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ひっそり書いた赤巻たると短編集

妖狐とチェスと踵落とし

作者: 赤巻たると
掲載日:2013/03/04

 


 どうしてこんなことをしなきゃいけないんだろう。

 目の前の盤面を見て、俺はずっとそう思っていた。


「こら! もっと集中するのじゃ! 母上に言いつけるぞ! 母上はものすごく怖いのじゃぞ!」

「……はぁ」


 肩骨が砕けて傭兵稼業を卒業して五年。

 俺は自分のやりたいことを、本当にできているんだろうか。

 どうして獣人国で側近なんてやってるんだろう。

 目の前の小娘はひたすらうるさいし。


 この狐幼女、これで俺の数十倍生きているらしい。

 信じたくないぞ。

 年の功はどこへ行った。

 長年の知識の蓄積をどこにおいてきた。


 いずれ国を継いで、人の国に害をなすであろう小娘。

 そんな奴に人間の俺が手を貸してるんだから滑稽だ。

 まあいい、給料はもらってるんだ。

 文句は言うまい。


 俺は模擬戦争盤である『ちぇす・えくすとら・ぶい』という古代玩具に向き合った。

 生まれたての幼子から熟練の軍師まで。

 策士や軍師としての能力を培うために、数百年前に開発された発明品だ。

 無論、俺もやったことがある。


 と言うより、傭兵団においては後衛を任されていたから、この盤に基づいた戦略をよく立てたものだ。

 だから、こうやって数手放置していたとしても、簡単に戦局をひっくり返すことができる。


「ちぇっく、なのじゃ!」

「甘いな。ちぇっく返し」

「な、なんじゃとぉ! 余はちゃんと気をつけていたはずじゃぞ! 『どらぐぅん』が一体、どこにいたのじゃ!」

「俺の肘の下。隠してたから見えなかったんだろ」

「な、何て卑怯な真似をするのじゃ!」


 いやいや、戦争に卑怯も糞もない。

 盤面上だけで勝負が展開されると思ったら大間違いだ。

 こうして敵の心を揺すぶったり、妨害工作を働くのは常套手段。


 『ちぇす・えくすとら・ぶい』はな。

 むしろ盤上の戦いで決着が付くことのほうが珍しい。

 かつて俺も団長と戦ったものだが、『チェックメイト』で勝負がついたことなんて2回しかない。


 俺の戦績、実に569戦412勝47分け。

 勝利の内、411勝は団長や他の団員を殴り倒して得たものだからな。

 盤面に意識を集中させながら、槍が飛んでこないか警戒する。

 これこそ糞ゲー『ちぇす・えくすとら・ぶい』の真髄よ。


 ぶっちゃけ歴戦の俺としては、こいつに負ける要素がない。

 今はこいつの母親も居ないし。

 叩きのめして上下関係をキッチリさせておくか。

 雇ってもらっているからといって、手加減する義理はない。

 それどころか、本気で叩き潰すのが礼儀というものだろう。


「『きんぐ』を端に逃すのじゃ! これで鉄壁の守りじゃろう!?」

「『機動要塞ですとろいやぁ』で蹂躙。守りがゼロになったぞ」

「うにゃあああああああッ!?」


 甘いな。機動力の高い『ですとろいやぁ』を前にして、守りを密集させるなど愚の骨頂。

 7つの駒を全て駆逐してくれたわ。

 この勝負も、どうやら俺の勝ちみたいだな。

 今日の昼から始めて実に5連戦。

 その全てで完敗した雇用主の表情やいかに。


「……う、うう。うぇえ、ひっく」


 ヤバイわ。泣いてるわ。

 100パーセント俺のせいだわ。

 言い訳できないわ。

 これヘタしたら首だわ。失職だわ。

 やっとこさ見つけた就職先叩き出されるわ。


 ちょっといじめすぎたか。

 俺より年上の人間を泣かせてしまうとは。

 ちょっとは自重すべきだったな。


「あー……俺が悪かった。ほら、『ですとろいやぁ』は元に返すから。こいつは出てくる作品間違えただけだから。以後使用禁止な。さあ再開しよう」

「うぅ……手加減してもらっても、全く嬉しくないのじゃ」

「手加減なんてしてないって」

「嘘じゃ」

「嘘だな」

「ここで認めるじゃと!?」


 ピーチクパーチク騒ぐ小娘から視線を切って、水を飲む。

