16-4 通学路での襲撃
通勤時間と重なっている所為で多い交通量に焦りつつ、黒バイを走らせて天竜川付近に到達する。魔法少女達がいると予想した場所までもう少しだ。
……火力重視な彼女達が戦闘していて、爆発音一つしないのは不可思議だったが。道路は自動車が行き交い、小学生が集団で登校し、パトカーのサイレン一つしない。
違和感が強まったのは、ランニングコースとなっている天竜川の土手が見える付近だった。壁がある訳でもなのに、その先には行けないという結論が思考を遮る。先を急ぎたいと思っているのに、黒バイを止めてしまう。
俺だけがおかしい訳ではないようだ。違和感は、周囲の人間全員に影響している。
遅刻気味の学生達は、最短である川沿いの通学路からUターンし、わざわざ遠回りしていく。
ゴミ袋を手に現れた主婦は、一区画先にゴミ出し場が見えているのにハトのような表情で立ち止まり続けている。
「……魔法か?」
人払いの魔法を見た経験のある人間でなければ、違和感の正体には気付けないだろう。
かく言う俺も、ただ気付けているだけで先に進めないのだが。レベルが低い所為で、高位の魔法使いが張った結界を突破できないのかもしれない。
愛車での突破は、ハンドルを握る手が緩むので無理だった。黒バイから下りて違和感に突進してみるが、脚から力が抜けて先に進めない。
道路の真ん中に路駐しておくのも難なので、黒い車体に触れてスキルを念じる。
「――『暗器』発動」
『暗器』スキルで黒バイ格納してから、違和感の境界線と向き合う。
己の意思ではなく、誰かに押してもらえれば突破可能かもしれないが、残念ながら優太郎は付近を歩いていない。使えない男だ。
「なら、これしか頼れる手段がないな。頼む――『暗躍』発動」
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“『暗躍』、闇の中で活躍するスキル。
気配を察知されないまま行動が可能。多少派手に動いても、気にされなくなる”
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『暗躍』は思っていたよりも汎用性の高いスキルだった。対人や対モンスターでのみ有効なスキルとばかり思っていたが、魔法に対しても効果を発揮したらしい。
人払いの魔法に察知されず、俺は違和感の向こう側に一歩踏み込んでいる。
たった一歩移動しただけで耳に響いてくる燃焼音。
たった一歩前まではなかったはずの、土手の上で荒れ狂う火炎の竜巻。
寒空の下では魔法戦闘の真っ最中だった。俺は間に合ったらしい。
「あの派手さは皐月の魔法か」
俺は一度深く息を吸い込んで、速度を重視していたために乱れていた呼吸を整える。心情的には皐月達の所まで走っていきたいが、餅は餅屋、アサシンにはアサシンの戦い方がある。
思考の落ち着き具合に比例させながら、己の気配も静かに遮断させていく。
魔法少女三人はパーティーとしては偏っているが、火力だけは圧倒的だ。今更俺が加わったところでオフェンスとしては機能できない。何より、魔法少女達の火力に耐える敵を、不意打ち以外で倒せる術を俺は持っていない。
「……いったい、敵は何者だ?」
俺は民家の庭に不法侵入して身を隠しながら移動する。魔法が放たれる先へと、戦場を迂回していく。
「仕事が早々に終わるってのは良いけどよ。どうにも味気ないぜ」
一ヶ月間潜み続けていた土手には地の利があった。どこで雑草が群生しているのかなどという情報は、頭上で俯瞰図として思い浮かべる事が可能だ。ギリースーツを携帯していればもっと楽に行動できたが。
俺は正体不明の敵に存在を察知される事なく、敵の背後に回り込む事に成功する。現在は、葉の大きな雑草の群に身を潜めている。
「ゴーレム呼び出した魔法使いの方が歯ごたえがあったかもしれねぇ」
視界の直線上で行われている戦闘。
俺は努めなくても冷静でいられたが、怪訝な気持ちがない訳でもなかった。
皐月達と対峙している敵は、どう見ても人間にしか見えないからである。
まぁ、ギルクのように擬態している可能性も捨て切れないし、スキュラのように死体を操っている可能性もある。主様の配下の人間が、楠桂だけとも限らない。
そもそも本当に人間だったとしても、魔法少女を襲っている時点で、奇襲するのにさして抵抗感はない。
「夜に働いて、朝も働くのはダリいが、残り全員の餌が揃っているならと思って気合を入れてみれば。弱くて残念だよなっ、タークス」
「勇者、私に話し掛ける余力があるなら、早々に始末してください。それで邪教の蔓延る異世界から帰れます」
「そうするかっ!」
敵の人数は二人。
