表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/188

17-7 そして紙屋優太郎は海外に赴く

 通行人Aが現れた。

 通行人Aは俺を威嚇いかくしている。俺は金縛り状態になってしまった。こんなポップアップが脳内スクリーンに投影される。

 デフォルメ化された冷血動物のうろこが、女のマフラーの上で怪しげにうごめく。

 見た目はただの通行人Aのくせして、マフラー女の視線は心的外傷を負いたくなる程に鋭利だった。こんな爬虫類はちゅうるい染みた瞳孔を持つ女が、人間であるはずがない。

 外見の完成度はこれまで出遭ったどの化物共よりも高い――外見はほぼ同い年の成人前後の女性。セミロングな髪の先が刺々しいのが特徴――はずなのに、人外特有の危険性は最も高くはないだろうか。

 俺を喰うかもしれないマフラー女は、ふと、目じりを歪めて小さく笑う。


「ふむ。珍しいだけの人間に対して、我があまりにも大人気なくてな。道端で拾い食いをするなど品性を疑う」


 勝手におどして、勝手に自制しようとしているマフラー女。

 マフラー女の視線を浴びる俺は硬直を続けている。みっともなく足を震わせずに済んでいるが、全身の筋肉が強張っているため腰も抜かせられない。

 どれだけレベル差があるのかは測りきれないが、戦闘にならずに済むのであれば何だって達成してみせる所存だ。

 何せ、俺の背後の民家には二人の魔法少女がいる。無責任に喰われる訳にはいかないだろう。



「では人間よ。今夜、喰わない代わりに、命の次に大事なものを差し出してもらおうか?」



 夜道で出遭っただけで酷い因縁を付けられたものである。不良だってもう少しマシな理由で……あまり変わらないか。金をせびるか命をせびるかの違いしかない。


「……大事な物は携帯しない主義なのだが?」

「ならば喰われろ」


 理不尽この上ない。

 眉間に9mm弾を撃ち込んでやりたくなるが、携帯火器では致命傷とならないだろうし、今は俺の怒りを和らげる場面ではない。マフラー女の不評を買わないように誠意を尽くす場面である。

 ぎこちなく手を動かして、何か持ち合わせないか体中をまさぐる。


「さあさあ、何を出してくれる?」


 それにしても奇妙な命題を突きつけられた。命が大事だというのは疑いようはない。が、命の二番手となると、通常は特定困難だろう。

 命よりも大事なものという設問であれば、俺は魔法少女と答えられずに喰われるしかなかった。だが、命の次となると難しい。

 金と答える俗人もいるだろうし、健康と答える凡人もいるだろう。

 俺はいったい何を差し出すべきか。


「まぁ、今更悩むまでもないか」


 上着のポケットから携帯電話を探り当てて、液晶画面をマフラー女に向ける。


「……この小人が、命の次に大事な者か?」

「これはただの写真だ。実物はもっと大きい」


 液晶上に立っているのは俺の親友だ。二人で写る今更感にさいなまれた、苦い顔をしている。



「命の次に大事な者は、俺にとって友人だ」



 写真の中では、俺と紙屋優太郎が大学の正門は背景に並んでいた。


「人間の善性を疑う発言よな。……まったく、己の命惜しさに、友を生贄として我にささげるか」


 まったくである。〇ロスは悪い男だと俺も思う。

 携帯の液晶上で、優太郎の顔はピンボケせずに綺麗に写っている。が、俺の顔はレンズに入り込んだ指と重なっているため丁度見えない。野郎ツーショットの出来損ない。誰かに見せる機会があるとは思っていなかった。


「魔族の我が言うのもしゃくであるが、人間も地に落ちた」


 マフラー女は俺の回答に対して、何故だか落胆しているように見えてしまった。何が気に喰わなかったのか、眼光がにぶくなっている。


「優太郎が気に喰わないなんて言うなよ。女に残念がられたら、優太郎が可哀想だろう」

「我を見てくれで判断するな。所詮は借り物で紛い物。昔に見た覚えのある村人の格好を借りたに過ぎない」


 ほぼ化物確定であったが、確証となる言質も得られた。マフラー女はやはり人間に擬態ぎたいしているだけの化物のようである。


「人間よ。お前の友は、お前の所為で我の物となった。後悔しても遅いぞ」

「――やれるものなら、やってみろ。化物に推し量れる程に優太郎は簡単な男ではない」


 俺のあおりできつけられたのか、マフラー女の眼光が鋭利さを取り戻す。


「我におびえている人間が、良くぞ言った。絵一枚では発見できないと高をくくっておるのなら、一つ勝負をしようではないか。我がこの男を見つけ出せば我の勝ちで、お前を改めて喰ってやる」


 一方的に捕食を宣言されていた先程よりも、条件は良くなったと言えるだろう。

 マフラー女の勝手に物事を進める性格様々だ。今夜を切り抜けられるだけではなく、俺に勝ち目のありそうな勝負が開始されようとしている。


「まず負けはしないが、我が負けたら、はて――」

「俺が命を賭けているのに、万が一を恐れて、言い訳作りでも考えているのか?」

「――負けぬ勝負だ。安い挑発にも乗ってやろう。我が負ければ、我を自由に使えば良い」


 命を奪ってしまっても良い。

 より長期的に支配しても不満はない。

 百年程度の生涯であれば、奴隷として扱っても誠意を尽くす。こうマフラー女は俺と約束する。

 気付けば、マフラー女はイヤらしい目付きになっている。


「借り物であるが、この体は女としても機能はするからな。そこそこの見栄えであるが、肉欲におぼれてみるか?」


 あ、いくら外見が格別でも、魔法が使えない子に興味はないので。間に合っています。

 約束を終えると、マフラー女は早々に立ち去っていく。玩具を与えられた幼児というよりは、生甲斐いきがいを再発見した老人のように頬を歪ませていた。

 足取りは軽やかであるが、負けるのがそんなに楽しみなのだろうか。


「精々、身を清めておけよ、マスクの人間よっ!」


 前触れなく出ていたマフラー女は、最後まで自分勝手な台詞を残して街の方角へと消えていく。




「――と、言う訳なので、実費は俺で持つから、しばらく海外旅行にいかないか。優太郎?」

『――お前はナチュラルに俺の明日を奪いやがったな。旅費だけでなく、今期分の授業料も上乗せだ。……それで、重要な事だから最初に確認したいのだが、そのマフラーの子は可愛かったよな?』

「魔法が使えれば、それなりに」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