3-3(裏) 財布の趣味が悪くない?
3章(裏)は魔法少女側の場面です
シナリオ展開が鈍足になってしまって申し訳ありません
3章(表)も同時に書いてはあるのですが、
平行してアップしてしまうと視点移動がすさまじいので
(裏)が完了するまでお待ちください
寄り道せず真っ直ぐに帰宅し、自宅の一室で皐月は思考する。
「財布を落とした、ね。その事を知っているって事は、私とサイクロプスが戦っているところを誰かに見られていたのか。気が付かなかったなんて、迂闊」
皐月は一応、同業のアジサイには一応警告の連絡を入れておこうとスマートフォンを取り出す。アジサイ以外にも残り二人同業がいるのだが、携帯番号を知っているのは偶然同じ学校に通っていたアジサイだけだ。
本来、魔法使いの間には仲間意識は存在しない。過去には縄張りを争っての敵対意識すらあったのだが、皐月達の代になってからは不干渉、一部協力に落ち着いている。アジサイにしても、皐月から迫らなければ連絡先を教えようとはしなかっただろう。
「えーと、『魔法使いを狙っている奴がいる』っと」
メールアプリLIFEでアジサイに警告を送ると、存外早い返事が返ってくる。
「……『どこの馬鹿が馬鹿な魔法使いを狙うって?』ね。うん、今度会ったら絞めておこう。当方のレベルは65だぞ、格下」
義理は果たした、と皐月はベッドにスマートフォンを放って、学習机に向かい合った。
綺麗に整頓された卓上には、皐月が持つにしては飾り気のない黒い財布が置いてある。
黒い財布は溺れた青年の形見であり、皐月は己の至らなさを戒めるために所持し続けていた。しかし、今更だが思い直せば、財布が皐月の目の前に落ちてきたのは、随分と都合が良過ぎる出来事だった。
「溺れる人間は財布を放る、なんて聞いた事ないし。でも一か月前から下準備をしていたなんて随分、姑息な事で」
あるいは皐月が鈍感過ぎたため動き始めたのかもしれない。黒い財布は溺れた青年の遺品に見せかけた挑戦状だったのだが、皐月が中身を確認しようとしないため、痺れを切らして学校に電話を掛けてきた。
まわりくどい、と一言呟いてから皐月は財布に手を掛けた。
「財布の中にはきっと何かの脅迫文が……が……が……ないじゃない!」
財布を検分した結果、皐月は五千円札一枚と期限が一か月前に切れているファーストフード店のクーポン券を入手した。五千円は現金収入源を親に頼っている皐月としてはそこそこの大金であるが、今は現金なんて求めてはいない。
「他にない訳ッ!?」
財布をひっくり返して振ってみたところで、落ちてくるのは埃だけである。特別に意味のある物は何も落ちてこない。
隠しポケットの口を広げて中を覗き込んでいる皐月の狼狽ぶりは、金欠に陥った人間と区別が付きそうもない。
「どういう事?? 脅迫電話じゃなかった? いいえ、それにしては――」
学校にかかってきた電話は虚偽の美談をでっち上げて、わざわざ皐月を指定したのだ。目的のない悪戯にしては手口が複雑で、下手をすると悪戯とさえ理解されない無意味な手段を用いている。学校での皐月の立場を貶めたいのであれば、もっとリーサルな方法があるだろう。
皐月は直感した。コイツの性格はアマゾン原産の絞め殺しの木みたいに曲がっている。人伝で挑戦状を送り付けてくるなんて、そんな不確かな方法、皐月では思い付いたとしても実践できない。
だから挑戦内容も直接的な文章ではないのだろう。こう確信する。
「財布。大切なモノ。五千円札。そしてクーポン券――。まさか、クーポン券が招待状のつもり……うわぁ」
クーポン券を詳しく確認すれば、特定の店舗でのみ使用可能と書かれている。
まさか最初のデートでファーストフード店を指定してくるとは、と皐月は低く唸った。
相手が男と決まった訳ではないし、そもそもデートでも何でもないのだが。皐月としては見えない敵の神秘性が庶民レベルまで下がったようで、落胆は免れない。
夕飯前なのにと文句を吐きながら制服から私服に着替える。
皐月は意識して紅色のアウターを選んで着込むと、黒い財布を片手に玄関へと向かった。




