15-2(紫) 森で~森の種族と~出遭った~
魔法使いの戦闘服に着替え直したラベンダーは、必要最低限の物だけを掴んでテントから跳び出す。
隠れ住む社を中心とする警戒網に入り込んできた侵入者は、ラベンダーが配置していたお手製ガーゴイルを次々に破壊している。
操作を必要とせず、一定量以上の『魔』を持つ生物を襲うよう設定――知人の魔法使いは例外設定――した自律型ガーゴイル。機能的には要求を満たしており、『力』『守』『速』はラベンダー本人を上回る優秀な立哨だ。しかし、今は僅かな時間稼ぎ程度にしか役立っていない。
侵入者の反応は二体。どちらの『魔』もラベンダーが知るどのモンスターよりも大きい。
まともに戦って勝てる相手ではないので、ラベンダーに選択可能なコマンドは逃走のみだ。
===============
“●レベル:42”
“ステータス詳細
●力:13 守:26 速:22
●魔:126/126
●運:1”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率低下』
●実績達成ボーナススキル『土魔法皆伝』
●実績達成ボーナススキル『呪文一節省略』
●実績達成ボーナススキル『土属性モンスター生成』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
===============
“『土属性モンスター生成』、大地の眷属を生み出すスキル。
『魔』を消費する事で一体のモンスターを生成可能。生成されるモンスターの種類と強弱は消費する『魔』とスキル保持者の技量に依存する。
一定期間ごとに『魔』を補給しないと、生成したモンスターは消滅する。
人間が作り出したモンスターのため、倒しても経験値は得られない”
“実績達成条件。
土魔法でモンスターを精巧に模写する”
===============
山道を堂々と登っている二体から逃れるため、ラベンダーは反対方向からの下山を試みるつもりだ。道はなく、鬱蒼としている森は険しいが、天竜川最弱とはいえラベンダーも魔法使いだ。人間にとって険しい程度の道なら、レベルアップの恩恵で難なく飛び越えられる。
枝から枝へ。
幹から幹へ。
ラベンダーは木から木へと跳び乗っていく。空中を跳ぶたびに外套がはためく。
ラベンダーの格好は、他の魔法使いとはやや趣が異なった。
藍色と紫の中間色の袴は、どことなく剣道着に似ている。首筋付近に紐のある古風な外套で体は覆われており、露出は少ない。雰囲気的に、幕末で活躍した維新志士を想起してしまう。
外套の下はどうもシャツを着ているらしく、白い襟元が見えている。和洋折衷な重ね着をしているのだろうと思われるが、奇妙な統一感があり、チグハグな印象は受けない。
ただし、他の魔法使いと比べてどうにも色合いが地味で、男が着ても違和感がない服装だ。
そんな男装が、麗人のラベンダーには酷く似合っている。宝塚市で漂っていそうな中性的な雰囲気が、土の魔法使いからは醸し出ているらしい。一目見ただけでは、ラベンダーが線の細いイケメンの男なのか、それともイケメンな女なのか区別できない。
ラベンダーの花を模したイヤーホルダーが、申し訳程度に少女である事を強調していた。
「――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》ッ!」
次の着地点に足を掛けたラベンダーは、声のような音を耳にする。高速で移動しているためか、そもそも日本語ではない所為かは分からないが、内容は理解できない。
しかし、ラベンダーはその音が呪文の詠唱であると直感的に断定し、即座に防御魔法を展開した。
「――ッ、堆積、土層球!」
植物とは動かないから、動物ではない。だから、鞭のようにしなる枝が周囲の木から伸びるのは、現実を無視できる魔法による現象だ。ラベンダーの動きを封じるために、複数本の枝や蔦が絡み付いてくる。
植物に巻きつかれて、鳥の巣に成り掛けるラベンダー。が、ギリギリのところで少女の全身を包むように土が地面から舞い上がる。
