16-2 マスク・ド・ハーレム
なろう運営「作者、あなたは健全ですか?」
作者「はい、健全です」
なろう運営「健全は義務です」
……なんのことか分からないと思いますが、察してください。
カラスの行水でシャワー浴び終えた俺は、脱衣所で体を乾かしている。
そんな俺を襲撃したのはメデューサ……間違えた、寝起きらしき不機嫌さを枝毛で表現している皐月だった。
皐月は上半身裸の俺の腕をひっぱって、無理やり廊下に連れ出していく。廊下と脱衣所の気温差でショック死しかねないので止めて欲しい。
「……黙ってこい」
皐月に放り込まれた部屋は、皐月の私室だった。まだ引っ越して間もないというのに、内装に個性が出始めている。
先客である浅子は床で正座させられていた――裸で出て行っていたが、今は毛布を被っている。浅子の顔には、あまり反省の色は見えない。
俺は自主的に、浅子の隣に並んで正座してみるが、皐月がカッと目を見開いて言いつけてきた。
「御影は私の隣ッ」
俺は皐月が布陣している布団へと強制移住させられた。まだベッドを購入していないので、布団は床上に直接敷いている。
「で、浅子。何度も言うけれど、御影は私の彼氏なのだけど?」
「……? そこは別に否定していない」
「いや、そうだけど……。日本に一夫多妻はないのだから、浅子は御影を諦めなさいって事よ」
「皐月は奇妙な事を言う。魔法使いである私達が、常識に囚われる必要はない」
少女二人による対話の時が開始された。
だが、当事者なのに俺は対話に割り込む勇気がない。二人が平和的な解決に至る事を期待する。
「そんな言い訳に正しさなんてないからね、浅子」
「皐月が先に行動したから、御影を独り占めするのが正しさ? 皐月が先に好きになったら、私が好きになるのが悪?」
「一般的にはそうなるわね」
「……一般人は、姉をモンスターに殺されない」
高圧的で、優位だったはずの皐月の形勢が一気に瓦解する。
浅子は端的に物事を捉える傾向がある少女であるが、それだけに言葉には不純物が含まれておらず、ひたすらに純粋だ。
「明日死ぬかもしれない私に、早い者勝ちだからという一般論で御影を諦めさせるのが、皐月の正しさ?」
「無茶言わないでよっ。言いたい事は共感できるけど、女的に、嫉妬だけはどうしようもないでしょうがっ!」
「……私が皐月に嫉妬していないと思う? 確実に、私は皐月よりも鬱屈している。御影の相手が皐月以外の人間だったら我慢できていない」
長髪をいじり続けている皐月は、下を向いて浅子の真正面を見ていない。内なる自分と戦っているらしい。
皐月が間違っているとも、浅子が間違っているとも言えない状況に歯痒くて仕方がない。俺も正しい答えを持っていない事が何よりも苦しい。
複数の人間から好意を寄せられている現状を、思考を停止して楽しめるはずがない。
例えば、立場を入れ替えてみよう。俺と付き合っている皐月に対して、優太郎も好きだと言い出したとする。そんな優太郎は惨殺したくなるし、明日死ぬかもしれないと言い訳していないでさっさと死ねと思うだろう。
一方で、本当に優太郎が死ぬ状況に追い込まれたら、俺は本気で彼を助けてしまうのだろうが。
恋の形とは地域や時代によって変わるものだというのに、どうして心がこんなに引っ張られてしまうのだろう。更に、思い人の心情まで加味しなければならないのだから面倒で仕方がない。
……まぁ、どう言いつくろっても俺の本音は一つだけだ。
「――皐月」
「御影、何?」
皐月だけではなく、浅子も見捨てられない。せっかく救った少女を他人に盗られたくないと独占欲は、俺にだってあるのだ。
「迷惑をかける。すまない」
「…………もう最低なのに、ああ、もう……」
俺の本心を聞いた皐月は、体内に溜まっていた嫉妬心を溜息と共に吐き捨てていく。
「――浅子」
「兄さん?」
「……いや。兄さんは止めてくれって。今後、運良く生き残ったとしても、日本では結婚できる相手は一人だけだ。それは皐月であって浅子ではない。それでも良いのか?」
「……? 兄妹は結婚できない」
あれだけ一般論云々言っていた癖に、何故そこだけ遵守する。
「皐月の次に、浅子が好きなのは確かだ。そんな人に優劣付けてしまう俺で良いのか?」
「問題ない。優劣は気にならない」
腹を括った俺への最後の関門は、皐月の返事のみだ。惚れた弱みにつけ込んでいるので、ただの消化試合でしかない。
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“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく”
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“ステータス詳細
●力:18 守:6 速:36
●魔:0/0
●運:10 + 300”
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相変わらず、狂ったパラメーターだ。
「好きだから、御影の好きにしたら良いじゃないっ」
了解を得たなら、残りは意思が固まっている内の実践のみだった。
布団が丁度あったので、俺は愛する二人の少女の手を引いて招き入れる。
「……あ、やっぱりキス以外は卒業してからだからな」
「ヘタレ」
「あぁ、兄さんっ」
皐月の私室は風呂場の傍に位置し、他の部屋と比べれば行き来はしやすかった。
「――聞いてしまったです。全部、盗み聞きしてしまったです……二股なんてっ!」
そして、皐月の私室は落花生の私室と隣接している。
壁はそう薄くはないが、何も入っていないクローゼットの壁に耳を押しつけてしまえば、隣室の詳細を把握できてしまうかもしれない。
太陽が昇る前の時間帯に、キッチンから取ってきたガラスコップを壁に当て、更にコップの底に耳を当てた姿勢のまま、落花生は赤面し続けている。
落花生の挙動は実に不審で、トイレに行きたいのかそわそわしている。
”アジサイばっかり、次は私とキス!”
”兄さんはもっと妹を構うべき”
「――なんて、破廉恥な人達なのです、ハァ、か。それも、三人でなんて、ハァ……ハァ」
痺れる姿勢のまま数時間を過ごした落花生は、千鳥足でベランダへと向かう。早朝の冷たい風に当たらなければ、体の火照りが冷めそうになかった。