表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/188

16-8 収束する戦い


「すぐに治療を――」


 ウェーブがかった髪を垂らしながら俺におおい被さって、楠桂くすのきかつらは心配の表情を見せてくれた。


「ゲッケイッ、てめぇも来やがったか!」


 桂の登場に対して苦笑いで挨拶したい。が、近場には俺を負傷させた加害者が存在する。悠長ゆうちょうに回復アイテムを取り出している暇はないはずだ。

 警告を言葉にする時間もしかった。

 SIGの銃口を、大剣を振るうレオナルドに向ける。たった一発の弾で勇者を止められるとは思っていないが、俺にはこれしか手段がない。


「ご安心を。粗暴なだけの男の剣は届きませんわ」


 横に振りかぶって桂を襲うはずだった大剣は、何故か角度と距離を大きく見誤って、ただの素振りとなる。

 勇者レオナルドは手首を返してもう一度桂を狙うが、手元を誤って大剣を落としてしまった。


「クソッ、頭が痛てぇし、吐きたくて仕方がねぇッ」


 どうやら、桂が登場すると同時に行使した魔法は強力な幻惑効果があるようだ。

 勇者レオナルドは頭痛に額を歪ませて、手元は震え、足元は落ち着かない。急性アルコール中毒の二日目みたいな症状を発症している。直接的なダメージがない代わりに、重度のステータス異常をもたらせる魔法である。

 背後を通り過ぎて行く凶刃を完全に無視して、桂は『奇跡の葉』を俺の背中にあてがう。

 効果を体感するのは初めての経験だ。背中と脚がポカポカと温かい。痛覚は緩和されていき、完全に消失するまで五秒と経過しなかった。


「俺を回復してしまって良かったのですか? これでも桂さんの敵なんですよ」

「御影さんを助けるのを躊躇ためらう必要はありませんわ」


 相変わらず、桂は俺に対して激甘だ。

 脚が回復したので、立ち上がって勇者の傍から離れていく。



「逃す、ものかッ。――レペック《蔦よ》、ニラトセ《拘束せよ》、セーフ《新緑の》ッ」



 勇者レオナルドと同じようにふらついていたロバ耳女が呪文を詠唱する。

 まさかロバ耳女も魔法を使うとは思っていなかった俺は、土手の四方から伸び上がるつたへの対処が遅れた。

 術者本人と違って、蔦は幻惑効果の影響が見受けられず、急速に近づいてくる。


「――偽造、誘導、朧月夜おぼろづきよ


 とはいえ、桂が危なげなく処理してしまったので、大した危険ではなかった。俺達に巻きつくはずだった蔦は明後日の方向に去っていく。


「魔王に組する魔女めッ。何度邪魔すれば気が済むのだ!」

「顔だけが取り得の種族はお黙りなさい。わたくしの大切な人に矢を射った事を後悔してもらいます」

「そのアサシンは魔王の敵ではないのかっ!? 惚れでもしたか、魔女が暗殺者とはお似合いだ」


 荒い呼吸の所為で照準がブレていたが、弓を構えるロバ耳女は鋭い眼光を桂に向けている。

 傍目にも、桂とロバ耳女との間にある因縁の深さがうかがえる。過去に数えられる程度には戦闘を行っているのだろう。



「――ええ、わたくしは御影さん……御影様をしたっております。エルフの目であるにも関わらず、視力が良いのですね。わたくしと御影様の懇意こんいを見抜けるとは、少々驚きですわ」



 …………俺はいつ桂の好感度を獲得したっけ。

 あえて“さん”から“様”に言い換えられる程に、俺は立派な人間ではないはずだ。魔法少女を助けてきた実績が、桂にとっては様呼ばわりしてしまう程の偉業に見えてしまっているのだろうか。すべて趣味でやっている事なので、そこを称えられてもマスクの裏がかゆくなるだけだ。

 俺の傍を矢が通り過ぎて行く。命中しないと把握しているのに、ロバ耳女が嫌がらせに放ったらしい。


「禁忌の土地の人間族共めッ! 異常者共めッ! 下劣さが特徴の人間族が、禁忌の土地では醜悪さが増していて最早、思考が理解できぬ!」


 桂の魔法で酩酊めいていしているにも関わらず、素早い口調でロバ耳女は罵倒を開始する。


「魔王に同族を生贄としてさし出し続ける狂った魔女がッ」


 特別な感情は桂の表情には浮かんでいない。今更、誰かに非難されたところで心がくじけるような重さの罪ではないのだろう。


「卑怯な戦法しか取れない癖に、命を軽んじるアサシンがッ」


 俺、ロバ耳女とエンカウントしてまだ五分程度のはずだが。初対面の人間を罵れるぐらいに、ロバ耳女は偉い生物のようだ。ロバ耳の癖に。


「禁忌の土地の中だけで殺し合っていろッ。おぞましく交わりあっていろッ。我が森の種族にまで被害をもたらすな!」


 俺の人生はまだ短いが、それなりに裕福だったのだとはっきりした。

 目前にいるロバ耳女ほどに相容れない瞳をした人物と会った経験はない。生命そのものが凶悪なモンスター共と異なり、知性と良識を持つ人物に殺意を抱かれたのは今回が初めてだ。