 何というか、とんだ期待はずれだな。

 傭兵仲間のツテで、この地に来たのに。


 『妖狐』は獣人の中でも、飛び抜けて学習能力が高いと聞く。

 ところがどうだ。俺の雇用主は精神が幼くて、ただのワガママ幼女じゃないか。

 獣人というのも、大したことないのか。

 俺は若干がっくりしながら、コップを傍に置いた。


「も、もう一回じゃ! 最初からやってくれれば、今度は勝ってみせるのじゃ!」

「そのセリフも6度目だな。いいだろう、こっちも仕事だ。何度でもその心をへし折ってやる」


 俺は盤面に肘をつきながら、再戦の火蓋を切ったのだった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 俺がこいつを徹底的に苛め抜いて、2日が過ぎた。


 まず突っ込みたい。

 お前の集中力は化け物かと。

 母親も全然帰ってこないし。


 幼女を置いて外出たぁどういう了見だ。

 そう思ったが、この小娘は一応、長い時を生きてるんだったな。

 むしろ俺が若造なんだっけ。

 でもな、知っての通り俺は人間なんだよ。


 一日経過した次点では「お腹すいたな~」「眠たくてやばいな~」「ヒゲ剃ってないな~」とか呑気なこと思ってたけど。

 もうここに至った今、俺は死活問題だよ。


 目の前の幼女は、ツヤツヤとした顔で不敵に微笑んでいる。

 やばい、殺意が湧いてきたよ。

 俺の疲弊を知ってて、休ませることなく試合を強要してきているのだ。


「……そろそろ、寝ていいか?」

「ダメじゃ! 余が一回勝つまで、絶対にやめないのじゃ!」


 だよなぁ。

 こいつの負けず嫌いのスイッチを、俺の『肘で駒を隠す戦法』でオンにしてしまった。

 軽率だったなと今更後悔。

 妖狐と人間じゃ生命力からして違う。


 だったら早く負ければいいじゃないか、と思うかもしれない。

 だがダメなのだ。

 俺がここで雇われている理由は『王女に兵法を教えるため』。

 この国には謀略家や軍師が居ないので、外から招くという形をとっている。


 そこで俺が選抜の末に教育係に付いたのだが、なんとこの小娘に負けると失職してしまう。

 冗談でなく。

 俺に勝つということは、実力のある軍師を打ち負かしたということ。

 自分で言うのもなんだが、俺は大陸では名の知れた謀略家である。

 傭兵として、よく国家間の戦争に参加してきた。


 その戦歴あっての雇用である。

 ならばクビになっても、他に雇い手がいるのではないか。

 そう思うことだろう。

 その通りだ。


 まさしく、それが真理。

 だがな、俺は嫌なんだ。

 こんな人の迷惑も顧みず、勝負を要求してくる幼女に負けるなど。

 俺の全プライドが許さん。


 だからこそ、こいつが音を上げて母親に泣きつくまで『ちぇす・えくすとら・ぶい』をやってきた。

 だが、それもそろそろ苦しくなってきた。


「ちぇっく、なのじゃ!」

「……ぐッ」


 こいつ、上手くなってやがる。

 いや、もちろん俺が疲れてきたってのもあるんだろうけど。

 何度負けたか数知れない、この小娘。

 いつの間にか、俺を苦しめるまでに腕を伸ばしていた。


 高等な戦術を次々と盗んでいき、独自の陣形まで構築し始めた。

 何ていう学習速度だ。

 妖狐の名に偽りなしか。


「――『ろーどろーらー』じゃッ!」

「……ぐぉ。おのれ、俺の『ないと』と『さいくろぷす』を。良くもやってくれたな」


 くそ、『きんぐ』の守りが次々やられていく。

 なぜだ、今まで俺が積み上げた経験は、こんな小娘に負けるものだったのか。

 数日教えただけで、覆されるようなものだったとでも?


 認めない。

 俺の本気はこんなものじゃないはずなんだ。

 なのに、何故負ける――


 そこまで思考して、気づいた。

 思わず乾いた笑みがこみ上げる。

 なるほどな、簡単なことじゃないか。


 俺は少しばかり、優しくしすぎだったのかもしれない。

 そりゃあ負けるはずだ。

 俺は本来、場外乱闘で真価を発揮する策謀家なのだから!



