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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第四章:廃業勇者
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2.死霊、聖剣士、相棒

 ただ独りになるためだけに選んだ森の深部は、今や異様な空気に包まれていた。神聖なるヴァルキリー、血の臭いを漂わせる集団、そして死の香りをまとう死霊騎士――。


 私の背後を取った奴がゴーストナイト、その類であることは間違いない。それは魔の存在を意味する。そしてこいつはプレイヤーだ、頭の上にプレイヤー名が表示されている。プレイヤーが魔に堕ちた? 冗談だろう? そもそもそんなこと可能なのか? 自然と首を振る自分が、そこにあった。


 しかし、この事態を明確に危機だと感じているのはどうやら私と僧侶の彼だけらしい。彼は戸惑うような視線で、異形の存在を見ている。だがそれを除けば周囲の誰も、どうやらこれの意味するところを理解出来ていないらしい。一瞬脳裏を過ぎった全て仕組まれ計画されたもの、というのは私の思い違いか。いや、そうとは限らない。あの大所帯だ、統制されているとは限らない……。


 気付かれぬよう、私は素早く次の行動に移っていた。最小限に小さくしたステータスボードからログインしているプレイヤーを探す。フレンド登録してある中に、今すぐ援軍として来てもらえる人はいないか。


 運よく一人見つかった。相棒とも呼べる彼にただ短く「SOS」とだけ送りボードを閉じる。巻き込む形になるのは気まずいが、彼なら駆けつけてくれるだろう。ここから先を考えると、一人では切り抜ける自信がない。そんな不安と戸惑い、焦りを押さえながら、私は声を張り上げた。


「あんたら! よくもこんなもの連れて来て、状況理解出来てんの!」


 だが、返ってきた反応はあまりにも意外なものだった。


「なあ、あれ中村さんじゃね?」「知らない。誰それ?」「有名人。超上級プレイヤー」「六英雄に肩を並べるとも言われてるね」「最強プレイヤーの一角ってことか」「へえ……」


 目の前の集団は、そうしてひそひそと囁いている。私は露骨に苛立った。何言ってんだ、これが誰とかどうでもいい。そういう問題じゃないんだ、それは今関係ないだろ! だが、これで彼らと組んでいるわけではないということだけは分かった。なら余計に意味が分からない。

 僧侶の彼だけが、私と同じ危機感を持っているのか後ずさりパーティーを確認していた。恐らく、戦闘になったとして乗り切れるか否かを見定めているのだろう。ということは……彼らはそれほど、長い付き合いではないということか。


 そうしてここにいる全ての人間が困惑に包まれる中、異形の騎士が再び口を開いた。その声は、やはり生きた人間ものとは思えない。


『知っているぞ、俺は貴様を知っている……あのヴァルキリーだな。貴様は万死に値する。立合え、貴様を抜け殻にしてやろう。血と肉塊も残さぬ、骸と呼ぶのも憚られる姿にしてやろう!』


 殺る気か、いや標的は私なのか!? なんでだ! そう全力で当惑する私を他所に、いきり立っていたあの戦士が間の抜けた声を上げた。


「あの、あなた中村@ピザデブニートさんですよね? どうしてこんなところに? それにその格好、そのジョブはなんです? 俺あなたのファンだからびっくりしてしまって」


 彼らの戦意が薄れ、こちらへの意識も逸れていた。だがその指摘も疑問も的外れだ。有名人なのかもしれないが、これを見てすぐに気付くことがある。そしてそれが何を意味するのかも察して然るべきだ。ちと間抜けすぎやしないか! ていうか随分と口の利き方が違うじゃないか!


「だから、これは魔に侵されたゴーストナイトで今どれだけやばい状況になってんのかさすがに分かれよ!」


 ――そんな雄叫びに近い私のその言葉と同時に、一つの存在が、その場に現れた。

 音も立てず、その接近に誰も気付くこともなく。

 それは丁度私の隣へと着地した。

 まるで疾風のように現れ、今悠然とこの混乱の中央に立っていた。

 音速、いや光速ですらない神速の世界――。


「せ、聖剣士ガルバルディ……!?」


 銀色に輝く鎧、純白のマント、屈強な肉体に、無精ひげ……間違いない、聖剣士ガルバルディ……!!


 なんで? なんで? なんで!?


 声が震え、恐怖で身体が硬直する。なんて存在感、威圧感だ。心底絶望を味わあわせられる。こんなの、さっきよりも想定外、予定外にもほどがある! その面見せるなと言われていたのに!

 こうなれば、危機ではすまない。もはや詰みに近い。この穏やかな殺気、明らかに戦闘目的。しかし、戦闘って……まさか魔の存在に引き寄せられ、飛んできたのか? なんて間の悪い! 何せ私は、私はこの聖剣士の逆鱗に触れるまねを……これは死ねる、完全に、死ねる……。

 ダメだ……ここはもう戦場と化す。いや、一方的な殺戮の場と化す。だが私に用があったはずの彼らは不意に現れた新たな存在に、さらに戸惑いを隠せずにいた。終始落ち着いているのはゴーストナイトだけだ。


「こいつ誰? おい、名前表示しろよ、レベルもだ。なんでここに来た、なんの用だ?」

「そうだ! 礼儀も知らないのか!」


 馬鹿を筆頭に罵声が並ぶ。なんという口の利き方だ。他の連中も同じレベル、どうしても死にたいらしい。というか、聖剣士を知らないとか……いや、奴らはまあいい、勝手に死ねばいいさ。だが私はどうする。逃げようと聖剣士に背中を見せれば、その瞬間斬り伏せられる可能性が高い。といって正面切って戦うなどありえない。


