4.大きな疑問、新たなる襲撃
近藤は頭を巡らせるように俯き動かなくなった。私は説明を終えたので傍に腰掛け、近藤の様子を眺めている。妙な感覚だった。二人してこんなところで何をやってるんだろう。こんな森の奥深くまで、一人でなら絶対に来ないよ。この周囲、古樹の類ばかりでなんだか異様だ。まるで人類が生まれる前の世界みたいだ。ここもクリア後には活用される場所だったのかなあ、そんなことが頭をよぎった。
「加奈、お前がその問題に気付いたのはいつだ?」
やっと口を開いた近藤の口から出たのはそんな言葉だった。
「嫌な予感は道中ずっとあった。でも4の重要アイテムがあったから勝てると信じてた。4に気付いてた人もいるけど、あれ手に入れるのは至難の業だし。詰んだと思ったのはアイテム失くしてから。本格的にやばいと思ったのはルート分岐の優先度を感じてから。世界が一変した」
「いや、俺は知らんぞ。何も変わってない」
「うん、好奇心旺盛な猛者達しか気付いてないとは思う。広すぎる世界、ストーリーとは関係のない場所にまで足を伸ばさないと体感出来ないから普通は気付かないんだよ」
そうなんだ、普通にやっていれば気付かない。でも冒険好きの探検家プレイヤーと、クリアを諦めて放浪してるプレイヤー達はもう目の当たりにしているはずだ。確実に、トカレストの世界は変化し進化している。それはいずれ、未曾有の混乱を生み出すことになるだろう。その中央にいるのが弱ったことにこの私だ。
「一番大きな分岐点はどこだ? 自力で修正利かないのか?」
「あの、それは近藤が一番知っている要素で……聖剣士様と縁の深い人物のとこが始まりです……」
ああ、姫か。近藤は呟いて、そいつは古すぎると舌打ちした。
「けどやっぱりおかしい。自力修正なんてどうでもいいんだ。そもそも1プレイヤーがなんで責任を負うことがある。この仮想世界を創った製作運営の問題だろう。ゲームが本格的に詰んだのなら連中が対応すればすむ話じゃないか」
「うん、だから一ヶ月も待ったんだ。でも時間の無駄だったよ……」
ばっと近藤が手を挙げ私の発言を制した。何、どうしたの? 私は驚いて近藤をまじまじと見た。
「もういい。今度じっくり話そう。ゲーム内は危険だからログインするなよ」
そう言われ、頷いたが腹立たしい。誰だ私のせいだと煽っている連中は。私2パーセントも悪くない! 限りなくゼロだよ。厳しい顔つきの近藤が私の目を揺らぎなく見てきた。
「最後に一つ。あの散り散りになったゴーストナイトが言ってたな、聖剣士はラスボスを超える力を持っていると。これは事実か?」
私は少し考えた。ラスボス自体と対峙したことはない。けど聖剣士ガルバルディのことなら私が一番詳しい自負がある。
「分かんない。多分互角だと思う。どっちもどっち」
分かった、近藤はそう言うと私の頭に手を置いた。慰められてるのかなと一瞬思ったが違った。
[陰影、雲隠れ]
そう唱えると私は私の存在が消えていくのを感じ取った。これは、気配を消す呪文? いや忍術の類だろうか。まるでさっきの近藤のようになっている。
「もう喋るな。行け。話し合いと打ち合わせは今度だ。こっちから連絡する。客が来た、歓迎してやらないとな」
その言葉で私は聴覚を研ぎ澄ました。音だ、木々の揺れる音の中にノイズが感じられる。あまりに小さい音だが、それは確実に人のものだと気付く。まだ追手が来ているのか。近藤が小声で話した。
「観戦モードは開いておくからさっさと行け。奴らの話だけ聞いておけ、今連中が何を考えているのか把握しないとダメだからな。ログアウトは痕跡の残らないようになるべく見つかりにくいところでやれ。あと、内部でリークしている奴がいるかもしれない。フレンド登録は全て消去しろ」
そうか、それで私の居場所を。こんな森、それに深部にまで追ってこれるならフレンドの誰かが意図的に、或いは深く考えずに情報を漏らしている可能性が一番高い。
とにかくと立ち上がるが、それすら薄ぼんやりとして確かではなかった。自分が、判然としていない。世界に存在するのかも分からなくなった身体と共に、その場を背にした。けど、いいんだろうか。結構な数だと思う。近藤一人で……いや、近藤の言われた通りにする。近藤は……あんまり間違えない。存在と共に不安も消し去れ。一歩一歩を踏みしめさらに森の深部へと入ってく。もう、古の森だよこれは。進めば進むほど、時代を遡るような感覚に包まれる。いつしか近藤の姿は見えなくなり、気配も感じ取れなくなった。
