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ep 1 : くるった日常 ⇔ Usual day run idle

 今この瞬間にあなたが無常の喜びを感じていないとしたら、

 理由は一つしかない。

 自分が持っていないもののことを考えているからだ。

 喜びを感じられるものは、全てあなたの手の中にあるというのに。


                                  Anthony de Mello







  突き抜けるような青空の下、白いビルが聳え立つ。

 それは駅ビル。大地との接点から、蜘蛛の巣状に伸びるのは線路だ。

 その内の一つ。北側の二階の入り口。そこには、城阪駅北口の青い文字がある。

 月曜日の午後三時半。客は疎ら。五つの改札口も、その三つ程は使われていない。

 田舎と都市、過疎地と過密地の中間に位置する城阪市では、これは日常の光景。

 だが、政令指定都市に住んでいた少年にとって、これは初めての経験だった。


「うわー、人、少ねー」


 呟き、辺りを見渡す。

 買い物袋をもった主婦に、地元の人間であろう老婆。スーツ姿のサラリーマンは二人程で、少年と同い年の人間はいない。まだ、学校が終わっていないからだろう。

 かくいう少年は、学校をサボっている訳ではない。この城阪市にある高校への転校が決まり、その為に引越しに来たのだ。

 手に持つボストンバックをアスファルトの上に置き、軽く息を吐く。


「あー、疲れた。てか、あちぃ」


 燦燦と照りつける太陽に、抗議の視線を送った。

 もちろん、太陽からの返答はない。それにそもそも、今日はこの一週間で一番気温が低い日だ。周りを歩く人々の中には、誰も不平をいう者など存在しない。

 日光は原因ではない。因子は少年自身。より正確にいうならば、彼の格好だ。

 黒いインナーに黒のジャケット。ジーンズは辛うじて灰色だが、ソックスはやはり黒。熱を纏う色を身に着けているのだから、暑いのは仕方が無いといえるだろう。ぶっちゃけ、キチガイに見える。

 あつい、ともう一度呟き、ジャケットを脱ぐ。だがしかしそれでも、少年の体から汗は消えない。どころか、滝の様に流れ落ちている。

 早く屋内に入りたい、と嘆き、携帯を取り出した。表示される時刻は、まだ約束の一時間前。


「…………ああ、クソ。牧姉のバイクになんか乗せてもらうんじゃなかった」


 電車で行く筈だった行程を、時速二百キロ近いバイクで踏破したのだ。元々早めに出発したから、一時間も暇が出来てしまった。

 溜息。視線は日陰を求め、見つかったベンチへと足を運ぶ。

 上には樹木。生い茂る葉は日光を遮っており、丁度いい影を形成している。

 一先ずの休憩。両腕をベンチの背凭れに預け、首を傾げ視界は空へ。

 澄み渡る空。少年が住んでいた街では、滅多に視る事が出来ない風景。

 それが、僅かに、少年の、奥底を刺激した。


「――――――――ッ」


 舌打ち。

 頭を振り、気を紛らわそうと、携帯を開き、一つのメールを見る。


『やっほー、久しぶりー。さてさて、いきなりですが、入院生活でもんもんとしている文也の為に、この麗しいナズナちゃんから重大かつハッピーなお知らせがあります! 心して聞くように。なんと、この度――――』


 そこまで読んで携帯を閉じた。

 この先の内容はもう一語一句残らず全て覚えている。長々と書かれている事を要約すれば、身寄りが無くなったあんたを、私の両親が引き取る事になった、だ。

 異常にハイテンションな幼馴染と、その正逆に位置する大人しい夫婦を思い出し、文也は思わず苦笑。病院で十年ぶりにあった時に、ここまで変わってないか、と驚いたものだ。

 腕を真上に。伸びをして筋肉を解し、いつもの癖で首を回すと快音が。

 その音が心地よく、もう一度首を回そうとして、


「ふ、み、や――――!!」


 文也は自らの名を呼ぶ声を聞いた。

 首が中途半端な位置で止まり、擦れる様な嫌な音が。その不快感に眉を潜めつつも、声がした方向に視線を送る。

 人通りの少ない道を走って向かってくるのは、小柄な少女。軽いウェーブの掛かった茶髪に同じく茶色の大きな瞳は、文也の知るものだ。小さな唇が息を吐き、白い肌が見える脚を動かしベンチに。文也の前で止まり、軽く息を吐いた後、