「星一徹クラァアアアアアアアッシュ!」

「な、なにをしておるのじゃあああああああああ!」



 俺は『ちぇす・えくすとら・ぶい』をひっくり返した。

 盤は駒をまき散らしながら虚空へ吸い込まれる。

 そして高い天井に当たると、見事に砕け散った。


「行くぞ、ここからが本当の『ちぇす・えくすとら・ぶい』だ」

「こ、雇用主に対してその態度! お仕置きなのじゃ!」

「やってみろやゴラァ!」


 ふはは、お前のような小娘に何ができる。

 俺はこれでも団長と互角に拳を交えた男だぞ。

 俺の拳はスライムを突き抜け、ゴーレムで骨折する。

 少なくとも、お前のような幼女に負けるはずはないわ。


「ふは、ふははははははははははは!」


 俺は悪役のような笑いとともに、幼女に襲いかかった。

 すると小娘は俺を見て、初めて獣のような笑みを浮かべた。

 そして、9つの尻尾を限界させる。


「秘技ッ『ナイン・テイル・クラッシュ』!」

「なんのこの程度……って、痛い! 思った三倍痛い! あだだだッ!」


 思わず顔周辺を腕でガードする。

 しかし、それがいけなかった。

 空中旋回した妖狐は肌をさらけ出すのもいとわず、俺の脳天に踵落としを決めたのだった。

 そのまま、俺の頭をグリグリと踏んでくる。

 瞬殺だった。


「……ぐふッ」

「ふふ、正義は勝つのじゃ!」


 いや、正義の味方は倒した相手踏みつけにしないからね?

 お前の中のヒーロー像どんだけ歪んでんだよ。


「さあ、『ちぇっくめいと』をするとするかの」


 そう言って、もう一度足を高く掲げる。

 まずい、更に踵落としを決めるつもりだ。

 あんなものを食らえば、間違いなく失神する。


 そうなれば俺は負けとなってしまう。

 仕方がない。

 これは使いたくなかった手なのだが。

 もう、いいだろう。


 もはや外道と言われても構わん。

 敵を怯ませるため、あくまで敵の戦意を喪失させるため。

 俺は最終兵器を使うとしようか。


 高く振り上げられた足が、ついに最高点を迎える。

 その瞬間、俺は懐から『かめら』を取り出していた。


「フラーッシュ!」

「ひっ、な、なんじゃ?」

「フラーッシュ、フラーッシュ!」


 俺が何枚も絶対領域を撮影する。

 俺の趣味ではないのだが、街の連中には高く売れるだろう。

 もはや失職しても構わん。


 俺はこの写真で、さらなる高みを目指す!

 しばらくすると、『かめら』から何かが出てきた。

 にゅ~、っと。何かが描かれた写真が。


「なんじゃ、今の光と関係があるのか?」


 そう言って、妖狐はそれをひょいと拾う。

 そこに写っているのは、世にも美しい絶対領域。

 それと三角地帯。


「…………」


 しばしの沈黙。

 そして、すべてを悟った小娘は、絶叫しながら足を振り下ろした。


「ちぇ、チェックメイトぉおおおおおおおおおおおおお!」


 ゴキャッ。

 およそ生きてきて最大級の破壊音が、俺の頭から聞こえた。

 ドクドクと、生きた証が流れ出てくる。

 朦朧とした意識が、身体を蝕んでいく。

 だが、その絶体絶命の危機の中。俺は腕を突き上げて叫んでいた。


「我が人生に、一片の悔いなし!」

「ひぃ、まだ意識があった!? も、もう一回、チェックメイトなのじゃぁああああああああ!」



 都合三度目のおみ足が側頭部にヒットした瞬間、俺の全てが終わったのだった。






 

 

 この後――ある商人が、ある写真を引っさげて闇市場に登場し、巨額の富を築くことになる。

 誰もが羨む成功への架け橋を歩んだ男。

 彼はある時、栄達の秘訣を聞かれてこう応えた。


「んー。チェックメイト、かな。あとは狐幼女」


 笑顔で語った青年は、全身に包帯を巻きながらも自信に満ち溢れていた。

 きっと彼は、良い商人になることだろう。

 記者は益体のない確信を、新聞記事に記した。



 ちなみにその数日後。

 獣人による手入れで、その商人は捕まることになるのだが。

 それはまた別の話ということで。


 

 

 ――了


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の行動が面白い(*^^*) [一言] 星一徹クラッシュがパネェ…………(;・∀・) 今度、友人と将棋でもやるときに使わせて貰います( ´∀`)
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