 ステータス異常を無視できる程の敵愾心てきがいしんを放つロバ耳女を、無傷で退き帰らせるのは無理だろう。勇者共々、葬ってやるしか手段がない。

 魔法少女ではないにしろ、女を撃つのは気が滅入るが――。



「――勇者殿に、エルフに、僧侶。これだけおれば、今期の損失分の穴埋めをしても釣銭が戻ってくる。異世界こちらにやってきたのは間違いであったのう、勇者殿? 故郷でなら、最悪、この老体に敗れても経験値に成りはしなかっただろうて」



 枯れても愉快げな声が響いた方向では、背筋を丸めた醜い化物が勇者と対峙していた。

 老いた化物自体にはそれ程の脅威を感じられない。身長は低く、力強さが皆無の体をしている。

 勇者レオナルドの実力は肌身で体験しているから想像できるのだが、老人と勇者なら間違いなく勇者が優勢だ。桂の魔法で弱体化していても立ち位置は変わらない。


「オーリンだろうと俺のパーティーは倒せねえ……と言いたいところだが。オーリン、ゲッケイに続いて、ジライムまで引き連れているのかよ。流石に分が悪いな」

「三対三の公平な戦力配分にしたつもりだったがのう。老人が、未熟な若人に合わせてやらねばな」


 老いた化物の後方、流れる天竜川の水が盛り上がる。

 高さで言えばビル四階に相当。広さで言えばテニスコート二つ分に相当。

 半透明な水色の巨体をドロりと垂らしつつ、大質量の液状モンスターが川岸に立ち上がる。手足といった概念を持たない無定形のモンスターなので、立ち上がるという表現が正しいかは不明だ。

 更なる大質量モンスターの参戦。

 桂は別にしても、敵の敵が味方になってくれると思うのは間違いだろう。巨大なモンスターが周囲にいるアサシンに気を使ってくれるとも思えない。

 桂の登場で好転していた危機が、深刻さを増そうとしている。


「ジライム。命令は単純じゃ。存分に一帯を飲み干――」


「――全焼、業火、疾走、火炎竜巻ッ。全部燃やし尽くせぇッ!」

「――静寂、氷塵、八寒、絶対凍土。皐月のレベルではモンスターは倒せない……」

「――爆裂、抹消、神罰、天神雷ッ! 皐月は邪魔です!」


 突如、三重三属性の大魔法が巨大な無定形モンスターの進攻を阻んだ。

 四節の大魔法の直撃により、液体の体の半分が凍結し、残り半分は電撃に分解されて蒸気と化していく。

 天竜川から上陸していた軟体はすべて弾け跳び、巨大モンスターは参戦直後に体の一部を失う破目になってしまった。


「御影、ごめん、遅れた」


 皐月達と対戦していた僧侶タークスが、焦げた片腕をかばいつつ勇者に合流していく姿が見える。

 俺に合流してきた三人の魔法少女達の学生服は、埃に汚れているだけ。無事に勝利してくれてようで一安心だ。

 ただし、魔法少女三人が前線にやって来た事で、戦場のカオス度は更に高まってしまったが。このまま乱戦覚悟で戦いを継続する愚を犯すか、どこかの勢力が撤退してくれるのを期待するしかない。


「勇者、一時撤退しましょう。討伐不能王の勢力との正面衝突は想定外です」

「……たく、よ。禁忌の土地だからって理由ではないだろうが、そううまくはいかねえもんだよな。リリーム、帰るぞっ!」


 不確定要素がつどう戦場に呆れた勇者パーティーは、戦闘継続を断念した。

 自尊心の強そうな勇者レオナルドではなくロバ耳女が最後まで渋っていたが、桂を一瞥いちべつした後に身軽く後退していく。


「なんじゃ。この老体が重い腰を上げたと思えば、逃げていくのか」

「オーリン、てめえが動いて勝てたためしがねえんだよ。レベルが上がったら真っ先に始末してやるから、さっさと老衰していろ」

「――飛翔、帰郷、懐古光! 勇者、行きますよ!」


 集合した勇者パーティーの周囲がまばゆい光で満たされる。

 光の凝縮が限界まで高まった後、ロケット花火の如く急浮上。放物線を描いて光は高速に戦域を離れて、市外の山中へと消えていった。

勇者と言えば○ーラですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
[気になる点] 16-6でSIGを暗器で格納してますが、16-7にて矢を格納できるのはスキルの成長でしょうか? 16-8でまたSIGを出してるので空にはなってないみたいですが
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