14-2 三回目の考察は学生食堂で始まる
「――で、また魔法少女の話なんだろ」
「そうだけどさ。さっそく本題とは、優太郎はせっかちだな」
「お前が話す話題はそれしかないだろ」
先週はあまり来られなかった大学食堂で、俺は久しぶりに和風ステーキ定食を食す。紙屋優太郎はいつも焼肉定食ばかりだが、栄養は偏らないのだろうか。
「そうか? 学生らしく、期末テストの話かもしれないだろ」
「なら聞いてやろう。今期の成果は?」
「可は多いだろうけど、不可はギリギリない」
「……発展性に欠いた話題だ」
優太郎も俺と似たり寄ったりの成績のはずだ。鼻で笑われる筋合いはない。
大学生にとって単位とは金より重いが、話題としても重かったので、結局、会話内容は魔法少女関連になる。
「二人も魔法少女を囲って、買ったマンションでハーレム暮らしか。良い身分だな」
正確には三人だが、優太郎が以前のようにバグっても困るので黙っておこう。
「残り何人助ければ、お前の仕事は済むんだ?」
「一人……か、二人。一人は会った事がないし、もう一人は助かる事を否定している」
「半分救助したのに、まだまだ多難だな。敵の残存戦力は?」
「半減はできたと思う。ただ、主様を倒さない限り、どれだけ削っても意味はないかもしれない」
「本当に多難だな。折り返し地点からがロッククライミングになっているフルマラソンみたいだ」
どちらかと言うと、折り返し地点が地獄に通じる火口になっている所為で、マグマダイブを迫られている状況だが。
会話しながらも昼食を食べ終える。トレーを返却するついでに入手したコーヒーを俺は啜る。季節は卒業間近なのに、まだまだ寒い。
「主様に関する情報が足りない。今分かっている事は、異世界の魔王を営んでいる事。勇者でも倒すのを諦めて、討伐不能王と称し敬遠されているらしい」
「……曖昧過ぎて感想も浮かばない」
「魔王というぐらいだ。闇のカーテンで守られているのか、心臓が本体から切り離されて宇宙空間を漂っているのか。ともかく、主様の能力を調査しない事には対策の立てようがない」
「情報を入手できる手立てはあるのか?」
「知っている魔法少女を知っている。ただ、助け出さないと教えてくれないと思うから、まず順番を守らないと駄目だね」
RPGゲームのフラグ立てかよ、と優太郎は言葉を残して席を立つ。優太郎もコーヒーの補給に向かった。
「現状は脇に置いといて、ステータスについて優太郎の感想を貰いたい」
「己を知ればを欠かさないのは良いが、食堂で話す内容じゃないだろ」
「今日の講義は夕方まであるし、夜は皐月達が待っているから今しかない」
ぞんざいな態度を見せていると女に足元を掬われる。こう優太郎は忠告する。
お昼時の学生食堂は学生でごった返しており、やかましい。木を隠すには森の中と言われるので大丈夫だと思うが、優太郎の言う通りステータス情報の機密性は高い。
一応用心のために、野郎二人は空き教室を探して校内を移動する。
「さて、感想を聞こうか」
手頃な空き教室を発見した俺達は、密室化した教室内で最新ステータスについて語り合う。
「レベルとパラメーターについては特別な感想はないな。大した成長はしていないのに、ボスを順調に撃破できている事は賞賛するが」
「スキュラについては、ギルクよりも相性が良かったと思うよ。今後もそうだとは思わないけど」
「レベル71以上の魔法少女が何人かいる現状なら、彼女達にダメージソースになってもらって、お前は完全に補助に回る戦術もありだろう。レベルはあって困るものじゃないが、もう必要条件ではない」
昼一の期末テストで脳を回転させるために、優太郎はチョコバーをかじりつつ感想を述べる。ちなみに、先日贈与したマカデミアナッツはすべて食したと報告を受けている。
「問題は、今後のボス戦の要であるスキルの方だろうが……。何でお前のスキル一覧は三日置きに更新されているんだ?」
「それだけ人生が充実しているって証明さ」
===============
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』(New)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』(New)
