16-10 冷え込む関係
「これまで見逃してきてあげたけど、御影には疑問がある。どうして顔を見せてくれない? どうして本名を明かしてくれないの?」
背中に桂を庇い、正面からは皐月に迫られる。
魔法少女を救い続けていれば、その内こういったドツボに陥るのだろうなと想像していた。
だが、それが今日だとは思いもしなかった。
「明かさないとは言っていない。卒業式まで待って欲しい」
「……私達は本当に卒業できるのかな? そう言ってはぐらかしつつ、一方で黒幕の女と繋がりを持っている。……その女は敵なんでしょう? 酷い裏切りだし、疑われても仕方がないって御影は理解しているの?」
眉毛が厳しい角度になっている皐月の隣には、浅子が皐月に同意するかのように並んでいる。
来夏は一度裏切っていた経験があるためか、やや後方から俺達がどのような結論を下すのかを静観している。
背後の桂の様子は窺えないが、きっと無味乾燥とした瞳のまま微笑んでいるのだろうな。
「三年も前に、師匠はそいつの所為で殺されたのよ。直接手を下したかは知らないけど、間接的だったとしてそれが何? 御影はその女の罪を理解している?」
「皐月の師匠だけとは限らないだろう。きっと、三年ごとに桂さんが選定した学生が魔法使いに育っていき、生贄になっていたのだろうな」
「そこまで理解していて、どうして御影はその女を庇うッ」
俺は別に、身を挺して桂を守っている訳ではない。
ただ、皐月と桂の間に立っているだけだ。……酷い言い逃れもあったものだ。
「――魔法少女を助けたい。俺の目的はそれだけだ。だから、俺が主様の敵であるのは間違いないし、皐月の考えは全部杞憂だから安心してくれ」
「ふざけないでッ。私はその女を殺して仇討ちさせろと言っているのに、邪魔しないでよッ」
皐月はまだレベル70だから無理だろ。耐魔アイテムの防御を貫通できない。
こんな理屈で激情を冷やしてくれるのであれば楽だったのだが、目前の少女は長い髪を逆立て、奥歯を割る勢いで噛み締めている。
「スキュラと戦ったのなら気付いたでしょう! その女が人間を裏切っている所為で、魔法使いが物以下の扱いで死んでいったのよ! 同じ目に合わせてやっても気に食わない。首を掻っ切るだけでも済まされない。両目に熱した鉄心を穿つだけでも済まされない。両脚を氷付けにして砕くだけでも済まされない。化物に陵辱されるだけで済まされるはずがない!!」
皐月の言い分は尤もだと思う。
桂は主様に仕える悪い魔法少女だ。桂が主様の命令にしたがって天竜川で魔法少女を養殖しなければ、そもそも俺みたいなアサシンが魔法少女を救わなければならない事態にならなかっただろう。
だから、皐月の言い分は本当に正しいのだ。
……もし桂が人間を裏切って主様に仕えていなかったら、主様はどういった行動に出ていたのだろう。そもそも、桂も魔法少女を仕立てた被害者だったはずで、どういった理由で人間を裏切っているのか。――そんな想像が救いになるはずがない。
「……可哀想な御影様。その小娘の怒りはすべてわたくしの物。優しい御影様が見当違いな怒りに身をさらし、心を磨り減らす必要はありませんのに」
「黙れ、そこの女ッ」
「恨むべき相手の名前を知らないのは不憫ですわ。わたくしは月の魔法使い、桂と申します」
「覚えるものか! 今すぐ灰にしてやるッ!」
不味い。皐月は呪文詠唱を開始した。皐月に桂を倒せるとは思っていないが、殺傷性のある魔法を用いて敵対したという事実を作らせたくはない。
亀裂はもう埋めようがないが、敵対だけは不味いのだ。
桂の協力なしに、今後の戦いを制するのは難しい。先の戦いで死に掛けて得た確信だ。それなのに、魔法少女VS魔法少女の構図が完成してしまっては、主様にもう対抗できなくなってしまう。
何としてでも、皐月を止めなければならない。
「――業火、疾走」
呪文は火炎の竜巻を発生させる皐月の得意魔法。魔法の始点は自由に変更できるので、皐月の視界を遮ったぐらいでは止めようがない。
物理的に呪文を唱えられないように口を塞ぐしかない。
皐月に跳び掛ろうと足を踏み込むが……、失敗に終わる。
「火炎――」
「――サツキ、落ち着く」
俺が動く前に、浅子が皐月の後頭部を殴りつけて止めてくれたからだ。
不意の制止により舌を噛んでしまい、皐月の口内は悲惨な状態になっていたが、魔法が発動するよりはマシだっただろう。
「この位置だと御影も巻き込む。落ち着くべき」
「痛ぅぅっ。アンタはっ、もう少し賢い方法がなかった訳!?」
「御影を今更疑うのは良くない。疑わしくない御影は、黒くないカラスのように不自然な存在。何より、月の魔法使いの実力は不明瞭。焦り過ぎ」
姉の事以外なら冷静な判断が可能な浅子が皐月の隣にいて助かった。
「でも、御影への疑念は忘れないし、月の魔法使いも信用しない。……つまり冷戦」
浅子は冷めた視線で俺に同意を求める。
感情面で皐月に賛同しているはずなのに、ストッパー役なんて面倒を引き受けてくれる。この場はこれ以上事を荒立てないから俺の自由にしろ、という言語化されていない提案も浅子の視線からは感じられた。
「……どうしようもない兄さん」
俺は義妹に恵まれたな。
「ああッ、もうっ!」
癇癪を起さないよう必死に己を制止するため、皐月は己の髪を握っていじくっている。
「――御影ッ!」
「はいッ」
感情を飲み込んだ皐月が、ギラリと瞳を光らせながら名前を呼ぶ。
俺は、反射的に姿勢を正しながら応答する。
「実家に帰らせていただきますッ!!」
皐月の宣言は実に適切で、俺にとっては酷く痛烈だった。
戦闘前まではあんなに俺を慕っていてくれた魔法少女だったのに。今は好き好きオーラに代わって、頭部に角を生やし、そこから怒気を俺に照射している。
皐月は隣にいる浅子の手を握り込む。次に、やや遠くにいた来夏の腕を引っ張る。背中を向けた後は、一度も振り返る事なく土手の向こう側へと消えていく。
当然、俺は置き去りである。




