15-3(紫) ラベンダーの技量
ラベンダーはエルフ女に苦戦し、せっかく下ってきた道を後退してしまう。
レベルの差は当然の事だが、地の利においてもラベンダーは圧倒的に不利なのだ。森の種族と称されるエルフと森林地帯で戦うのは、水棲モンスターと水中で戦うのに等しい。
森に存在するすべての自然物がエルフの武器となる。
「――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》」
何よりもラベンダーの土属性魔法は、エルフ女の植物属性魔法の餌でしかないのが致命的だった。
土の塊を支柱にして投げ飛ばしても、エルフ女に届く前に地面から伸び出る根が絡め取って無力化してしまう。
「このっ、――沈降、陥没土ッ」
「――ネイブ《蔓よ》、ダーラウグ《守れ》、トーホス《新枝の》」
地面に大穴を掘って退場させようとしても、エルフ女の足元に蔓のネットが形成されて対処されてしまう。
唯一ラベンダーが勝っているのは『呪文一節省略』スキルを使った呪文の完成速度である。が、スキルの使用によって燃費が悪化してしまうため、乱発はできない。
別ルートから他に二体の敵が迫っていると理解しているのに、ラベンダーはエルフ女に押され続ける。
そして、とうとう寂れた社が見える出発地点まで戻ってきてしまった。
「エルフ族の精霊剣士、伊達ではないようだな」
逃げるラベンダーの出迎えは、鎧を装着した赤毛の男。
「そうでなければ、異種族をわざわざ連れてきた意味がありませんよ、勇者」
小奇麗な白と青の二色のローブを着る、別の男も一人。
エルフ女も合わせて、神社周辺にラベンダーを攻めて立てる合計三名の珍妙なパーティーが出揃う。
前後を塞がれるラベンダーは切れつつある息を整える意味を含めて停止する。どう切り出したものかとやや悩んだ後、襲撃者達に問い掛ける。
「私、仮装集団に狙われる理由はないのだけどさ。アンタ達は何者?」
「ふん。俺の顔を見て、そんな問い掛けしてくる奴は久しぶりだな! 異世界の田舎者に、勇者って称号が理解できるか?」
「……マジ?」
「マギ《魔法使い》じゃねえよ、勇者だ。人類最強の男だ」
初対面から勇者と豪語する男に対するラベンダーの印象は、白けた吐息で表現される。
男がふざけて勇者と自称しているのなら笑えないが、本物だとしたらもっと笑えない。
罪のない女学生を集団で襲う奴が勇者を語る。酷く笑えない状況だ。
「襲われる理由がないのだけど……」
「魔王の経験値になるために、魔法使いに仕立て上げられた。こう言っても分からねぇよな」
「……魔王は知らないけど、自分の状況ぐらい把握している」
「おっ、なら話が早えな! 勇者は魔王の邪魔をするのがお仕事だ。だから、魔王の経験値になりそうな人間がいたなら、先に処分しておくのが当然だろう?」
勇者男の頭の中では、人命よりも自尊心の方が重いようだ。己以外の人間を格下扱いしている態度に反発して、勇者男の言葉は問答無用で否定したくなる。
しかし、人命さえ雑に扱えれば、勇者男の行動は戦略として間違ってはいない。当事者であるラベンダーが納得できるはずがないが。
「勇者を自称するなら、私に構わず魔王とやらを倒せば良い」
「まったくその通りだな。だがなぁ、残念な事にまだレベルが足りねえんだ。忌々しい討伐不能王とは何度か殺しあっているがな。本音を言えば、まだまだ道は険しい」
勇者男は肩に担いでいた大剣の切っ先をラベンダーに向けて、あまり申し訳なさそうではない口調で謝辞する。
「お前、女だろ。格好は残念だが中身は悪くない。男に見える個性も、それはそれで具合が良さそうだ。……それなのに、これから殺してしまうのは勿体ないんだが、世界のためさ――」
勇者男は地面を踏み込み、一気に距離を詰めてくる。
「死んでくれよなッ!!」
背後を盗み見れば、ラベンダーを追走していたエルフ女の魔法詠唱が完了しており、周囲の植物が蠢いていた。
逃走不能であるのなら、敵を撃滅するしか手段はない。
天竜川最弱の魔法使いが、高レベルのPKパーティーを逆襲できる手段があるかと言えば、無い訳ではない。
「――創造、構築、要塞土精ッ!」
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“●レベル:42”
“ステータス詳細
●力:13 守:26 速:22
●魔:0/126
●運:1”
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本人が非力なのなら、本人以上に強力なモンスターを作成するだけの事。
ラベンダーは残るすべての『魔』を注ぎ込んで、過去最高傑作の土属性モンスターをこの世に創造していく。
ラベンダーの佇む地面は隆起して、勇者男の大剣から上空へと逃れていった。
一撃目が避けられたぐらいで諦める勇者男ではない。
しかし、地面がそのまま巨大な手の平に変化し、ハエを叩くようにスイングする光景を目撃しては仕方がない。勇者男は無用心な追撃を控えて後退していく。
勇者男が一端退いている間にも、材料となる粘土や石材は次々とラベンダーのいる上空に吸い上げられていく。反比例的に、境内の一角は地盤を失って陥没する。それでもまだ足りないと大地は更に接収され続けて、壊れかけの石畳や神聖なる社、鳥居までもが材料となっていく。
“WAOoooooooooo――ッ!!”
そうして完成したのは、石垣を持った全長三十メートル強の巨大ゴーレムだ。
一体のモンスターと言うよりも、一つの要塞と表する方が正しい。頭部に似た指令所では、作成者たるラベンダーが勇者パーティーを見下ろしていた。
「私だってピンチには働く。さあっ、やれ、フォート・ゴーレム!」
“WAOoooooooooo――ッ!!”
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“●レベル:42”
“ステータス詳細
●力:210 守:210 速:8
●魔:42/42
●運:0”
“スキル詳細
●ゴーレム固有スキル『耐物理』
●フォート・ゴーレム固有スキル『城郭防御』
●フォート・ゴーレム固有スキル『自己修復(大地)』”
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“『耐物理』、魔法以外に対する耐性スキル。
魔法攻撃ではない場合、物理的なあらゆる作用が三割減する”
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“『城郭防御』、外装による攻撃受け流しスキル。
上限を超えるダメージが発生する場合、外装が破壊される代わりにダメージを無効化できる”
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“『自己修復(大地)』、体の自己修復スキル。
体が欠損しても、一定時間で復元していく。
大地と繋がっている限り、スキル効果は永久に持続する”
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