5.暗殺者の特異性
近藤がガキと称した彼は強がる姿勢だけは崩さない。だが近藤はそれには全く興味がないようだ。そして、また彼が何かを主張しようとしたその瞬間、捕らえられた彼のこめかみに何かが突き立ったように、見えた。思わず大声を出そうとしたのだろう、だが近藤は口元を塞ぎそれをさせない。あまりに苦しそうだが、一体何をやったのだ。プレイヤーキルやそれに準ずる行為は反映されないはずなのに。近藤は冷たく告げる。
「こうなる。これが続く。二十四時間続けてもいい」
当然脅しだろう、だが相手はそう受け取らない、受け取れない。何故ならこのトカレストは――。
「当然理解しているだろうが、この仮想空間は現実の六倍の長さに設定されてる。つまり、現実で四時間粘れば、ここじゃ二十四時間になる。この意味分かるな」
「あ、あ、やめて、やめて下さい! ゆ、許して!」
「観戦モードを切れ」
近藤には、なんの躊躇いも感じられなかった。ただ命じるのみ、アサシン、暗殺者の顔がそこに見え隠れしている。折れた忍者はやっと観戦モードを切ったようだ。だがこればっかりは近藤にも私にも確認は出来ない。
「質問に答えろ。お前の対応次第で、ここにいる全員の運命が決まることを強く自覚しろ。ログアウト出来ない事実も含めてな」
忍者は小刻みに頷いている。もう震えているのか頷いているのかも定かではない。彼もそれなりにやり込んで修羅場を潜ってきただろうに、これほどの恐怖は味わったことはないか。これだけの人数の動きをどうやって封じたのか、それも気になる。私はゆっくりと歩を進めながらその様子を観察し続けた。
「何故あいつを追う。簡潔に言え」
「み、みんなを殺したのか! そんなこと出来るはずないのに!」
この子、まだ抵抗するつもりなのか? 素直に従わないとまた……諦めろよ、思わずそう呟いてしまう。だが近藤はその感情の起伏に呆れることもなく、淡々としたものだった。
「殺した、と言いたいところだが仮死状態にしただけだ。けど殺すことも出来る」
「そ、そんなのルール違反だぞ!」
「ルールには則ってる。殺し方はいくらでもある」
一連の近藤の言葉は冷たさを通り越している。捕らえられた彼は死という言葉に尋常ではないほどの反応を示し、大量の汗をかきはじめた。何より今の状態も苦痛なのだろう、表情が歪んでいる。限界かな、見ていてそう思った。
「もう一度聞くぞ。二度はない。何故あいつを追う。簡潔にだ」
「そ、それは、あの野郎がゲームの穴を突いたからです!」
やはり限界だったらしい。ゲームの穴ってなんだろう、初めて聞く要素だ。素直になった忍者の言葉に耳を澄ませる。
「穴とはなんだ」
「ゲームを詰ませたんです! みんなに対する嫌がらせで、誰もクリア出来ないようにしたんです!」
「証拠は」
「嫌われているからです!」
「証拠と聞いてる」
「だ、だから凄い嫌われてるらしくて。ぼ、僕は知らないけどみんながそうだって、間違いないって!」
「誰が仕切ってる」
「わ、分かりません。みんなです、みんなの意思です!」
「証拠もなしに嫌われているってのはなんだ。お前はあいつに会ったことあるのか。嫌いなのか」
「会ったことは、ないです。けどみんなそう言ってもう大騒ぎなんですよ! あいつのせいだって! 世界が壊れるって! 近藤選手もこっちについた方がいい! あいつ絶対消されますよ!」
無茶苦茶だ。怒り以上に呆気に取られる。嫌われている自覚はないだけかもしれないが、全部私のせいとはどういうことか。みんなの意思とかありえない。どこの独裁国家だよ。私が憤慨する中、忍者が雄叫びのように訴える。
「捕まえれば解決するって、捕まえて来いって言われただけなんだ!」
「ほう、そうか。けど俺はそんな奴知らない」
「全部ばれてる! 近藤選手があいつと組んでたことも!」
「どうでもいい」
確かに近藤は心底どうでもいい、そんな顔をしているようにも見える。だが判然とはしなかった。やや策略家のきらいがある近藤が私のことを終始「そいつ」とは言わずに「あいつ」と言っているのは余裕のなさる業だろう。同時に、彼らの背後にいる者への警告も含まれているのかもしれない。仮に観戦モードがまだ開かれていたら「こちらに手を出せばただではすまない」そんな強いメッセージ性を持つ。
そして近藤は宣告した。
「ガキ、選べ。死の恐怖と服従の二択だ」
「そんな、そんなこと出来るわけない! ルール違反だ!」
「大勢で襲い掛かるのはルール内か。モラル違反だとは思わないのか」
「ゲームの穴を突いて嫌がらせしたんだ!」
「どうでもいい、選べ。二択だ。お前の対応次第で、ここにいる人間の運命が決まる。苦労して育てたキャラが傷物になって使い物にならなくなるぞ。覚悟して答えろ」
「なんで、なんで、やめて、やめて下さいよ!」
「お前このキャラどれくらい時間かけて育てた、全部パーになるな。全員だ」
「そんな! みんな凄い頑張ってきたのに! 凄く頑張って……」
泣いてるのか? 確かに子供に見えてきた。近藤はその子をいくつと見立てているのかは分からないが、その脅しはかなり効果的なようだ。いや、効果的過ぎる。トラウマもんになってなければいいんだけど……。
「手遅れだ。選べ」
「許して下さい……みんな悪くないんです。悪いのは全部ヴァルキリーで……」
「そこを否定したら大目に見てやろう。三択だ」
「そ、それなら3で。ヴァルキリーさんは悪くないです!」
現金な。というかそれが正解なのに。私は気の毒に思いつつもむっとしてしまった。
「いいだろう。一つ約束しろ、忠告でもある。一ヶ月はトカレストにログインするな」
子供は素直にうんと頷いている。もう何を言っても従うだろう。
「決まりだ。ゲームなんぞしとらんでせっせと勉強に励むんだな、どうせ夏休み中トカレスト漬けだったんだろう」
子供忍者がまた頷こうとした瞬間、
――儚さの寓意!
