17-1 作戦会議は長電話で
『――それで大学に来なかったのか。単位の喪失に勝るとも劣らない事件だったな』
朝食をとっていた頃は、暖房の効きが悪いにも関わらず温かく感じられたリビング。
夕刻になってもセーフハウスに皐月達は帰ってこない。買ったばかりの暖房が動作しているのに、リビングは寒い。
『幸いにも病欠にしてしまえば、テストはやり直せる。満点取っても八割だが』
「……なあ、優太郎。テストって良いよな。やり直しができるんだから」
『ひねくれたくもなるだろうが、全部お前が蒔いた種だろう。……それで、魔法少女は単独行動をさせて大丈夫なのか?』
「皐月の家に集まっているらしいから、戦力的には俺の方が不味いだろうさ」
『それにしても、お前が魔法少女に嫌われるとは予想できなかった』
「嫌われた訳じゃない。ちょっと距離を置かれただけだ」
リビングなのに、まったく生きた心地がしないままテーブルに頬を密着させて弛緩し続けている。やる気が何も浮かばなかったので、電話コールのあった紙屋優太郎と長い時間通話を続けている。
そういえば、優太郎と話していて思い出したが、俺は魔法少女だけでなく単位まで失おうとしているのか。あの勇者共は絶対に許さない。
『お前の今後の方針は? 無駄に大学を休んだ訳ではないのだろう』
「オーリンの動向も、皐月達との仲違いも後回しにはできない。けれど、最も警戒すべきは勇者パーティーだと思う。レオナルドの目的は主様のレベリング妨害。そのために、経験値元である魔法少女を抹殺しようとしている」
戦闘中に聞こえていた会話の断片から予測した。
勇者レオナルドは、俺とは真逆の手段を用いて主様の邪魔をしようとしている。主様が魔法少女を殺して経験値にしてしまうより先に、勇者の手で魔法少女を殺害する。倫理感を除外すれば、姑息だが賢い方法だろう。
絶対に俺は認めないが。
「勇者パーティーが一度の失敗で諦めるとは思えない。ただし一度失敗したからには、次はもう少し慎重に行動するはずだ」
魔法少女が天竜川で一番危うい存在であるのは今に始まった話ではない。が、魔法少女の中で一番の危機に直面している人物を、俺は優先して助ける必要があるだろう。
皐月達は今朝の出来事がなくても、日頃から一人で行動するなと念を押している。
だから皐月、浅子、来夏の三人は安全だ。勇者パーティーが短気にもリベンジを仕掛けてくる可能性はなくはないが、当分はオーリンなる老いたゴブリンが抑止力となるだろう。
「一番危険なのは、最後の魔法少女、ラベンダーだ」
皐月達の同期の内、今も合流していない最後の魔法少女。その名はラベンダーと言ったか。
ラベンダーについては、噂レベルでどんな魔法少女であるかを聞いている。レベルは低いが、魔法少女としての意識も低い。ただ、土属性の扱いについては歴代を上回るという評価だったか。
レベリングそのものに興味がないという、魔法少女の中では非常識な人間のようだ。魔法少女として非常識であるという事は、裏の裏が表であるように、一番の常識人であるのかもしれない。
ラベンダーは今も単独行動を続けている。勇者パーティーに襲われるとすれば三人集まっている皐月達ではなく、たった一人のラベンダーだろう。
「短期的な目標は、ラベンダーとの接触だ」
『これまで放置していた癖に、今更に聞こえるが?』
「皐月と浅子が連絡先を知らなかったんだよ……」
皐月はラベンダーと魔法少女として面識を持っているが、日中のラベンダーについては一切情報を持っていない。電話番号も知らなかった。
浅子についてはもっと疎遠で、本当に顔しか知らない関係のようだ。天竜川の上流と下流をそれぞれ狩場とする彼女達の接点は皆無であった。
「来夏が同じ学校に通っていて、家に遊びに行くぐらいの友人関係を持っていてくれて助かったよ」
『……来夏って誰だよ』
最後の伝である来夏は、ラベンダーとは友人関係を築いていた。電話番号を知っているだけに止まらず、ラベンダーの家も知っている。
実は既に、ラベンダーには来夏経由で合流して欲しいというメールを送っている。
……連絡を頼んだのは昨日。月曜日だ。
今はもう火曜日の夕暮れ時である。一日経過しているが、まだ返事はない。
「来夏にはどこかに潜伏すると明かしていたようだけど。今日も連絡がなければ直接出向く」
冷戦中の皐月と、皐月の友人である浅子には連絡し辛い。
だが、その点、来夏とは関係が深刻化していない。協力を願い出るのは可能である。
来夏も桂に対して思う所はあるだろう。が、スキュラに誘拐されて、一度は敵対していた来夏には、皐月達とは別の思いがあるはずだ。
少なくともラベンダーとの合流までは、来夏を頼って行動する機会が増えると予測された。
『ラベンダーとの合流後は、どうするつもりだ?』
優太郎に次を促されたので、俺はシンプルに答える。
「中期的な目標は、根本原因である勇者パーティーを排除する」
『おいおい。銃弾を生身で弾く勇者様に、どうやって勝つつもりだよ』
「最悪、またガスタンクを調達するさ。とはいえ、レオナルドの奴、攻撃に関しては妙に鋭いからギルクのようにはいかない可能性が高い」
勇者レオナルドは、背後からの銃撃を事前に察知できていなかったにも関わらず防いでしまった。
高レベル者だから、熟練の戦士だから。そんな在り来りの理由だったなら、完全にお手上げである。
『どこかのアサシンは弓から放たれた矢を受け流したらしいぞ』
あれは『運』のお陰です。
「勇者も強運の持ち主である可能性は否定しない。けれど、レオナルド本人が、スキルがどうとか口走っていたからなー。……桂さんにでも聞いてみるか」
『桂さんねぇ……。お前が一人になっている元凶も桂だが、彼女が悪女でない事を電話越しに祈ってやろう』
独り身の僻みに反応しても通話料金が勿体ない。環境音と思って優太郎の声を適当に聞き流す。
「以前、桂さんが勇者と戦った事があると言っていた。勇者攻略の情報は桂さんから提供してもらう」
『情報提供だけって、そこで遠慮してどうする。今のお前を同情させて、直接助力をお願いしろ。戦力的には申し分ない人なのだろう?』
「たぶん、魔法少女の中では一番強い」
桂の実力は数度の戦闘で確認済みだ。数日前には来夏の四節魔法を無効化して、今日は勇者レオナルドとロバ耳女に強力なデバフ魔法を掛けていた。
補助系の魔法のエキスパートだと思われる桂が魔法で援護してくれるのであれば、戦闘はかなり安定する。
最大の問題は、どう説得するかであるが。
『――第三者の直感で根拠はないが、お前が頼めば喜んで協力してくれそうな気がするぞ』
優太郎の感想を信じたいところであるが、男の勘は信じない。
『お前も納得できる理由を挙げるなら、勇者パーティーを壊滅させるまでの共闘を申し込めば良い』
魔法少女の殺害は俺にとって許せない悪事だが、主様にとっても無視できない損失である。
敵の敵は味方理論を持ち出して、期間限定で共闘する事は可能ではないか。こう優太郎は提案する。
「皐月達の心証がまた悪くなるな……」
『優先順位の問題だと思え。お前が生き残らないと、魔法少女と喧嘩もできないぞ』
 