主戦力は全身鎧の赤毛の男。身長は百八十越え。得物の大剣も相応に長く、盾に出来そうな程に刃幅が広い。得物の重量を感じさせない挙動から、接近戦で俺が勝てる見込みはないだろう。
もう一人の戦闘能力は見た目から判断できない。宗教色の強いローブを纏う長髪の男だ。先の人払いの魔法を発動させている者と推定されるが、そうだとすれば魔法が使えるという事になる。体付きだけで脅威度を測るのは危険だろう。
敵を観察して隙を探る俺は、口を開かずに素朴な感想を述べる。
こいつら、俺達と違ってオフェンスとサポートが揃うバランスの良いパーティーだよな。
「――串刺、速射、氷柱群ッ」
浅子のお得意魔法、多数の三角錐状の氷が発射された。
射線上には俺が潜む雑草地帯も含まれるが、流れ弾を恐れる必要ない。赤毛男が大剣を大きく横なぎにするだけで、ほとんどの弾が撃墜されてしまったからである。浅子は全弾発射するのではなく、射撃間隔を考えるべきであった。
「アジサイ、ムカついても一人で攻撃しないで。落花生、発動タイミングを合わせなさい!」
「言われるまでもないです!」
浅子に続いて、皐月と落花生の魔法が放たれる。高温の火球と高電圧の電撃だ。
輝く電撃の切っ先を、赤毛男は大剣の影に隠れてやり過ごす。続いて到着した火球は、剣の傾斜角を強めて地面に逸らしてしまった。
武器にも防具にもなる大剣と、大剣を容易く扱う赤毛男の筋肉は脅威的だ。単純な『力』はギルクが勝っているかもしれないが、技術と知恵は赤毛男の方が圧倒していそうな気配がする。
魔法を防御しているので、耐魔アイテムを所持している訳ではなさそうなのだが。
……ん、そうなると、こいつ等は主様の配下ではないのだろうか。
「抱いてやるにしても見えくれは悪くないが、どれも貧相だな」
「死ねッ、肩パッド!」
「……兄さんはむしろ喜んでいたけど?」
「キモイです。この男、キモイです!」
魔法少女達の罵声を気にせず、赤毛男は値踏みするために舌を這わせていく。
「三人一緒ならそれなりに楽しめるだろう。次で……死ななければ、だが」
大剣を肩に担いで攻撃態勢を整える赤毛男。
男の言い分から、魔法少女達を殺すつもりはなくても、生かすつもりはないと知れる。そもそも、生身に大剣が振り落とされて生存できる人間がいるものだろうか。
「落花生、接近戦を頼める? 四節を唱え終わるまで足止めをお願い」
「……え、あっ、調子が悪いです」
「ハ? 格闘魔法と言えば落花生でしょうが」
「今は、無理です」
「……何かあったの?」
皐月達と赤毛男達の距離はたったの三十メートル。おそらく、赤毛男にとって三十メートルは一歩の距離。
「皐月、私がやる」
接近戦を不得意とする魔法少女達にとって不利な局面だった。
それでも赤毛男に対処しようと、浅子を前にして陣形を組む魔法少女達。
そんな健気な抵抗を目撃した赤毛男は、不満げに鼻で笑い、俺は心拍数を上昇させた。
「俺の強さが分からないようだな。そんなちっこいの一人で……俺が止められるかよッ」
赤毛男の足元で、踏み込まれたアスファルトが割れていく。
今にも跳び出さんとする刹那に、俺は赤毛男の完全なる隙を発見した。茂った雑草地帯に伏せたままの体勢で、これまでずっと構えていたハンドガン、SIGの引き金を引く。
続けて放たれた三発の弾は、まっすぐに赤毛男の無駄に広い背中と後頭部へと飛んでいった。
鎧で覆われる背中はもしかすると防がれるかもしれなかったが、地毛が丸出しの後頭部に着弾すれば致命傷を負わせられる。
「――ッ! なんだ、あぶねぇな!」
金属同士が激しく衝突する甲高い音が、三つ連なって響く。
赤毛男が担いでいた大剣を無理やり背後に移動させ、銃弾すべてを広い刃幅に捉えてしまうとは思いもしなかった。
「馬鹿な卑怯者が隠れていやがったか。しかし、勇者の俺に対して奇襲し掛けてくるか、普通?」
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“『第六感』、勝利へのあくなき追求スキル。
理論的にではなく、感覚的に身に訪れる危険を察知可能なスキル。
スキル所持者の意識に関係なく、体が自動的に最善の行動を取る事が可能。
直接的な回避に繋がる行動もスキルの効果内であるが、危機に陥らないように未来予知的な行動を取るのもスキルの効果に含まれる。
敵の戦術、戦略的な行動も、なんとなくという認識で挫く事が可能である”
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「そんな馬鹿する奴がいなくなって久しいが、異世界には俺のスキルを知らねぇ馬鹿が残っていたようだな!」
背後に振り向きながら赤毛男が笑い掛けた相手は、草の合間に隠れる俺だった。
あっと言う間に赤毛男は接近して、大剣の先を俺の背中目指して振り下ろす。




