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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第四十二話:終局

 深部の混戦はハッキネン、さらに間宮が参戦したことで形勢は一気に傾いた。覇王憎しの化け物共だが、相手が旅団のトッププレーヤーでは手強過ぎる。ザルギインにつくモンスター達も勢いづいている。もう流れは変わらないだろう。


 神殿跡で騫駄と戯れるマーカスもそろそろ締めに入るようだ。騫駄が何を思って暴力神父と遊んでいたのかは分からないが、はっきりと言えることが一つある。向こうはモンスター、こっちはプレーヤーだ。戦闘が長引けば長引くほど、プレーヤー側はスキルポイントが加算される。勿論それにはタフさが要求されるし、ゲージ効率の問題もある。だがマーカスはその点を完全に克服したプレーヤーだ。極端なMP依存スタイルだが、そのMPを回収出来る能力を持つ彼に長期戦を臨むのは自殺と変わりない。


 私は一人で、ビジュラを見送っていた。三体の怪物を仕留めた後、私と間宮の間で話し合いが行われた。ハッキネンが飛び出してくる前の話だ――。


「お前がヴァルキリーかよ! なんでそんな格好してんだ? トカレスト舐めてんのか?」

「いや、そうじゃなくてその、色々と複雑な事情がありまして……」


 顔をしかめていかにも機嫌が悪そうな間宮から視線を外し、私は内心こっちだって気付かなかったよ、なんで間宮がホワイトナイトになっているんだとむくれていた。


「テメエだと分かってたら、手助けなんてしてねーんだがな! くそ、ハッキネンはどこだ!?」


 もはや丁寧だったあの喋り方はどこにもない、いつもの彼に戻っている。一体どこまで嫌われているんだか……気が重くなり、憂鬱にもなる。

 そんな私を他所に間宮は周囲を睨みつけるが、一部を除けばもうどこにも動きはない。そして、ハッキネンがどこにるのかは私にも分からなかった。ボードを見る限りまだパーティーの一員ではあるらしいから、離脱はしていないようだけど……。


「ああーだるい、ありえん、なんで俺がこんなことしなきゃならんのだ。何してんだ俺は」

「私だって間宮が来てくれるとは思ってなかったもん……」


 小さな声でそう呟くと、


「ジルと中村と、筋肉女とかに助け呼んだんだってなあ?」


 尖った声でそう問われた。いや、正確には間宮除いて旅団全員になんだけど、とは言わず適当に頷くと、


「ちっ、全員ログアウトしてたんだよ。中村だけは俺と一緒に釣りしてたんだけど、この後やることがあるから行けないとか抜かしやがってよー結局俺しかいねーし、ハッキネンもいるっつーから仕方なく来てやったんだ。なのになんでハッキネンがいなくてお前しかいねーんだ、ざけんなよ」


 間宮はまるで喧嘩相手に言うように、そう吐き捨てる。まるで私が悪人のような言い方じゃないか。なんでそこまで言われないといけないんだ。

 その言い草にムカムカムカムカしつつつも、ああそういうことねと私は事態を把握した。だよね、もう深夜だしみんなログアウトしてるよね……でも、でもおかしい。

 間宮が来てくれたのは迷惑で嬉しくて余計というかいい誤算だけど、中村はさっきまでいたってことじゃないか。そもそも釣りってなんだよ釣りって! やることって何? こんな時間なのに! そう素直にぶつけると、間宮は視線を逸らし冷めた口調で答えた。


「あー女口説きに行くとか言ってたわ」

「は? こんな時間に? 深夜だよ? 人攫いにでも行くつもり?」

「馬鹿かお前はちげえよ……」

「じゃなにさ? こんな深夜に徘徊してんのなんて幽霊ぐらいのもんでしょ」

「だから……勘の悪い奴だな、ギャルゲー(・・・・)だよ。それぐらい察しろ。夜も更けて寂しくなったんじゃねーの、知らねーけど」


 ギャルゲーって……中村屋、お前って奴は……いくら寂しいからと言って仲間を助けることよりバーチャルガールを口説くことを優先するとか……ど変態野郎め。このど変態野郎め! どんなギャルゲーか知らんけど……このどどど変態め! なにが報告待ってますよだ! あの野郎!

