15-1(紫) 今あの少女は……
15章は全編紫です。
そこは山奥にある、小さな神社だった。境内には落ち葉と枯れ枝が散乱、堆積し、手入れが行われなくなって久しいと知れる。
色の落ちた鳥居はささくれだらけで、折れていないだけマシと言える。
雨漏りしていそうな小さな社は、年季が入り過ぎていて何が祀られているのか定かではない。耐震基準法に抵触している事は間違いないが、神様しか住んでいない家屋を耐震補強する信徒はいない。忘れ去られた神の住みかだ。
無人である事が正しいはずの神社。
であるが、最近になって社の裏側に隠れるようにテントが張られている。不届きな人物が神社に居候していそうな生活感があった。
まだまだ寒い三月下旬に、山でアウトドアとはある意味根性のある不届き者だが、彼女とて、好き好んで山に隠れ住んでいた訳ではない。単純に、学生故の資金力の無さから、仕方なく神社に隠れ住んでいるのだ。
「今夜はカップ麺が良いかな。カップ麺も最近は高いからね。そうだ、お湯沸かさないと」
アウトドア生活を続けていても、きっちりと整えたウルフヘア。
ボーイッシュな印象が強く、アスリートかボーカリストのどちらかに従事しているのがお似合いの彼女こそが、最後の魔法使い、ラベンダーだった。
ラベンダーは天竜川の黒幕の魔手から逃れるため、友人にも家族にも、同業の魔法使いにも居場所を告げずに神社に隠れ住んでいたのだ。
カラオケボックスで皐月から警告があった当日に家を出て、そろそろ一週間。『守』のお陰で耐久力が上がっているから……ではなく、ラベンダー自身がテント生活に憧れているから続けられている生活なのだろう。
「……星が綺麗。見飽きたけど」
魔法使いの中で一番の怠け者であるラベンダーでも、何もしない一週間に飽きてきている。携帯機器はソーラー発電で賄っているが、山中には電波が届かないので広域ネットワークには繋がらない。
スタンドアローンな生活には鮮度がない。若人にとって新しい事は正義なので、十数年まではどうの、温故知新がどうのといった嗜めはラベンダーに通じないだろう。
「卒業式が過ぎたら、どうしようか。来夏はドジだから、敵に捕まっていないと良いけど。私の力で助けられないのだからさ」
女学生が長く家を留守にしても捜索願が出されない理由は、ラベンダーが都合の良い魔法を使っているからである。
ラベンダーが得意とする魔法は土属性。
「暇だね」
カラオケボックスで見せた自律する土人形を人間大の大きさで構築し、家族でも偽者と見破らせないように振舞わせるぐらいの妙技、ラベンダーであれば可能だ。火力脳の天竜川の魔法使いの中では、唯一ラベンダーにしかできないが。
「……暇だけど、本当にずっと暇なら良かったのにさ」
ラベンダーはテントから上半身のみ這い出た格好で、地面に描かれた碁盤の目を見下ろして呟く。
碁盤は社を中心とする、一区画が百メートルの警戒網を図化したものだ。
碁盤であれば駒がいるはずだが、外周を守る土人形は粉々に崩れてしまっていた。
土の臭いが充満する、手付かずの森。
季節的に虫の鳴き声のない、静かな夜の森。
そんな無人、無音が尊ばれるはずの森で、異形の怪物、ガーゴイルの羽ばたく音が木霊する。
土壌に含まれる金属をかき集めて精製されたメタリックカラーのガーゴイル。金属の鉤爪が、縄張りに侵入してきた敵を切り裂かんと振りかぶられる。
生物的な思考を持たず、人工モンスター特有の冷たいプログラムに狂いはない。
が、しかし……ガーゴイルの片腕は、タイミングを合わせて突き上げられた大剣に両断されてしまった。大剣は重量を感じさせずに軌道を変えて、ガーゴイルの胴体も上下に切り下ろす。
金属製の体がバターのように滑らかに別れを告げて、上半身が先に地面に転げ落ちてしまった。
「――たわいもないが、ここで当たりのようだな」
大剣でガーゴイルを屠った男は、戦果を誇りもしない。切り捨てられてもまだ稼動するガーゴイルの頭部に剣先を下ろして、ふん、と鼻を笑うだけだ。
ガーゴイルが完全に停止したところで、別の男が大剣の男へと近づく。
「高レベルの魔法使いらしき『魔』の反応は四つ。その中でも、まともに気配を消している者から優先して排除する策は正解でした。ガーゴイルを使役できる程の術者を、後に残しておくのは得策ではありませんから」
「ふん。技術ばかりが先行して中身が無さ過ぎる。俺の敵ではない」
大剣の男は、フルプレートアーマーをガチャガチャと鳴らしながら、第二の男へと振り返った。
大剣の男の肉体は、日本人離れした体格と戦場で鍛え上げた筋肉で構成されている。総重量が四十キロになる鎧をただの厚着と誤解させてしまう程の威圧感を外界に向けて無意識に放っている。米国陸軍の特殊部隊にでも所属していそうな男であるが、おそらく、男は単独で特殊部隊と戦えるだけの戦闘力を有しているだろう。
日本人離れと言えば、容姿についても当てはまる。男の髪と目は赤い。頭蓋骨の形もモンゴロイドとは異なる。
ただしDNAが人種的な相違で収まるのであれば、それはそれで不気味である。
何せ、男は地球出身の人間族ではない。惑星どころか、次元レベルで男は別種の人類だ。
「討伐不能の魔王。お前の好きにはさせるかよ」
天竜川の黒幕、主様一派と同じく、大剣の男は異世界から日本に渡ってきた外来種だった。
「俺は勇者なのだからな」
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“●レベル:102”
“ステータス詳細
●力:502 守:485 速:98
●魔:202/202
●運:104”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●勇者固有スキル『全・良成長』
●勇者固有スキル『強い者いじめ』
●勇者固有スキル『強靭なる肉体』
●勇者固有スキル『蛮勇』
●勇者固有スキル『第六感』
●実績達成ボーナススキル『自然治癒力上昇(強)』
●実績達成ボーナススキル『色を好む』”
“職業詳細
●勇者(Sランク)”
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勇者を自称する大剣の男は得物を担いでから、山の頂上にある寂れた神社を目指して進軍する。
「勇者自ら、炙り出し役を引き受けなくても良かったのでは?」
「隠れている敵を神経質になって探すなど、性に合わん。暴れる方が安らぐ」
勇者の背後に現れた第二の男も、当然のように付いていく。電車ごっこのように勇者の後ろを歩き、テンプレート的な僧侶の格好をしているのだから、この男は僧侶で間違いないだろう。
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“●レベル:89”
“ステータス詳細
●力:29 守:62 速:15
●魔:270/270
●運:13”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●僧侶固有スキル『魔・良成長』
●僧侶固有スキル『魔消費量減』
●僧侶固有スキル『三節呪文』
●僧侶固有スキル『信仰』
●実績達成ボーナススキル『勤勉』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
“職業詳細
●僧侶(Aランク)”
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「隠れた魔法使いを探すのはアイツに任せておけば良い。アイツは耳が可愛らしいし、何より見てくれが最高だ」
「あのような亜人種にまで手を出されるおつもりですか。勇者に逆らえる人間族はおりませんが、ほどほどにお願いします」
「いいや。アイツは近いうちに俺の物にしてくれる。そのために、パーティーに選んだようなものだからな!」