●スキュラ固有スキル『耐毒』(New)”
===============
一時限目に渡してあった手書きのステータス表を取り出し、優太郎は指でなぞりながらスキルを数えている。
十五のスキルは俺の来歴に近い。アルバイトの履歴書を読まれているようで少々恥ずかしい。
「とりあえず、『暗澹』スキルについてだが、説明文だけでは理解し辛い。実際に見せてくれないか?」
===============
“『暗澹』、光も希望もない闇を発生させるスキル。
スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。
空間内の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。
空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。
スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。
何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”
“実績達成条件。
アサシン職をBランクまで慣らす”
===============
「了解。怖くてもパニックになるなよ。――『暗澹』発動」
優太郎に請われた俺は、教室の中心まで移動してから『暗澹』スキルを発動させる。
俺を中心に、真っ暗な帳のような靄が教室を満たしていく。ドライアイスから溶けていく二酸化炭素の靄に似ているが、触れても冷たくはないし、大量に吸い込んでも中毒は起さない。
ただし、言い知れぬ不安感は強い。プランクトンという無数の屍骸が堆積している海底の泥に被われている。そんな不快感が精神を圧迫する。
「……人間ブラックライト、または一人お化け屋敷と言うべきか。――っ痛て、足元の机も見えないな」
近場にいるはずの優太郎の声が、小さく耳に届く。講堂のホールの端から発せられたかのようだ。
日中だというのに視界は深夜のように暗いため、優太郎は歩くたびに机や椅子にひっかかっているようだ。俺は『暗視』スキルを所持しているため、視界について制約はない。
「深夜の海に落ちた人間は上下感覚を失って溺れると聞くが、光も音もない場所ってのは恐ろしいな。距離感も現在位置もまったく分からない。狭い教室にいたはずなのに、壁にも到着できないぞ」
「『暗視』スキル持ち以外には厳しい空間だろうね」
「何か言ったか? 遠くて聞こえねぇー」
優太郎が漂流教室しても困るので一分の時間制限が来る前にスキルを解除した。
帳は天井に吸い上げられていき、教室は平穏を取り戻す。
「実感した。お前のスキルにしては珍しく、現実世界に影響がある。効果もえげつない」
「ふむ。思っていた以上に好評価だね」
「お前がアサシンだと認識させてくれるスキルだ。闇討ちの卑怯技を、環境に依存する事なく故意に発生させられるなんて、これまでになく凶悪な効果だろ。しかも『守』と『運』に対するデバフが、一撃必殺を推奨したものとしか思えない」
『暗器』以外は不満しかなかった職業スキルが、Bランクになってようやく実用的になってきたという事だろう。
優太郎の評価は嬉しいが、まあ、欠点がない訳でもない。
「展開できる距離は半径五メートル。……俺はモンスターと戦った事がないから分からないが、短くないか?」
「優太郎の想像通り、果てしなく短い」
五メートルと言えば、本気のギルクならクロスレンジ。スキュラなら死体を伸ばせばミドルレンジ。
一撃死が伴う接近戦が必須のスキルなど、普通に考えれば残機がいくらあっても足りない。
「距離そのものは工夫次第だ。大した欠点じゃない」
「ならこのスキル、不意を付いた敵に最大火力をぶつけるのが正しい使用法だと思うのだが、お前の現在の最大火力は?」
「SIGが残り六発かな。『守』が半減していても、たぶんボスは倒せない」
「魔法少女と連携した場合、彼女達もスキルのデバフを?」
「受ける。そもそも、魔法少女の一撃死のキルゾーンに迎え入れるつもりはない」
俺は最近、アサシン職の欠点に気付きつつあるのだが、この職業ぼっち前提が過ぎないだろうか。
「……アサシンによる主様打倒の道は遠いな」