近藤が何かの呪文を唱えた。そうして忍者は放心するかのように崩れ去り、身動きが取れなくなっていた連中と同じように倒れ、動かなくなった。何を、何をしたんだ?
「加奈、聞こえるか。見てたな、ご覧の通りだ。どうしようもない」
「近藤、聞こえる。今何やったの?」
「どうやら情報が錯綜しているようだな。噂話に尾ひれがついて収拾つかなくなってるようだ。誰かが焚きつけているふしもある。ガキなら乗せやすいとでも思ったんだろう」
確かに、それはそう思う。さっきの猛者達は二つ要求してどちらかを飲めと言ってきた。けど今回の忍者達は私をとっ捕まえるつもりだったらしい。てんでバラバラだ。力関係ぐらい把握しておけよと言いたい。けど大事なのはそこではなく、近藤の力が謎過ぎることだ。
「近藤それは分かるんだけど、今何したの?」
「あん? ああ、頭に大量の情報を叩き込んだ。全員分な。もう何が事実で偽りなのか判別つかなくなってるだろう。俺のことも加奈のことも、乗せられたことも混乱して分からなくなっただろうな」
なんだそれは、私は思わず足を止めた。
「そ、そんなこと出来るの? 危険じゃないの? 仮死状態も初めて見たよ」
「俺はアサシンだぞ、それぐらい出来る」
「でもやっぱり危ないんじゃ……」
「どうでもいい。ルール内で出来ることをやっただけだ。砂上の楼閣みたいなもんだよ、これを否定したらゲームの否定だ」
ああ、あの嫌がらせ要素か。でもそれを1プレイヤーが使用出来るなんて信じられない。
「現実には影響がない。ただし、仮想空間トカレストストーリーの中では話は別だ。ログインしたら今言った通り大量の情報が頭の中を駆け巡ってパニックになるだろう。一ヶ月は脅しで一週間の効果だけどな」
「それでも凄い威力だよ。ちょっと怖いんですけど」
「知らん。ガキは勉学に励むべし。廃人モードでトカレストやらなきゃあんなレベルになんねーだろ。親御さんには感謝されるよ。未来の坊やも、俺に感謝するはずだ。覚えてないだろーが」
それはそうかもしれないけど……。なんだろう、少し近藤に恐怖心を覚えた。メインストーリーをやってる連中をまるで手玉に取ってのこの所業、一体近藤は私の知らないところで何をしていたんだ。「なんだ、まだ疑問か?」何かを感じ取ったのか、近藤がそう呟いた。
「うん、一瞬で消えるのは分かる。けど全員を仮死状態に出来るのはやっぱりおかしい」
はは、と近藤がモニターの中で笑っている。
「俺は消えてない、消したんだ。しかもあいつら、実際の俺は一度も見ていない。あれは幻影だよ。陰影で気配を消してその間に仮死状態にした。殺さなかったのは口を割らせるためだ。一人だけ動けるようにしておいて、ちょっと演出を入れただけ。ただの脅しだよ」
種が分かればなるほどと思うところもある、けどそれでも凄まじい。猛者達もゴーストナイトも、そして今の彼らも完全に近藤してやられている。寒気を感じさせる技を見せ付けた近藤が、冷静に告げた。
「こんな混乱状況にあっちゃゲーム内は危険だ。また連絡する。まだ聞き足りないこともあるし、話し足りないこともあるだろう。対応策を考えよう。んじゃ俺ふけるわ。場所変えて」
うん、私も頷いてそれに倣う。だけど、やっぱり近藤が少し怖い。なんだろう、感謝しないといけないのにどうしても違和感が拭えない。まるで本当の暗殺者みたいで。
「あ、一つ忘れてた。お前俺以外に仲間いないとか、どんだけぼっち極めてたんだ。友達ぐらい作れよ」
そう言って近藤は観戦モードを切った。し、失礼な、友達はいっぱい作ったさ。けどたまたま猛者クラスとは疎遠になってしまっただけだ。そう言い返したかったが、もう連絡の取りようもなかった。
私は森の深部、悠久の自然に囲まれる中一人でログアウトした。消え去る瞬間、近くの緑は濃く、そして遠くの緑が薄く見える奇妙な感覚にとらわれながら。
※ヴァニタス=儚さの寓意、虚無、人生の空しさの意。




