第五話:プレーヤー性能
落ち込む私を助けてくれたのは、やはり近藤の言葉だった。
「あの二人とケリをつける。そういうスタンスで考えればいい。それは加奈の望むところでもあるだろうし、俺としてもやりやすい」
そうして浮かんだ私の心を、沈めたのもやはり彼だった。
「ただ、これは別にラビーナとガルさんの仲を取り持つことには繋がらない。というか決定的破綻に追い込む可能性がある」
……鬼だ、と言いたかったが、言葉には出来なかった。だが次の言葉で、ああ本当に近藤はちゃんと見て分析して、そして結論を出したのだなと、納得することが出来た。
「加奈がラビーナに拘った結果として、お前からラビーナが離れクリアまで逃した。ガルさんを敵に回したのは致命的ミスではあるが、そこは俺も含めた他のプレーヤーでカバー出来る、と思う」
「あ、ありがとう……」
搾り出すように答え、とんでもない仕事をさせてしまったと、そんな申し訳ない気持ちが膨らんできた。あの膨大なデータ、彼は何を思い見続けたのだろう。それを聞きたかったが、今はそんな話をする状況になく、また近藤も話を進めたので私は耳を澄ませた。
「正攻法と搦め手、その結果の違いは理解出来たよな?」
「うん」
小さく答えると、近藤がやや心配そうに続ける。
「ちょっと疲れてるなお前」
「いや、ごめんなんか怒ったり泣いたり」
「やっぱ泣いてんじゃねーか」
「泣いてませんっ」
キリッ。
「そ。続けるけどいけるか?」
「も、勿論!」
耳元から小さな溜め息が聞こえてきた。私も正直一休みしたいが、まだもう少しぐらいはいける。
「じゃ実際どうやるか? その点疑問持ってたみたいだが、それを一つ一つ説明していると長い。だからそこは……後回しで、簡単な話をするぞ。正攻法についてだ」
「ああうん、でも実際は難しい、だよね……。そう! なんでマーカスとエリナがSクラスで私それ以下なの? それに、旅団の面子が入ってるのに間宮がいないのはどうしてさ?」
最初に浮かんだ疑問点だ。どうやってランク付けしたのかが分からない。私と間宮は早い段階からクリアの可能性があるプレーヤーランキングの上位に入っていた。マーカスやエリナと私達はどこが違うのだ。それに、S+の廃人勇者って、誰? 何?
だが、返事はすぐに返ってこない。喉を潤す音がして、近藤が飲み物を手に取っていることだけが伝わってきた。しばらくの沈黙の後、近藤はやや硬い声で話し始めた。
「加奈の評価がA+なのはお前が死ぬとほんとに詰む、という点も勘案して付けた。それにミナミの評価じゃヴァルキリーはそんなに強くない、だからかな」
「ごめんミナミってどなた?」
「ああ……そう、言うの忘れてた。今回分析するのに一人じゃどうしても把握出来ない部分があってアドバイスを求めた。っても映像はほんの少し、戦闘部分とか些細なものしか見せてない」
いやだから、誰? と口を挟もうとすると、
「廃人だよ。覚えてないかな、俺が止めようとしてた奴。南ってんだ」
「ああ廃人さん! えっと、エネさんか!」
私は懐かしい名前を思い出し、大切なことを話し合ったことも思い出した。彼はまだ、現役なのか……。
「勝手なことして悪いが、どうしても一人ぐらいは別視点がないとと思ってな」
「うん……エネさんだったらいいよ。ちょっとだけでしょ?」
「そりゃお前、なんで加奈とラビーナがガールズトークに花咲かせてるとこなんぞ見せんだよ。ありえんし意味ねーだろ。俺が分からないとこだけだ」
ガールズトークは余計だし、勝手なことしたのはそっちのくせになんでこんなに罵られりゃならんのだ……。
「んんんん、まあそれで私がA+なのね……あとそれにやっぱり私、死ねない?」
「当然。リスクが高いというか、トカレスト崩壊しかねない」
やっぱり。全てに優先される存在となった私は、今や世界を潰しかねないというわけか。これでは、私自身が正攻法で行くのはまずありえないじゃないか。クリアしろとか消えろとか、みんないい加減なこと言いやがって。
「でだが、俺の一押しはマーカスになる。あれは別次元と言っていい。一つ確認するが、彼はリアルで格闘家だな?」
「うん、そうらしいよ」
地下都市での戦闘後、そんな話をした。みんなと色々な、プライベートも含めて会話したことをよく覚えている。間宮だけはさっさと帰っちゃったけど。
「いや、ブラジルじゃ有名だ。まだローカルファイターだが身体能力は突出してる。実際の試合の映像を見たが、あれは化け物だよ」
「うーん、でもトカレストはゲームだよ?」
「そう、そこが凄いとこだ。まず彼は武器やスキルに依存しない戦い方をしている。ゲーム的に言えばオートスキルとかその手の便利なものが欲しいとこなんだが、彼が主に使うのはザラトイ・ドラゴンと強制MP回収能力、この二つだ。この二つも確かに強いがそれ以外は基本素手だぜ? グローブつけてるとはいえ。しかも神父、プリーストになると基礎ステがめちゃ下がるのに、物ともしない」
