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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第四章:廃業勇者
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9.パラソルの下で

 大草原の真ん中にパラソルを立て「まあ入れや」そう近藤に促された。パラソルの下で、私は膝を立て、近藤は大の字になって寝転がった。


「こうして顔を合わせるのは久しぶりだよな。厳しい道のりを思い出すわ」

「ほんと、色々あったね」


 私はそう生返事をして、それ以上は何も言えなかった。どうしてここに来たのか、それを考えると自分でもよく分からなくなってしまう。ただ誰かと話したかったたのだろうか。それとも、協力を得たかったのだろうか。全てを告白して、何もかも白状する相手が欲しかったのだろうか。どれも違う気がする。


「俺は俺で攻略するつもりだったんだけどなあ。加奈には、悪いことしたかな」

「いや、別にそんなことないよ」


 近藤と組んで挑んだメインストーリーのことは、今でも昨日のことのように思い出せる。近藤がいなければ今の私はない。逆に言えば、今の窮地に近藤も少しだけ関わっているのだが。


「辞める、か……」

「体もう大丈夫なの?」


 遮るようにそう近藤に尋ねた。思わず目が合い、少しの疑念が近藤の目に宿っていることに気付いてすぐに逸らす。近藤はあくまで普段通りだと強調するように、答えた。


「ああ、体はね。随分と前によくなった。言ってなかったっけ」

「知ってたよ」

「だよな」

「はい……」


 誤魔化し方が下手すぎた。今隣にいる近藤は、多分目を細めて何を隠しているのか本格的に疑っているだろう。もういっそ何もかも吐いてやろうか。そう思ったが、昔話を一つ思い出して気持ちを切り替える。


「そんなことよりさ、命の恩人に言うことあるんじゃないの! 覚えてるでしょ? スキルポイント貯め始めた時のこと! 一回だけしくじったよね、あんたのせいで!」


 ははっ。近藤は笑って懐かしいと手を叩いた。


「はいはい、スキルポイント集めてた時ね。あいつは手強かったよな。でもあれは事故だよ……あ、おい!」


 ん? と思うと近藤の視線の先にモンスターの群れがいる。いや、あれはまたぞろ残党か? 誰かが操っているかのように、その動きは統率が取れている。


「やろっ、人の土地荒らしやがって! ちょっと待っててくれ加奈」

「手伝おうか?」

「ばーか、勇者がこんなとこで大暴れしてみろ、大騒ぎになるわ」

「そっと始末するよ?」

「いらね。寝てろ」


 はーい、そう返事して私は肘をついた。それを見た近藤が、鋭い目を向けた。


「ちょっと行って来るけど、その間にここに何しに来たのか、きちんと整理しとけ」


 思わずうつ伏せになると、近藤の雄叫びが聞こえてきた。


「ゴルァ! 人の土地荒らしてんじゃねー!」


 顔を上げ、駆けていく近藤を眺める。あれだけの数一人で相手出来るのか、凄いなあ。もしかして近藤、頑張ってレベル上げてたのかな? 私の知らないところで。そんなことを思い、少し胸にざわつくものを感じる。


「こいよゴルァ残りかすの雑魚どもが!」


 その叫び声に、モンスターたちが反応し飛び掛っていく。


「わが身に宿れ、鬼紳士、黒き拳闘士デッドグラス!」


 そうして近藤は両腕をだらりと下げた。大丈夫だろうか。


「――隙が多すぎる」


 近藤の呟きと共にカウンタースキルが発動されて、モンスターの群れが吹き飛んだ。へえ、便利なスキルだなあ。私は感心して、そしてやっぱり少し複雑な気分になった。近藤、レベル上げしてたのかな……。

 何しに来たのか、か。なんとなくが答えだけれど、それでは納得しないだろう。なんて説明すればいいんだ。


 遥か遠くで、打撃音が響いている。吹き飛ばされる敵と、縦横無尽に暴れまわる近藤を眺めながら、改めて現状を整理してみる。まず、今の状況をどれだけの人間が理解出来るのか。唯一話せる相手であり、理解出来るのは近藤だと思うが、その近藤は今第一線から退いている。相談は出来ても力にはなってくれないだろう。

 もし近藤が第一線に復活するとしても、戦力として期待出来るまで成長するのには時間がかかりすぎる。何より近藤への負担が大きい。それはダメだ。

 私は間違えたのかもしれない、そんな考えが浮かんできた。近藤にだけは、会うべきではなかったのではないか。近藤にしか分からない話だけど、近藤だけは避けるべきだったのか。そうすると、今のこの世界に私の立場を理解してくれる人は一人もいないのか?

