3-1(裏) 私にとってのレベリングとは、過程ではなくボス戦という結果を楽しむものです
美空皐月の日常が脅かされ始めたのは、放課後のホームルームからだった。
放課後になるまでは昨日までとまったく変わらない。たんたんとした授業と人付き合いをこなすだけの共同生活の場でしかなかった学校に、彼女の今後を変える、ある一報が届けられたらしい。
ある一報は、眼鏡をかけた女性教諭の口から聞かされた。
「お昼頃、学校に電話がありました。天竜川で人が溺れかけたそうです」
天竜川という単語に、皐月の放課後特有の弛緩した意識を締め付けられる。嘘発見機の吸盤が皐月の頭についていたなら、波形が大きく振れていただろう。
手入れの行き届いた眉の傾斜角が深まる。
「寒い季節ですが、皆さんも水辺には気を付けましょう」
過剰反応し過ぎる事はない、と皐月は己を律する。
人が天竜川で溺れた。大事ではあるものの、教諭の話はそれ以上の話題性を持たない。天竜川で人が溺れたとしても、そこに皐月の責任なんて存在しない。
「――ここからが本題なのですが、その溺れかけた人を我が校の生徒が救助したらしいのです」
地方事故が地方美談に変化する。
「電話はそのお礼でした。その生徒は溺れた人を助けた後、すぐにその場から去ってしまったそうです。見返りを求めない素晴らしい行動だとその方は褒めておられました。先生も素晴らしい行いだと思います」
美談を嘲笑するような歪んだ心を皐月は持っていない。
とはいえ、溺れた人物が助かったのであれば皐月とは完全に無関係の話題だ。心の中でのみ拍手を送り、傍目に対しては興味がない事を示すために、大事に伸ばした髪をいじり始めた。
しかし、皐月は気付いてしまう。教壇に立つ教諭の目線をたどれば、その終着点には皐月が座っているではないか。
偶然に目が合ったにしては、教諭の瞳は実に優しい。
「その生徒は髪を伸ばしていたそうです」
教諭の意図の分かりたくない言葉を耳にして、皐月の指からいじっていた髪が零れ落ちる。
「皆さんもその生徒のように、人のためになる生き方をしましょうね。でも、決して無茶はせず、溺れている人を見かけた場合は――」
美空皐月は、天竜川の中流を縄張りとする炎の魔法使い皐月その人である。
昼間の彼女は学園に通う女子学園生として平凡に暮らしている。そして夜は時々、天竜川でモンスターを狩るエキサイティングな暮らしをしている。
学園生としての皐月には、特別語るようなものはない。容姿が恵まれている割に集団に埋もれた生活を送っている。それで終わり。
レベルアップの恩恵を遠慮なく行使すれば、悪目立ちする代りに華やかな学生生活を送れるはずだ。が、彼女は充実した学生生活に興味を持てなかった。
炎の魔法使いとしての皐月は、充実した毎日を送っている。
天竜川の中流を縄張りにスポーンするモンスターを狩る生活。一歩間違えれば死んでいた場面に恵まれた危険な生活であるが、だからこその充足感が皐月の胸にはあった。
レベルアップという恩恵だけを目的にしていたなら、皐月という魔法使いは誕生しなかっただろう。
モンスターとの血湧き肉躍る戦闘行為こそが皐月の生きがいなのだ。




