2-5 魔法少女のあまりにも実利優先な誕生秘話
「ギルク。我慢するつもりがあるなら、狩場を乱すな。それぐらいにしておけ」
男達は魔法少女達を狩ると口走った。
彼等の口調には強敵と戦う緊張感は一切なく、適度に肥えた家畜を屠殺するかのような気軽さがある。ギルクに至っては婦女暴行をほのめかす発言さえ喚いている。
日ごろ、魔法少女達は未確認生物をただの経験値、レベルアップの糧として扱っている。
だが今宵から彼女達と未確認生物の立場は入れ替わり、魔法少女達は背後の集団の生贄と成り果ててしまう。
いや、実際には、魔法少女は無垢な希望から誕生した善なる存在だった例はない。未確認生物という餌を与えられて蓄養される哀れな存在が、魔法少女の本性だったのだ。背後から聞こえる話を統合すれば、そう予想がついてしまった。
「今回の異世界遠征で、我はレベル150を目標とする。我以外もレベルを80以上まで上昇させよ。レベルアップ源は育成に時間がかかる。一度殺したぐらいで死体を壊すな。魔法で心臓を無理やり動かせ、可能な限りの経験値を貪れ」
敵を殺す事が経験値を得る条件ではなく、心臓を止めただけでも経験値は入手できる。
だから心臓を止めても良い。
四肢をもいでも良い。
暇つぶしか、悪趣味な冗談で孕ませたとしても問題はない。
だが、心臓だけは復活させ再利用を繰り返せ。こう男は注意を促した。
魔法やレベルアップといった非現実的現象を忘れさせる程の、効率性を重視しただけのロジカルな真相が背後で暴露されている。非論理的な存在共が、経験値効率という論理的な思考を働かせている現実には、不謹慎にも笑いが口から噴き出しそうになった。
「魔法使いからの反撃は考慮する必要はない。我が呪具はレベル70以下の生物が扱う魔法を完全に無効化する。我らの世界の忌まわしい勇者共には効果のない駄作であるが、この異世界の魔法使い相手であれば有効だ」
魔法少女は既に詰まされている。
彼女達では背後の男達には敵わない。このままでは数日中に彼女達は殺される。経験値が枯れるまで殺され続ける。
俺は、出遭った頃から魔法少女の存在を不気味に思っていた。アニメの世界でなら許されるのだろうが、可憐な少女が悪と戦うなんて夢物語が現代社会で成り立つなど違和感しかない。
具体的な悪意が魔法少女の背後に潜んでいる、こう予想していた訳ではない。
だが、魔法少女の実在によって利益を得る存在が背後にいるとは仮定していた。十八歳の新大学生でもマルチ商法や悪徳宗教の上質なカモになる。高校生ぐらいの少女達だ、悪意によって騙されていたとしても仕方はない。こう状況を楽観していた。
だから俺が微力でも助けになればと思い、行動した。最終的には世間に暴露するという奥の手がある、だから俺でも助力できると勘違いしていたのだ。
「ゲッケイも少しはレベルを上げておけ。お前は今後も異世界で働き続けてもらう」
「わたくしは考慮の足りない女学生を選出し、イレギュラーを取り除き、情報の流出を防いだだけです。今のレベルでも支障はありません」
命がどうの、生贄がどうの、そういった血腥い出来事に己の意思でチョッカイを出していたなんて、俺はなんて愚かな人間だったのだろうか。
「同じ境遇だった者に直接手を下すのは心が痛むか。……今更だ。レベルを上げろ」
うつ伏せたままの体勢で、背筋に力を込めていく。
あの命の恩人である紅袴の魔法少女が殺されてしまう。彼女の方は俺の事など覚えてはいないだろうが、見殺しにするなんてできっこない。
だから彼女が殺される前に……いや、今この瞬間に動かなければならない。
背後に敵が何人存在するのかは分からないが、首魁と思しき男の位置は声を何度も聞く事で大方把握できている。砂浜で行うフラグダッシュの要領でうつ伏せ状態から立ち上がり、男に近づいてから心臓を突き刺してしまえば、案外楽に決着が付いてしまうのではなかろうか。
幸運にも条件は揃っていた。運5は伊達ではない。
一つ、レベルが150近くもある敵に声が届く範囲まで接近できる機会は、今日を逃せばもう訪れないだろう。
一つ、俺には『暗器』のスキルがある。先日、オークに止めを刺した三又の槍を回収し、今はスキルで隠している。男に接近してから突然槍を出現させれば、避けられる可能性は低い。レベル1の俺にだってヒットマンの真似事はできるはずだ。
一つ、夜天さえも俺を応援し、黒い雲が満月を覆って照度が極限まで低下した。
「――ッ」
さあ、やれ俺。魔法少女を守れる人間は俺しかいない。
「ギルクには好きな相手を選ばしてやる。誰が良い?」
「さっき見た髪の長い、赤い女が良い。体にも心にも芯があって、美味そうだ」
「気性が激しい癖に、相変わらず趣味が良い。……では、ゲッケイ、準備は任せる。全員、それまで獲物に逃げられるような目立つ行動は慎め」
男達の気配が遠ざかっていく。
宴会を楽しみにしているような弛緩した気配は暗殺の好機だった。千載一遇だった。
「――――なのにどうして、動けないんだよ。俺」
情けない独白が口から洩れたのは、背後から男達が去って数時間後。
もう夜が終わり、太陽が天竜川の遠くから昇り始めていた。