 色々な虚しさと共に微妙な沈黙が流れる中、間宮はマーカス、ザルギイン、ガルさん、それからレイスに視線を向けていた。


「なあ、てっきりあれがヴァルキリーだと思ってたんだが、あいつは誰だ?」

「NPC、イーセリアルレイス。暴走助っ人みたいなもん」


 ぶっきらぼうにそう答えると「NPC?」と間宮は怪訝な顔をした。確かにトカレストのメインは真っ当なキャラクター性を持つNPCが少ないし乏しい。というよりいないに等しい。意外に思うのも勘違いするのも仕方のないことだろう。なにせ私のメット被ってるし、色違いでほぼ同じ格好だし。


「強いなあれは。だが……あの騎士は……」

「ガルさん怒らせないでね、強いとかそういう次元じゃないから」


 そう忠告すると「んなこた見れば分かる」とさっくり返された。見ただけで分かるかさすがに。周囲に骸が山積みになってるし、オーラだって「俺だけ異次元」と言わんばかりのものを漂わせている。


「んーで、連中片付けたのはいいけどここで何が起こってんだ? もうなにもしなくていいのか?」


 間宮はまた周囲に視線を巡らせる。私はこくりと頷き「もう終わったよ。マーカスに万が一がない限りは大丈夫」とだけ言った。しかし、間宮は口を開けまるで不良のように顔をいかつくさせる。


「うろちょろしてんのがいるじゃねーか。それにまだあの騎士の周りに随分といる。自殺染みてるが、それでもいいのか?」


 間宮が言っているのは恐らくあちこちを這いずり回るワームのことだろう。それに彼らが何故ガルさんの傍にいるかも事情を知らなければ分かるはずもない。


「うろちょろしてんのはザルギインの手下だよ。あのワームはザルギインの回収役だ」


 そうなのだ、結局ザルギインは何一つ失うつもりなどなかった。いや、被害は計算していただろうがそれでもそれを最小限に止め自分の財産だけは守るつもりだった。

 回収役のワームはまるで蛆虫のようで気味が悪いが、彼らが通り過ぎるとモンスターの骸はきれいさっぱり消え失せ、そして地面に染み付く血まで吸い取って行く。あれがまたザルギインの血となり肉となり、力の源泉となるのだろう。だが間宮はそもそもザルギインを知らないので「誰よそれ?」と目を細める。私はただ「事の元凶でいけ好かないくそ野郎だよ」とだけ答えた。


「いけ好かないのはてめーだよ。じゃああのデカブツは。ラクダかあれは?」


 ああ、と地下都市中央に身体を向け、私は相変わらず呑気にデンと構えるビジュラを見た。やはり頭の上にははてなマークが浮かんでいる。


「ビジュラは……ああ、ビジュラっていうんだけどね、分かんないんだ。動かないし、話し聞いてくんないし、鈍感なのか逃げようともしないんだよね。敵も手出さないし分かんない」

「敵じゃねえのか?」


 違うと思うと首を振るが、正直分からない。結局全て、どう判断するかはガルさん次第だ、私の事も含めて……。


「お前の話は聞かないのか?」

「逃げろって言ったんだけどね。ってかミサイルくらっても平気だしブルプラの雨でも無傷だし、意味分かんない」


 そう、と間宮は呟き、それから「じゃあ俺が話してくるわ。逃がせばいいんだろ」と言った。



 ビジュラの元へ向かう道中、間宮は「あーだるいありえねーハッキネンがいないとか無駄足過ぎるありえねー」と愚痴りまくるが、そんなの私だって同じだ。魔術師系の中村屋が来てくれればどれだけ心強かったか。結局力押しでなんとかなったけど、よりにもよって間宮とか……そもそも、


「そもそもギャルゲーって何!」


 思わず声に出して、間宮の愚痴を遮ってしまう。「まだ言うか」と返されたが当然だろう。仲間とか、友情とか……ああ、そんなもんトカレストにはなかった……いやいや、旅団はパーティーじゃないか? おかしいだろ!


「仕方ねえだろ、人それぞれ生き方があんだから文句言うな」

「そんなの私は認めない! そんなに女の子が恋しいならこっち来ても良かったじゃない!」


 あ? と間宮は呆れとも蔑みとも取れる声を上げる。


「どういう意味それ?」

「私を助けるのも捉え様によってはギャルゲーじゃないか! お喋りなら私がいくらでもしてやんよ! お茶でも珈琲でも一緒にしてやんよ! 現役女子高生とんなこと出来る機会そうそうないぞ!」

「知らねーよ、本人に言え。大体詐欺ってるかもしんないDQN馬鹿女よりバーチャルのがまともっちゃあまともかもしんねーし」

「私は見たままだ!」

「ああ、見たままの馬鹿だよ。だからダメなんだろ」


 ちげえ! スタイルも顔も声も全部私だっつーの! そうしてぎゃあぎゃあと喚き立てると、


「お前の言い分は分かってやるけど、いや分かんないけど、中村はあれだ、多分ツンデレとかヤンデレとかそういうのが好みなんだよきっと。んなこと言ってた気がするし」


 私はヤンデレ以下か。あいつ、人の良さそうな面して完璧変態じゃないか。変質者魔導師め、くそが!