 失望ではなく、絶望なのか……。私は、近藤に処理される残党達に自分を照らし合わせていた。


「隙が多過ぎだな」


 近藤はそう言って戻ってきた。草原に現れた残党達は一人残らず駆逐され、その骸もきれいさっぱり消えている。あまりの呆気なさに、もうちょっと粘れよ残党共め、と心の中で愚痴を零す。同時に近藤の奴、ちょっと強過ぎやしないかとも思った。


「凄いね、めっちゃ強力じゃない。大したもんだよ」


 タオルを渡しながらそういうと、近藤も少し胸を張っている。


「いや、隙が多すぎたからな。ほんとはもっと華麗にいきたかったんだけど、まあ隙が多い奴らにはあれがいいんだ」


 華麗ねえ、そう聞くとやはり一線を退いた人間だなと思う。勝ち方にこだわりなど持っていては、トカレストのメインは攻略できない。けど強いのは事実だ。気になって、それを確かめてみる。


「そっちの質問の前にこっちから。あのさ、今の凄い強化に見えるよ。召喚獣の二種類にカウンタースキル。パラメーターもかなりのものでしょ? 正直そこまでやんなくてもこのゲームってさ、楽しめるじゃない。もしかして近藤、追いつこうとか思ってた?」


 ちくりと胸に痛むものを感じながら、そんなことを尋ねると近藤は口元を歪ませた。


「あのな、デッドグラスって降霊術なんだけどさ、この名前の意味分かる?」


 わかんない。私は当然ふるふると首を振った。


「グラスはガラスって意味。拳闘士ってボクサーのことだろ、グラスジョーって言葉があるんだ。ガラスのように脆い顎って意味。で、そこからデッドグラスと名前がついてる。つまりこの降霊術、攻撃力はぱねーけど守りに入ると超脆い。パンチドランカーの亡霊なのかもな」


 そうなのか。でもあの雷神さんは?


「金で買える」


 か、金か……。それでもカウンタースキルとか、基礎パラメーターがどの程度かは見て分かる。確かに穴のある術なのかもしんないけど、上位プレイヤーと言ってもいいんじゃないだろうか。


「こだわるね、でもそれは重要じゃないだろ」

「意外に重要だったりします」


 ふん、と鼻であしらわれ、近藤は隣に腰掛けた。


「で、なんで辞める。なんでここに来た。来るのはいいさ、理由があるんだろうから」

「まあはい、あるといえばあります」


 近藤の視線はまだ雪の残る山頂に向けられていた。

 草原に少しだけ風が流れた。緑の匂いが風に乗り、私の髪とドレスを揺らす。

 光のドレスが、瞬くようにキラキラと光を放つ。

 二人は横並びで腰掛け、新鮮で神聖な自然を身体で感じ取っていた。

 そんな中、近藤は私に再度確かめる。

 その目、その声は心の深いところから発せられたもののようだった。


「どんなに理不尽でも、過酷でも加奈は光の勇者になった。詰めまで行ったってことだ。それを捨てる理由が分からない」

「私の質問に答えてよ。あのあと、私を追いかけようとした? 追いかけたの?」


 コンコンと、近藤はステータスボードを叩く仕草をしている。


「見てみろ、これが答えだ」

「職業アサシン……レベル42。これじゃ分からないよ」

「足りないだろ明確に」


 違う。私はそう思い首を振る。


「確かに足りない。けど低レベル攻略でいけばこの状態は悪くないとも言える。アサシンってジョブが分からないから、はっきりとは言えない。要するにこれじゃ分からないよ」

「追いついてないのは事実だろ。こんなとこで水源探ししてる時点で察しろよ」

「私だって息抜きすることはあるさ。答えになってない。近藤はいつもそうだ。肝心なところをぼかす。はっきり答えてよ」


 …………だろ。近藤が何か呟いたが、聞き取れない。


「何?」

「で、なんで勇者辞める。そりゃ姫説得してる時のが今よりは輝いているよ。けどそれは理由にならないだろ」

「懐かしい話をピンポイントで持ち出さないで下さい……」

「結構真面目に聞いてるんだぜ。ただ勇者辞めるってわけじゃないだろう。クリアを諦めるには相応の理由があるはずだ」


 根本的に間違えている。私はクリア自体は諦めていない。勇者を辞めるのは、現時点ではクリア出来ないと悟ったからだし、確かに無理だと判断はしたけど完全に投げたわけではない。でも傍から見ればそう思うのも当然だろう。

 近藤は私の問いに正面から向き合ってくれない。それは私が近藤と正面から向き合っていないからなのだろうか。どちらにせよ、そういう姿勢でくるのなら私が投げられるボールは一つだと思った。聖剣士ガルバルディ、この名前を出せば近藤も本気で答えざるを得ないだろう。

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