土は球状に形成されていき、貝の殻のようにラベンダーの体を植物から守る。
「二節でギリギリ間に合った、か?」
植物の強襲に対して、ラベンダーの魔法は完全な後出しであった。本来であれば防御が間に合うはずはないが、彼女はこうして無事である。
他の魔法使いにはマネできない、ラベンダーの持つスキルに助けられた結果である。
===============
“『呪文一節省略』、魔法に関する理解と最適化のスキル。
『魔』を通常の一.五倍消費する代わりに、呪文を一節省いて魔法を完成できる。
“実績達成条件。
魔法の深い理解と研究が伴う事”
===============
球状の土壁をシェルターにして、ラベンダーは一息付く。
……外壁が軋む嫌な音が聞こえたため、吐く息はいつの間にか溜息に変わってしまったが。
ラベンダーを守る土壁にヒビが入り、月夜の淡い光が内部に差し込む。開いた穴からは枝が入り込んでくる。防御魔法が崩壊し掛けている明白な証拠だ。
想像すれば原因の特定は簡単だった。
植物属性の魔法に対して土属性は圧倒的に不利だったため、力で押し切られているだけだ。火は水で消え、水は土に消え、土からは植物が育つ。
「人の魔法から養分を吸うなんて……、面倒なっ」
ラベンダーは壊れかけの防御魔法を自ら破壊する。破壊の余波で周囲の枝を弾き飛ばして、どうにか脱出に成功した。
植物魔法の出所を探すラベンダーは、三十メートル程先で、古樹に寄り添う女の姿を確認する。
「……耳の長い? でも、何て綺麗な」
美人の域にあるはずのラベンダーが、思わず綺麗という単語を口から漏らす。己を襲う憎らしい敵だったが、不覚にも素直な感想が零れ落ちてしまった。
月明かりさえもその女の美に注視したため、電灯のない手付かずの森でも女の容姿がはっきりと覗える。
「――人間族の魔法使い。不満はあるだろうが、物言えぬ躯となり、この森で朽ちるが良い」
満月に照らされる流水のように煌いたのは長髪。
磨かれた玉のように曇り一つないのは白い肌。
二重で、強い瞳を中心に、黄金比から割り出されたかのような顔の造形。
「種族のためであるが、それがお前にとってもためになる。魔王の贄となるよりも有望な終わり方であろう?」
顔の両側から髪を掻き分けて飛び出た、まるでロバのような長い耳も、女にとってはチャームポイントでしかない。
サブカルチャーに疎いラベンダーでも、女の種族は推察できた。大長編のファンタジー映画で登場していた俳優が、女の格好で演技をしていたので覚えている。
「……え、えーえぇっと?」
見惚れる目と、無意味に瞬く瞼を戒めて、ラベンダーは女の正体を言い当てる。
「エ エルフ、なのか??」
「痴れ、異世界の人間族。我が森の種族を呼ぶ際は、最大の尊重を伴わせよ」
エルフ女は、現実世界に緊張している様子はない。
一方で、ファンタジー種族の実在にラベンダー戸惑っていた。魔法使いの彼女が言うのも難があるが、エルフが日本の地方都市にいて良いはずがない。仮にそれが許されたとしても、ラベンダーを襲ってくる理由が解せないのだ。
疑問は多いが、とりあえず詠唱に入ろうとしているエルフ女を呼び止める。
「ちょっと待ってよ」
「その必要はないな」
待ったの声はエルフ女に一蹴されて、ラベンダーは理不尽に耐えるように閉口してしまった。
状況に流されていると分かっていながらも、ラベンダーは生き延びるために戦うしかない。
===============
“●レベル:91”
“ステータス詳細
●力:232 守:45 速:46
●魔:222/228
●運:18”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●精霊剣士固有スキル『力・魔・良成長』
●精霊剣士固有スキル『刃物の扱い』
●精霊剣士固有スキル『三節呪文』
●精霊剣士固有スキル『精霊の加護』
●実績達成ボーナススキル『不老』
●実績達成ボーナススキル『美しいは正義』
●実績達成ボーナススキル『森林博愛』”
“職業詳細
●精霊剣士(Aランク)”
===============
 