 そうして呪いの言葉を吐き続けていると、いつの間にかビジュラはすぐ傍にいて、間宮がビジュラに話しかけていた。が、無駄だろう。旅団一性格の悪い間宮の言うことをビジュラちゃんが聞くわけがない。こういうのは海愛あたりの性格のいい人でないと、無理なんじゃないだろうか。いや、それでも無理かもしんない。


 しかし――何故だかビジュラは間宮の話に聞き入っていた。そしてなんと、移動を開始したのだ。


「ななななな、なんで?」


 驚きのあまり思わずそう零したその時、落雷のような爆音が聞こえ、土煙と共にハッキネンが現れ深部へと駆けていく姿が見えた。


「お、ハッキネン。やっぱいるんじゃねーか、よしゃ俺も行くべ」

「ちょっと待ってなんでビジュラと話が通じるの!?」

「ホワイトナイトは徳が上がるんだよ。NPCが協力的になる。隠しパラメーターだけどな。じゃ、お前はそこでじっとしてろ。邪魔すんなよ」


 そうして間宮はハッキネンの後を追い駆け出した。



 ――ビジュラが、ついに動き出し、のそのそとガルさんの下へと向かう。あそこには、冥府へと続く扉がある。

 間宮のお陰で、というのは気に食わないがこれでビジュラも助かるかもしれない。問題は、ガルさんがどう判断するかだ……私は先に宣告している、これからは敵だ、と。だがビジュラは別だ。そこをガルさんが理解してくれるのか……不安に思い見つめていると、風景が一気に変化した。


 ビジュラに続き周囲に集まっていたモンスター達も冥府の扉に向かって移動を始めたのだ。


 思わず、息を呑む光景だった。彼らは帰ると判断した。ザルギインのことはもういいと、私の忠告を聞き入れてくれた。だが、それは私の勝手な言い分であって、ガルさんが何を考えているかなんて全く分からない。

 レイスに視線を向けると血塗れのオブジェと化したドラゴンに腰掛けていた。あれも次元違う化け物の一匹。散々なぶりものにして、無茶苦茶にしたのだろう。そこにはもうドラゴンの面影がない。


 レイスは槍を肩にかけ、目の端でガルバルディの様子を窺っている。どう出るか、レイスも観察しているんだ。もし、もしガルさんが「滅殺」とか言い出して暴れだしたら、レイスはそれを止めに行くのだろうか? レイスは彼らを傍系同属だと言った。最初は利用しようとしていたが、レイスにとって彼らは自分に近い存在だ。素直に敗北を認めたのならば、それを守ろうとしても不思議ではない。何より、あいつはガルさんと戦うことを望んでいる!

 そうなれば、大事故だ……今のレイスはやばい、追い詰められれば私に同化を求めてくる可能性もある。いや、今なら自力でヴァルハラに引きずり込むことだって……。


 終わったはずなのに、ここからが正念場だと理解はしていたが……タイミングが早過ぎる……全部終わってからでもよかったんだ。ビジュラの存在が大き過ぎる、みんなビジュラについていく。

 深部と神殿跡ではまだ戦闘が続いている。轟音と眩いエフェクトが連続して続いている。だが私はただ呆然と、彼らの背中を見つめていた。どうなる……どうしよう……どうすれば……。


 そうしてビジュラを先頭とした一団が真っ直ぐ進む中、それを逆走する者がいた。

 中央にきれいに道ができ、その人はこちらへと歩いてくる。

 聖剣士ガルバルディはにこやかな表情を携え、ただ真っ直ぐと私に向かって歩いていた。

 それはとても、信じられない光景だった。

 それを信じていたとしても、信じたくても、受け入れたいのに、受け入れ難い情景だった。


「き、奇跡だ……」


 なんで? どうして? 良かった! でも何故こんなにうまく……そう呆け続ける私に、


「随分と手間取っていたね。だが、彼が戻ってきてくれて戦況は変わった。しかしまあ世の中不思議なことばかりだ、彼らは一体何者で、どこへ行こうというのだろう」


 聖剣士はそう言い、


「疲れたろう。腕は大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな」


 私の左腕を心配してくれた。その姿は間違いなく今まで見てきたガルさんであり、恐れ、憧れ、私をここに留めつづけるその人そのものだった。そして彼は私の前髪に触れ、


「ところで、何故寝巻きで戦おうと思ったんだい?」


 不思議そうな顔をした。

 ジーンズは元々作業着で、今はカジュアルウェアです……なんて言えるわけもない。


 頭が真っ白になる中、それでもガルさんの向こう、ビジュラが軟体動物のように冥府の扉をくぐる様子だけは、私はしっかりと見ていた。目に焼き付けるように、大きなラクダが還っていく様子をただただ見つめ続けた――。




 ――こうして私は、この混沌を無事に生き延びた。だがこの後の展開を、運命を、この時の私は知る由もなかった。そして、何もかも、失うのだ。

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