17-6 通行人は二度会う
窓から室内へと招かれた来夏は、久しぶりに友人と再会する。
「一週間前のカラオケ以来です、秋」
「やあ、来夏。こんな夜更けにどうしたのだい」
ラベンダー、本名は上杉秋。来夏とは旧知の魔法使いであり、魔法使いのオフタイムである昼間にも付き合いがある。
最初の出会いが学園の教室内だったからか、来夏は秋を魔法使いとしてライバル視しなかった。秋は秋で、近場に強力な友人がいるお陰で土魔法の研究に没頭できたため、都合が良かったのだろう。
中性的な顔立ちの秋は、襟付きの寝巻き姿で来夏を出迎える。窓から入り込む外気を感じて、寒いね、とキザっぽく呟いた。
「携帯に何度も連絡したのに出ないから、心配でやってきたのです」
「それは迷惑掛けたね。携帯は、確か……そう、山で隠れている間に無くしてしまって。新しいのはまだ買っていないんだ」
秋は直近一週間の行動を明かす。
カラオケボックスで皐月に警告された後、秋はテント一式を家の倉庫から持ち出して山中に潜伏していた。
天竜川の黒幕はレベル70以下の魔法使いの魔法をすべて無効化してしまうため、レベル40台の秋では絶対に敵わない。交戦を避けるために街を離れ、山に入ったのは適切だったと秋は確信している。
ただし、余りにもやる事がなかった。電波から隔絶されている所為で、ネットゲームにはログオンできない。事前に持っていっていた電子媒体を読破してからは空ばかり見て怠惰に過ごした。
限界を感じ始めていた頃に食料も尽きたため、秋は昨夜の内に下山した。
「流石に無謀だったと思うよ。冬山でのサバイバルはお勧めしないね。何より寒い」
「……つまり、ここにいる秋は本物なのですか」
「私は土人形ではないさ。友人と会うのに人形は使わない」
来夏は秋が変わり身も用意せずに寝ようとしていたのかと、呆れながらサイドアップを左右に揺らす。
「一週間、私の代わりに置いてあった土人形が無事だったから、少し無用心になっているのは認めるよ」
来訪した友人のために、キッチンでコーヒーを淹れて来ようかと秋は提案する。
せっかちな来夏はもてなしを断ると、本題に入った。
「秋、真剣な話です。私達と一緒にきて欲しい。このままでは、皆殺されてしまうです」
来夏を見送って数分。
朗報を待つ俺は、ぼんやりと遠くの街灯の点滅回数を数えていた。風雨に晒される街灯の経年劣化は激しく、電球の交換時期に突入しているようで、だんだんと消えてから点灯するまでの間隔が長くなっているような気がする。
本当は、こういう余暇を楽しんでいる暇はない。
俺には解決するべき問題が多い。ラベンダーと合流しつつ、勇者パーティーを殲滅しつつ、来夏のトラウマを治療し、皐月と浅子の機嫌を直させ、桂を救い、オーリンも討伐して、優太郎と駄弁って、ついでに主様を倒す。
どうやって全部解決すれば良いのか、頭を抱えてみても糸口は見えてこない。列挙した事柄以外にも、俺は気掛かりを抱えているというのに、これでは体がいくつあっても足りはしない。ちなみに、大学の単位は半分以上諦めた。
正直な話、俺一人では何一つ解決できないだろう。
魔法少女四人に協力してもらっても、まだ戦力的には不十分だ。
そこに桂が加われば頼もしいが、まだまだ全然足りはしない。
優太郎は、あんなレベル0は置いておいて――。
マスクで覆われた額に手を当てて、大いに悩む。俺の許容値は既に超えているので、もうこれ以上の厄介事は起きないで欲しい。
「――珍妙な人間がここにもいたか」
ラベンダーの家は天竜川上流の、人口密集地帯から外れた場所にある。山に近いため草木の割合が大きく、隣の家まで数十メートルは離れている。
電灯は一応建っているが、疎らだ。闇と不安を蹴散らしてくれる程に光量は多くない。
「偶然出会うにしては、アサシンはレアリティが高過ぎるな」
そろそろ日付が変わる時刻なので、地域住民の多くは寝静まっている。
だからと言って、暗い道路の向こう側から歩いてくる何者かが、変質者や犯罪者である必要はない。夜歩きが好きなご老人や若人の可能性はまだ残っているから大丈夫だ。
『暗視』スキルを発動して、夜道に現れた人物の正体を探る。マスクを外して通報されるのを回避するのは、顔を確認してからでも遅くない。
「マスクで顔を隠しているとは、まさか、本当にアサシンか。『魔』の気配がしないから、我の同胞かと思っていたぞ」
歩いているのは、オレンジ色のマフラーを首に巻いている女だ。形状記憶性能が高そうなスカートを穿いている。丈は短くて寒そうだが、ストッキングも装備しているので防寒対策は怠っていない。
初見の女だった。
コンビニ帰りですれ違った経験は……たぶんない。
「長い間、暗い場所で一人だった所為で、我は飽きていたのだがな。それがたった一日出歩いただけで、面白い輩と巡り合える。この世界は予想外の事ばかりが起きて嫌になるよな、人間よ?」
マフラー女は、独り言の返事を求めて、俺に語り掛けてきた。絶対にただの通行人だと思っていたのに、どうしてそんな気さくに、俺の努力を台無しにできるのだろうか。
「……いえ、人違いです」
「何が人違いなものか。我に対してはもっと敬意を持つように努めてみよ」
マフラー女は細身で、背は低い。
ぶら下げている両手も空である。物理的な脅威は一切感じられない。
だが、目線を俺の目に合わせられた途端、大蛇に睨みつけられたカエルの如く、俺の背筋は凍りつく。
ガクガクと震えたいのに震えられない。心を鷲掴みにされるこの感覚は、忘れたくても忘れられない。かつて背中越しに主様と最接近した際にも、俺は同じ屈辱を味わった。
女の瞳孔が縦一本に絞られていく。
「喰ってやろうか。人間?」
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“『エンカウント率上昇(強制)』、己が遭いたくない相手と邂逅できるスキル”
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