか、村が発展し過ぎていて、時間が掛かっておってな」
「その様子なら、優太郎はまだまだ無事みたいで安心だ」
「所詮は時間の問題でしかない。間違いだったとはいえ、神と崇められた我を見くびるのは不敬が過ぎるぞ」
俺達、いつからこう知人みたいに道端で会話する関係になってしまったのだろう。俺は寒さ以外の理由で肌が粟立っているというのに。
「……その手に持っているものは何だ?」
「お土産。中身は甘い食べ物」
マフラー女の瞳孔が、まるでカエルを見つけた蛇のように縦に狭くなった。二つの瞳の焦点は、コンビニのロゴが入っているビニール袋だと思う。
「…………昔はな、我が何も言わなくとも貢ぎ物がな」
トレードマークのオレンジマフラーをいじって、何やらマフラー女がもじもじし始めた。
マフラー女が何に興味を持ったのか。考えなくとも把握できているが、俺が気付いてやる義理はない。
「……ここ最近はな、不敬にもテントで土地を間借りした奴のみかんしか供え物がなくてな」
しつこそうなので、渋々と俺は気付く事にした。冷戦状態とはいえ、彼女持ちになってから異性の気持ちを無視し辛くなっているのだろう。
「あっちなら人目は気にならないぞ」
土手をやや下り、夕日が沈んでいく天竜川の流れを観賞しながら、俺とマフラー女は二人並んでプリンを食べ始める。
まったく、夕食前だというのに。