なるほど。
「"このプレーヤーはゲームをしていない"南はそこまで言ってた。そもそものプレイヤー性能、というよりリアルでの能力がずば抜けている。いずれ世界一、つまり人類の頂点に立つかもしれない、そういう強さを持っている」
すげえ……マーカスってそんな凄い奴だったのか。私は動く彫刻、筋肉マニアだとしか……いやでもそうなると一つ問題が。
「あの、現役かどうか分からないんだけど……」
私は、この事実を告げたことで近藤が文句の一つも言ってくると思っていたが、彼の声は変わらないトーンのままだった。
「連絡取ってないのか?」
「昔は取ってたけど、今は全然……」
「エリナは?」
「エリナとはたまに……で、エリナはなんで?」
「あの子は未知数だ。そもそもとしてなんだが、あの子どうやって兵器の類を手に入れてるんだ?」
「改造してるらしいよ?」
「だから元々のモンはどこで手に入れてるんだ。トカレストは中世のRPGだぞ?」
んなこと言われても……そういう子ですとしか……。
「ああでも、トカレストは意外に分岐ってか隠しイベントとか多くて、みんなそこで色んな転職証とか手に入れるからそれでじゃないかな」
これは当てずっぽうではなく、経験からの推理だ。実際旅団のメンバーもそれで転職証を手に入れていた。間宮のホワイトナイトもその類になるし、大概みんなそうだった。だが近藤はしっくりこないのか、疑問の声を上げる。
「それでも不自然だ。銃や大砲なら分かるが近代兵器だぞ? で、一つ断言出来るのは、あの子は子供用のトカレストなんてやってないってことだ」
へ? いや、エリナは子供用のトカレストで、敵は射的の的みたいにしか見えてないってマーカスが、ハッキネンだって言ってた。
「そもそも子供用のトカレストなんて、存在しない。これは調べたから確定事項だ。ちょっとしたルール違反だが、親御さんの許可ってのはまあ事実かもな」
「そりゃ、だってマーカスはバイトでエリナと遊んでたんだもの」
彼は「ファイトマネーだけじゃまだ食えなくてよ」と言っていた。でも、子供用のトカレストなんてない? なんで、なんでそんな嘘つくんだろう。素直にそう零すと、
「ルール違反だからな、あまり大きな声では言えなかったんだろう」
近藤はそう答えて続けた。
「手段は分からんが、あの子ならクリア出来る可能性が高い。無限に広がる空間倉庫を持っていってとりあえず核をぱなす。とにかくぱなし続ける。自分は移動出来る高性能核シェルターにでも入ってりゃ、ラスボスもいつかは死ぬだろ」
そんな無茶苦茶な。
「そういう子だろ?」
そうでした。
「でもさ、万が一……」
エリナがもし負けた時のことを考えたら……。
「そう、それなんだ。だからマーカスなんだよ。彼に頼みたいんだ」
そっか……マーカスは現役なんだろうか。とにかく連絡を取らないと、私がそう急くと「正攻法で行くとしたらの話な」と釘を刺された。そうだ、そうだよね。
「あとはもうまぐれ期待で強い順に並べただけだ」
「けどほんとにプロゲーマーなんてトカレストにいるの? こんなゲームお金になんないよ?」
「いや、それはまあ……でも加奈、お前も分かるってかお前らが一番よく分かると思うんだが、この手のゲーム、これから増えるぜ?」
ああ……それは確実にイエスだ。そうであるなら、今の内からやっておくのは先行投資みたいなものだし、スタートダッシュを切るいい機会。トカレストのメイン選ぶってのは、凄いと思うけど。プロも大変だな……。
「まそんなとこだな。基本ない。マーカスが呑んでくれたら、あるかなあぐらいだ」
「うん、そうだね。そっか、私はダメだし……ジルとかカラカスも厳しい……あ、そうそう間宮は? あいつだったらワンチャンあると思うんだけど?」
私がダメなら間宮、旅団二大エースの一角はゲームの達人だ。そりゃリアルで世界一になりえるマーカスは凄いかもしれないが、ゲーム内なら間宮だって見劣りしないだろう。何せ私の次の勇者、最後の称号を持つ第八十二代光の勇者なんだ。
ところがその間宮が入っていない。カラカスとジルがいて、間宮がいない。致命的な弱点でもあるのだろうか。もしそうなら、私はそれを知りたい。あれだけ凄くても、育てようによってはやっぱり詰むという事実は押さえておきたい。これはトカレストプレーヤーの本能みたいなものだろう。当然、納得がいかないという理由もあるが。
けれど、返ってきたのは長い沈黙と妙な空気で、そして聞き取れない小さな呟きだった。
「ごめん、近藤今なんてった? 聞こえなかったんだ、もう一回頼むよ」
「…………」
「こんど? どしたのさ、さっきまでマシンガみたいに喋ってたじゃん」
私はただ疑問をぶつけているだけだ。だが目の前にいるわけでもない近藤から、何か重い空気を感じるのはなんなんだ? そして――。
「――彼は死んだよ」
――え?
「ラスボスに挑んで、戦死した」