「いやー、久しぶりっ! おはようっ、てかこんにちは? いやはやまさか、こんな早くから来てるとは思わなかったよ、驚いたよ、ビックリだよ! ――――って、あ。もしかして、もしかして、もしかするのかな? この可愛くてキュートで愛らしいナズナちゃんに、一刻も早く会いたかったのかな? うん?」


 ナズナは歓喜と狂喜が3:7の割合で含有された顔を文也に近づけた。

 右手を前に突き出す事でそれを停止させ、顰め面で文也は口を開く。


「五月蝿いから黙れ。そんな事は万に一つもありえねえ。てか、頭大丈夫か、お前? 前にも増して酷くなってねえか? 先天的な白痴だけじゃなくて、痴呆も混ざってんだろう、それ」

「うわっ、ひどっ! 久しぶりの幼馴染に酷いんだよ、冷たいんだよ、ビークールなんだよ。それとそれと、白痴は差別用語だし、先天的でしか在り得ないよ?」

「………………やべ、ナズナに間違い指摘された。――――よし、死のう」

「あわわわわわわわ、訳分かんないよ、理解不能だよ、てか本気だよっ!? ストップ、ストップ、ストーーーップ!」


 両手を振り上げ取り乱すナズナに、文也は苦笑。蒼ざめた表情を浮かべ暴れるナズナを、ゆっくりと落ち着かせる。そのまま見ているのも面白そうだったが、周りの視線が痛すぎた。ひそひそと内緒話を始めた奥様達の目線が自分達に注がれているのを、ビンビンと感じる。

 あれ、もしかして引越し初日から町内の有名人ですか? などと内心でふざけてみるが、視線は一向に変わらず、溜息。こうなったら無視してやる、と心に決めた。


「はぁー、びっくりしたー」


 胸に手を当て呼吸を整えるナズナ。その掌の下、紺のネクタイに目を止め、そこでようやく文也が一つの事に気づく。


「あれ? お前、学校は?」


 文也の記憶によると、七時限目が終わるのは四時だった筈だが。


「――――ゲ。いやいやいやいや、大丈夫ですよ? 別に少しサボっただけですからね?」


 言って顔を背けるナズナ。

 彼女は制服を着ている。一度は学校に行ったのだろう。そう言えば、駅が見える位置にある高校だと聞いていた。

 挙動不審なナズナを見、文也は小さく嘆息する。

 ああ、気を使わせてるな、と。

 ならば、下手な事は言わない方がいいだろう。

 思い、話題を変える。


「ああ、分かった、分かったよ。――――で、これからどうする? こんな時間じゃ、秋絵さん達、まだ会社だろ?」


 確か彼女の両親は共働きだった筈だ、と文也は記憶を探った。

 あー、どうしよう、と呟き、ナズナは頬を掻く。思案顔で悩むその表情は、文也にとって、どこか懐かしいものだった。


「あっ、そうだ、そっか。……文也ってこの街初めてなんだよねー? だったら案内でもしよっか?」

「そうだな。頼むわ。――――それから、ナズナ」


 返事を聞き、北東へ歩き始めたナズナを引き止める。

 ベンチの上に置いたボストンバックを肩に担ぎ、ん? とこちらを振り返る彼女に、文也は笑みを返し、


「ありがとう。これからもよろしくな」


 心からの感謝を込めて、言葉を紡いだ。

 それは予想外だったのか、ナズナは僅かに頬を染め、


「こちらこそ、よろしくー」


 文也の記憶にあるままの笑顔でにっこり、と返答した。


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