第九話:そんな性差別認めない
本当の意味で一通りの準備を終えた私達は街を出てさらに北へと向かった。何の変哲もない街だったので名残惜しさもなんも微塵すら感じない。近藤も装備一式を揃えウォリーアーらしい無骨な装備になっている。けど本人曰く軽さ重視で動きやすいらしい。ぐるぐると肩を回してステップも軽やかだ。私は私でいい感じになったのだが……。
「うーん我ながらアーチャーっぽくなったと思うんだよねえ」
私は鏡に映った自分の姿を思い出しながら足下を見た。
「ただこのランニングシューズでさえなければ、完璧に中世のアーチャーなのになあ」
派手な足下が絶妙にバランスを崩している。コーディネートも何もあったものじゃない。近藤が疑問を口にする。
「なんで蛍光色入ってるのにしたんだ。交通事故防止のためか?」
ランニングシューズは全部蛍光色が入った奴しかなかったんだよ! 大体なんでランニングシューズなんだ!
「走るから」
知ってるわ! だが、次に怒ったのは近藤だった。それは私が不意に漏らした一言からだった。荒野にウォーリアーの怒声が響く。
「ああ? なんでワンボタンで着替えられるんだよ! なんだそれは!」
「いや、落ち着いて近藤。便利でいいじゃない」
「そういう問題じゃねえ! 俺はそんなの聞いてないっつってんだ!」
なんでこんな怒るかな。私は近藤が思春期的な熱い何かを発動させたのかと思ったが、そうでもないらしい。
「女の子の着替えはさすがにね、ほら違うゲームになっちゃうって言ってたじゃない」
「ちげえよ! ワンボタンで着替えられるんだったら戦闘中だろうがなんだろうがその時々で使い分けられるってことだぞ、どんだけ大アマなんだ! それに俺にはそんなのないぞ、アーチャーの特権か!」
いや多分そうではなくて……。
「女の子の特権ではないかと、そう思うのですが……結構基本スキルだし」
スキル? 近藤はそう言ってスキルボードを開く。だが、近藤のそれにはどこにも見当たらない。
「どういうことだ」
「だから仮想現実とはいえ現実ですので……」
「どんな性差別だ! 俺は認めんぞ!」
確かに。言われてみればそうかもしれない。
「俺は甲冑外して鎖帷子脱いで鞄開いて中から替えの肌着取り出してさらに脱いで着替えないといけないんだぞ! 戦闘中にんなことしてたら即死するわ!」
ごもっとも。
「苦情出しとく。絶対おかしい」
怒り心頭の近藤だが私は少し違う見方をしていた。
「あいや、それは待って。あのさ近藤、近藤って凄い俊敏性じゃない。あれは卓球部で男だからだよね。こういう戦闘ゲーム女の子がガチでやるってなったら、これぐらいのボーナスはあっていいんじゃないかな」
……既にメッセージボードを開いて罵詈雑言を書き連ねていた近藤の動きが止まった。なるほど、と口にしている。私はそんな近藤を見てさらに付け加える。
「これは私の勘なんだけどね……このスキル実際の性別が反映されるんじゃないかなと思うんだ」
「うん? なんで」
「実際がどうかが問題だと思うわけ。キャラを女にしても中身が男だったらやっぱり運動神経違うでしょ。だから見た目女でもさ……」
あーと近藤は身体を仰け反らせ、それからにやりと笑った。
「性別詐欺はそれで見抜けるってことか」「さいです」
私もにたりと笑って見せた。
北へと向かう道中は不気味なほどに静かだった。何故だろう。敵の襲撃を警戒していた私とっては意外で、どうも肩透かしを食らったような気がする。それに……。
「あの、北って言うけどただ単に北へ行くだけでいいのかな。さっきの街で情報収集とか、やってないよね。合ってるの?」
「合ってる。というより港町とかキングはストーリーと関係ないから勘定に入れちゃいけない。メインストーリーとしてはくらげ殺して崖をクリアした、というのが正しい勘定だ」
あの長い辻斬り生活、テント生活はストーリーとは無縁らしい。分かるが、虚しさがこみ上げる。
「で、北に姫はいるのかな? 何があるんだろう」
疑問を口にする私に多少ネタバレだがいいのならと近藤は言った。少し迷うが覚悟ってものがある。この準備で大体想像はつくけどやはり知りたい。
「宮殿がある。魔王の宮殿だ」
「魔王!」
魔王の魔の字も出てなかったのにいきなり魔王! なんでもありなのかってか早い。手強いのだろうか。
「別荘って扱いだからなあ、魔王自体との戦闘になるかは分からない。俺もストーリー、物語自体は調べてない。あくまで攻略出来る情報を集めてただけだから」
そうか。でもそうすると、想像は膨らむ。これから行くのは魔王の別荘。調子に乗りやがってくそ魔王が別荘持ちかよ。で、テント生活してた私達が魔王にさらわれた姫を助けに行く。なんという出世物語。実際助け出せたら凄い褒美とかもらえそうだ。私城が欲しいです、城持ち大名になりたいです。でも魔王の宮殿近くなのに敵がいない。それにこんな近くに魔王の別荘があるのに王国は大丈夫なのだろうか。
「岩山があっから簡単には攻められないだろ」
なるほど。魔王もあそこから飛び降りるのは怖いか。ざまあ。くつくつと笑いながら、二人は早足で北へ北へと向かい続けた。そうして見えてきた、あれが魔王の宮殿か……でかい、何階建てだろう。立派な造りで、正に中世の雰囲気が漂う無骨な感じの宮殿だった。近藤がこちらを見て言った。
「よし、そのネックレスもういいだろ。数珠つけろ」
へいへい、と赤色の数珠を首から下げる。
「肌着着ろ、長袖な。俺も着るわ」
手伝おうか? と言うと甲冑だけ頼むと近藤は返事した。実際手伝うと分かる、確かにこれは大変かもしれない。道中でいざいい防具が手に入っても実際着脱するのは一手間かかるだろう。ワンボタンの私とは大違いだ。
「あたしいないと大変だね」
「みたいだな。仕方ない」
神妙な顔で近藤は言った。いやいや、そんな本気でとらえなくてもと思うが近藤は顔つきを変えない。
「さて、基本逃げる。これはいつも通り」
真面目な顔の近藤に私は強く頷いた。お互い本気モードだ。
「赤色の数珠は死霊系の敵に気付かれにくくする装備だ。戦闘は相当避けられると思う」
事前攻略ご苦労様です。二人チームの頭脳だね。
「で、走りきって二時間あればここをクリア出来るはずだ」
ちょっとしたマラソンじゃないか。やっぱそうなるのか。分かっていたけどやっぱりきつい。
「あの、注意点などあれば教えて下さい」
そっと手を挙げてチームの頭脳に尋ねる。
「中は石壁で出来てるから冷える。相当冷たいと思え。でも現実と変わらないから走ってりゃ汗かくだろう。自分のタイミングで着替えろ」
それだけ?
「水分は回復薬で補給しろ。それで飲んだ気になれ。持ち運ぶと重いだろ。空間アイテムポーチのスキル手に入れるまでは基本自力で運ぶから仕方ない」
なんか冬山登山の話してるみたい。そう漏らすと「こういうゲームだ」そう返ってきた。