充分な距離を取ったと判断して、観戦モニターを最小限の大きさで開き、近藤の様子を確認する。
「貴様、今さっきまでここにヴァルキリーがいただろう。男か女かは知らん。どこに行った」
「なんのことだ? 誰だお前ら」
「隠し立てしてもなんの特にもならんぞ」
「ただ森林浴してるだけだよ。雑多なリアルが嫌いでねえ」
「とぼけるな! お前が近藤で、あいつと組んでいたことも分かっているんだ!」
近藤は十六人のプレイヤーに囲まれていた。多い、だが猛者というほどでもない。忍者やシーフが主力で、情報収集と隠密行動を主に担当している奴らか。しかし、私と近藤の仲まで把握してるなんて一体誰がそんなことを。私がそんな疑問持つ中、一人の小柄で大人しそうなプレイヤーが近藤に話しかけた。その口調は穏やかだ。
「アサシンですか、ジョブは。トカレスト内じゃ聞いたことないな。近藤和一選手ですよね。卓球の有名プレイヤー。年代別だけじゃなくフル代表の候補にも挙がる、エリート選手。知ってますよ」
近藤の奴は本名で登録している。そりゃバレバレだ、違う意味で有名人だよ。だが近藤は何も動じず挑発した。
「だからなんだへたれ野郎。失せろよ、トレーニング疲れで休みたいんだ」
「い、いやあのね、あんまりそういう口の利き方はしない方がいい。ここはリアルじゃない、仮想世界だ。どんなに粋がっても物を言うのはやり込みとゲームの実力です」
「クソガキの割には調子こくじゃねーか。ガキならゲームは一日一時間って知ってるだろ。さっさと帰ってガリガリ君でも食ってろ」
「テメエ! 図に乗るなよ! プレイヤーキルはなくても死の恐怖ぐらい味あわせることは出来るんだからな! 一生もんのトラウマ背負いたいのか!」
最初から高圧的だった忍者の一人が露骨にレベルを表示させた。は、80! なんつーやり込みようだ。見た感じ猛者とは思えないが、やり込みプレイヤーであることは間違いない。他の連中も威圧するようにレベルを表示させていく。最低で50、数とレベルはかなり高いと言っていい。これは、近藤を置いてきたのは失敗だったか。私は足を止め、戻るか否かを考えた。
「今の発言責任持てるんだな。全員の総意として受け取っていいんだな」
「てめえ立場分かってんのか。数だけじゃない、お前レベル42じゃねーか。こっちとは倍ほど違うんだよ! 戦闘力の違いが分かるなら土下座しやがれ!」
「ああ、確かに倍ほど違うのかもな。で、今の発言も全員の総意として受け取っていいんだな」
だが近藤はやはり動じていない。どこまでも冷静だ。いざとなればログアウト、まあそういう手段もある。セーブしていないとそこまでの作業はパーになるが全て済ませていたのだろうか。それともこの数でも余裕? そんなことはないと思うんだけど……近藤はメインストーリー派のガチ具合を軽視しているのか?
「それはこちらの台詞です近藤選手。自分の発言には責任を持って――」
その刹那、座っていたはずの近藤の姿が消えた。わっと驚いた連中だが振り向くことすら許されなかった。完全に動きが止まっている。そして身体を支えきれずに音を立てて倒れこんだ。残るは近藤選手と言っていた彼だけだ。何が起こっているのか把握出来ず、彼は固まって動けずにいた。私は近藤が離脱したものだと思ったが、だがそれは勘違いだったらしい。
「動くなよくそガキ。動けば、ただではすまん。一生もんのトラウマを背負うことになる」
近藤は、自分がガキ呼ばわりした忍者の背後に回っていた。しかし、その姿が判然としないのはなんでだ。そうか、さっきの陰影という奴の力か。近藤は囁くように言う。
「観戦モードを切れ。お前がリーダーなのは分かってる」
「い、嫌だと言ったら」
完全に動きを封じられ、震えながらも彼は強気な姿勢だけは崩さなかった。
私にはそれを見た近藤が、薄く笑いを浮かべたように見えた。
しかし現実としてその表情に変化はない。これは、ただの気のせいなのだろうか……。