「ああ、なんか見たことある。聖剣士とかいう、モブキャラじゃなかったっけ?」

「知らない。何それ」


 彼らが続いて発したのは、そんな言葉だった。知っているとしてもその程度認識か、絶望的過ぎる。私は改めてトカレストストーリーの深淵を覗き込んだ気がした。この世界は広すぎる、そして異様すぎる。そんな群集の間抜け具合、そして私の戸惑いを突き破るようにゴーストナイトの恐ろしい声が再び響き渡った。


『貴様が聖剣士ガルバルディか……待っていた、この時を待っていたぞ! 勝負だ聖剣士。ラスボスを超えると言われるその力、この私に見せてみろ!』


 ゴーストナイトの目が赤く光り、魔の力と殺意が高まっていく。

 なるほど、そういうことか。今得心した。私を追っていたのはあくまでおまけに過ぎない。本命は聖剣士、このゲーム内最強キャラと一戦交えようという腹か! 正気とは思えん。だが彼を見ればもはや正気などどこにもなく、恐らく既に息絶えて……怨念だけが彼を突き動かしているのだろう。


 もう! なんでこんなことに! ありえない事態の連続で混乱する中、真っ白な衣装に身を包んだ無骨な聖剣士は、全てを無視しこちらへと視線を向けた。


「君か。その面見せるなとは言ったが、こちらから出向いてしまうとはな。さて、どうしたものか」


 それはあまりにも冷たく、冷淡な響きを持つものだった。

 どうもこうもない、いきなり過ぎる。いや必然なのか? そういう運命なのか私は!?

 どうすればいい、どうすればいいんだ……。プレッシャーに押し潰されそうになりながら、私は周囲の状況を改めて確認する。窪地に数人の戦士達と僧侶が、その向こうに数十人のプレイヤーが構えている。背後にはゴーストナイト、中村というプレイヤーだ。そしてそれに挟まれるように自分と聖剣士が立っている。戦闘になるのは必然、そして強制戦闘になる可能性が高い。となればログアウトすら出来ない! 正に進退極まる状態……なんて終わり方だ、納得出来ない!


 限りなくリアルに近いバーチャル、私というキャラクターは、涙を滲ませるほどの絶望感を味わっていた。そんな最悪の状況で、意表を突く声が聞こえ私はまたぞろぞっとすることになる。


[動くな佐々木]


 何? ど、どこからだ。声が、誰かの声が聞こえる。だが気配が一切感じられない。


[なんか俺が聞いてた話と随分と違うな。とにかく動くな、気付かれる]


 声、名前の呼び方、相棒、近藤か! 来てくれた! なんというスピード、どうやってここまで! けどどこに、どこから話しかけている?


[呼び出しに応じてみればこれだ。一体どうなってる。これは俺にとって予定内なのか、予定外なのかを教えろ。チャットでだ、無駄に動くな。予定内なら1、予定外なら2だ]


 すっと背中に感触があった。近藤は背後にいる? 声は背後からか。だが、誰も気付いていない? 少なくともゴーストナイトからは丸見えのはずだ。数多の猛者達だってその存在に気付いてもおかしくはない。私はチャットで2と打ち込んだ。


[俺は聖剣士を迎え撃つつもりでここに来た。だが場が混乱してる。敵は誰だ、俺はどうすればいい。戦うのなら速攻を仕掛けるが、いいのか? 1がイエスだ]


 2と打ち込む。


[分かった。では俺が今為すべきことはなんだ。1.収拾、2.戦闘、3.離脱]


 当然3だ。


「貴様、魔に侵されているな……ここにいる連中は全員仲間か?」


 聖剣士が厳しい視線で、ゴーストナイトを見つめている。その言葉を皮切りに、ゴーストナイトは業の深さを感じさせる巨大なオーラを放出する。なんて黒い感情、やはり人間のものではない! どうやったらそんな状態になるんだ? ほんとなんなんだこいつは?


『どうでもよいこと、剣士に言葉は必要ない! 聞きたくばその剣を抜け! 貴様を殺して俺は最強の称号を手に入れる! クリアもラスボスももはやどうでもいい! その骸を私に捧げよ!』

「ちょっと待って中村さん、こんな奴俺らで充分ですよ。今更レベル表示隠すような奴、中村さんの出番じゃないっすから」

[今だな。逃げるぞ。というか、投げるぞ]


 マジで! 剛力のスキル使うの! そう狼狽しながらも、私は動くことも許されない。ここはもう、近藤に任せるしかない。強制戦闘に巻き込まれたら逃げようもないのだから!


 ――それは一瞬のことだった。それには、反動も何もなかった。私はただ凄まじい勢いで投げ飛ばされ空中を猛スピードで舞っていた。まるで弾丸になったかのような気分だ。


「逃がすか!」


 その言葉と共に一本のくないが飛んできた。あの状況でも私をマークしていた奴がいるとは! その注意力を他に使えよ!


[鏡印]


 鋭い反応と共に飛んで来たくないは、私に届かず結界のようなものに弾かれた。近藤の術か? よく、分からない。

 私はただ弾丸と化し空を舞っている。どうしよう、自力で態勢を立て直すべきなんだろうか。出来なくはないと思うんだけど。ふと下を見ると、猛スピードで私を追尾する近藤の姿が見えた。ああ、これなら無事にキャッチしてくれるだろう。流れに身を任せ、力を抜いて空を飛ぶ。透き通る青空と、どこまでも深い緑に挟まれて私はただただ宙を舞っていた。

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