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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第四章:廃業勇者
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6.仮想現実の実態

 ログアウトする瞬間はいつも真っ白な光景が広がる。それを嫌い目を閉じると当然暗闇に包まれ、それから現実へと戻る。部屋の中は外からの陽射しで明るく照らされていた。

 ゴーグルと耳元のデバイスを外し、そっとデスクの上に置く。

 無事にトカスレトからは戻ってこれはした。あの状況から何事もなく帰ってこれたのだから、安堵する気持ちがないわけではない。だが不快さ、そして納得のいかない事態に巻き込まれたことへの腹立たしさも同じく持っている。近藤の助けでとりあえず命拾いはしたが、そもそも彼らが接触して来なければこんな目には遭わなかったんだ。


「誰だよもう、いい加減な話広めてんのは!」


 自然と舌打ちが出て、あーもう! と髪をかきむしる。あまりにも気分が悪い。もし私が政治家なら消費税を50%にして庶民がのた打ち回って苦しむぐらいのことをしてしまいかねないほど、気分が悪い。


 危うく、危うく聖剣士に殺されるところだったんだ!


「あーったく……ふざけんなよ……」


 不安と不満、そして予定外からの徒労感が身体に強く圧し掛かっている。私はガサゴソと音を立てながらベッドへと身体を放り投げた。

 最近はまともに自室の片付けも出来ずにいる。トカレストのことが気になって、部屋の中は滅茶苦茶だ。特に床は酷くて、何かを踏まないと歩くこともままならない。

 我ながら情けないとは思うのだが、こればかりはどうしようも出来ずにいた。そもそもトカレスト内の混乱をどう対処するかも問題だけれど、そのトカレストを出来ずにいたという点が、痛い。長い間トカレストばかりの生活で、それこそ近藤の言うよう夏休みはトカレスト漬けの毎日だったんだ。あの言葉を聞いた時、私の胸には複雑な思いが去来していた。しかしだからこそこれだけやり込めたのであり、んでもってえらいことをしてしまったのだが……。


「はぁ……辛っ……」


 一つ愚痴ると、自然にぼーっと天井を見上げていた。天井は、この部屋の中では唯一きれいな箇所かもしれない。そこには汚れも何もない。かつてのトカレストも、こんなだった。メインだけは無茶苦茶で、他はどこも整えられている。それを、私が壊して……壊れかねない状況に持っていってしまった。


 目を瞑った私は、トカレストで出会った一人のプレーヤーの話を思い出していた。そのプレーヤーは美麗な仮想空間に魅了されることもなく、ただ自分がやりたいことだけを淡々とこなし静かに仮想世界で、生活していた。そう表現するほど、本当に彼はただそこにいるだけの存在だった。私はそこに、大人というよりも、ある種の達観を見た。


 他に比類なき完成度、圧倒的難易度、広大にして自由度の高い世界。この仮想空間トカレストは、結局なんなのか。そんな漠然とした私の問いに、彼はこう答えた。


「――現実を超えた、現実。夢の世界へようこそ。これがこのゲームのキャッチコピーだったかな。けど実際のところは、現実補完する世界、これがトカレストの正しい捉え方だと思う」


 もし、この事実がなければ私にとってトカレストはただのゲームでしかない。そう突き放すことも、もしかしたら出来たかもしれない。だが違う、もう、それは出来ない。


「――他のバーチャルゲームとトカレストストーリーの決定的な違いは、五感の補完だ。この点が明らかに他のゲームと違う。作り手の姿勢から世界の構築の仕方が根本的に異なるんだよ」


 信じられない話だが、あの悪質な製作運営は、トカレストにもう一つの世界を用意した。


「――たとえば目が見えなかったとしよう。どうしようもない現実で、治す手立てもない。いや治さずに、個性だと言ってもいい。そこは深く言わないが、とにかくこの世界にさえ参加すれば、その視覚の欠損は補完される。つまり目が見えるようになる」


 私の知らない、トカレストの実態。トカレストは自らをコピーしてキャラクターメイキングすることが出来る。ここまでは誰でも知っている事実だろう。だが――。


「つまりこういうことになる。生まれてこの方家族の顔も見たことのない人間が、この世界に参加すればそれを見ることが出来る。別に生まれてこの方じゃなくてもいい。人生何があるかは分からない。けど、それによって何かを失ってもここでは補完出来る。聴覚に欠損があってもここなら、家族の声を聞くことが出来る。他の場合でもそうだ。仮想現実でありながら、初めて世界を体験することが出来る、それがトカレストストーリーなんだよ」


 意識障害ですら、補ってしまうそのシステム。トカレストが他のゲームと決定的に違うのはその点にある。もはやゲームの枠を超えて、トカレストは機能している。

 だが、そんなトカレストにも弱点はある。こうした使い方をしていたとしても、必ず、その世界はトカレストのメインと繋がっているのだ。メインで問題が起きれば、それはその他の空間へと波及する……。

 仮想空間の完成度は折り紙つき。あまりの理不尽仕様にそれしか取り柄がないゲームと呼ばれたりするが、それこそがトカレストの真髄なのかもしれない。私が勇者を廃業したとしても、トカレストから去ったとしても、この問題は解決しない。だとすれば、私はどうすればいいのだ……。

 見えない敵と、自らが引き起こした責任の重さ、そしてここまで時間を費やしてたどりついた最終地点。


「私はどうすりゃいいんだ。もう、わけが分からないよ……」


 意識が薄らいでく中、携帯の着信音が鳴った。だらりとした手でそれを確かめると、メールが一通届いていた。


「近藤か……」


 今は、話し合う気持ちにとてもなれない。ただただ、疲れ切っている。それでもその文面だけは確かめた。


[よくよく考えたら話し合う時間ねーわ。そこでもしよければだが、加奈の観戦データこっちに送ってくれないか? 話を聞いてるだけじゃどうも分からないんだ。本当に詰んだのかどうか、確認してやるから。までも、抵抗もあるだろうから適当に考えて決めてくれ]


 ……観戦データってあんた、どんだけ膨大な量だと思ってるんだ。

 挙句、それ日記見せろって言ってんのと変わらない……。

 八十人近い光の勇者が誕生して、それでもクリア出来ないゲーム。

 こんなもの初めから詰んでるとしか言いようがないだろ。

 大体確認してやるからってなんで上から目線なんだ……。

 でも私には、もう、何がなんだかわけが分からず考えたくもなかった……。

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