第八話:続・装備を整えよう!
周囲を見渡すと、レベルが異様に高い連中がうろついている。一桁なんて一人もいない。装備もそれに準じていて、豪華で頑強そうなものを身につけている。一方私達はTシャツにジーンズにハーフパンツ。場違いにもほどがある、コンビニじゃねーんだから。さらに言えば、ステータスを表示していない。もしかすると一番違和感を持たれる可能性があるのはそこかもしれない。
「装備整えるか。次もあることだし。買い物するぞ」
「好きなもの買っていいんだよね! そう言ったよね!」
拡大解釈しすぎだ、好きにとは言ってないと言われて私は石を蹴飛ばした。
近藤と一緒にまず向かったのは武器防具屋だ。案の定防具から揃えるつもりらしい。辻斬り生活はまだ続くのだろうか。多少見た目に懲りたいと主張する私に、近藤は少し迷う仕草を見せたが了承してくれた。
「羽根付き帽子! 手甲みたいなのもあるかな」
オーバーガードを見つけて私は大いに喜んだ。服どうしよ。アーチャーは鎧を着れないので……。
「ねえ、ドレスってのはどーかな。ワンピースでもいんだけど。スリット入ってたら走れるし」
好きにしろ、そう近藤に言われて私は喜び勇み店内を駆け巡った。
「ああ、ただし着替えが簡単なのにしてくれよ。なるべくゆったりしたやつがいい」
どゆこと? 不思議に思ったが、言われたとおりゆったりめのノースリーブワンピースにした。皮製だが、着替えも楽で見た目は夏らしい。でも、着替え必要なのかな。次、やっと武器である。初期装備のただの弓はさすがに弱すぎる。名前からしてありえない。強力、過ぎるとまずいのかやはり近藤に確かめる。
「この糖類ゼロの新感覚ってのが甘くない感じで一番強いらしいんだけど、私としては名前が嫌なので銀の弓がいいんですが」
「正しい。次は死霊系だから銀の弓が妥当だ。銀の短剣とツインボウガンも買っとけ」
アーチャーといえど近接戦闘を強いられることもあるだろう。銀の短剣はそのためか。ツインボウガンも矢を番えている暇がない距離まで詰め寄られた時に使える。しかも相当強いらしいし、うんよく分かる。
「次は服だな。一通り揃えよう」
近藤はそう言って、現実なら郊外にありそうな大型店舗の服雑貨屋へと足を向ける。服屋さんか……あのさー近藤。私は声を尖らせて言った。
「服屋があるなら先に言って欲しかったよ。それでコーディネートしたのに」
「そうすると思ったから先に必要なものを揃えたんだよ」
お見通しか。
「とりあえずインナー買っとけ。替えもいるぞ。温い奴な、ヒーターテック? だっけ、それとかがいい。長袖のだ。肌着類も揃えとけよ、ゲームとはいえ仮想現実の世界だからな」
へい……と返事して店内を見て回る。近藤の話からすると次はちょっと寒いところなんだろう。替えかあ、とすると結構長いダンジョンなのかな。それとも森の中をさまよう?
「ああ、お前のその格好って下涼しいのか。もしそうだとしたらなんだ、スパッツじゃねえや、ズボン? そんなのも買っとけ」
店内をうろついていた近藤がすれ違い様そう声をかけてきた。レギンスかな。ロングのワンピースだからそんな涼しくはないけど、スリットは深い。視覚的なものと寒さ的な意味で買っておくか。個人的には、手入れの要らない生足を存分に堪能したいところなのだが、致し方ない。
一通り揃えると、今度は靴を買いに行けと言われた。丈夫で軽い、ランニングシューズみたいなのがいいと言う。マラソンさせる気か。それでも仕方なく言われたとおりに選ぶ。色ぐらい華やかのにしよ。初期装備のただの革靴からちったあ見た目はよくなったが、世界観とかまるで感じられない。まあ今までの格好も大概か。
「揃えましたー」
そう報告して購入物を見せる。が、近藤は冷静だった。
「佐々木、嘘はよくない。これじゃ勘定が合わない」
一瞬で見抜いた! こいつ……店内をうろついてたのは値札をチェックするためだったのか!
「なんかアクセサリー買ってただろ。出せ。どうせつけたらばれるんだ」
確かに。浅はかだったかもしれない。拾ったと強弁しようと思っていたが、さすがに無理か。素直に大きなカラーストーンをつなぎ合わせたネックレスを取り出し「お手頃価格でセールしてたものでつい」と言い訳を口にする。
「なんか効果あんのか?」
「私の、気分がよくなります……」
……しばらく沈黙が降りてきたが、近藤はあっそうと素っ気無かった。
「赤色の数珠買って来い。そのネックレスは移動中はつけてたらいいけど、いやセールなら他に好きなもの買ってもいいし身につければいいけど、じゃなくて基本好きに買い物していいよ。ただ数珠は買っといてくれ」
そうしてほれ行けと手を振った。怒られるかもと思っていただけに意外だった。挙句好きに買っていいってどういうことだろう。必要なもの以外も買っていいということだろうか。私は近藤の前から動かずに、その真意を確かめようとした。
「どした。赤色の数珠は絶対買えよ、嫌とは言わせない」
「違う、なんで好きに買っていいとか言うのさ。ネックレスのことも怒らないし、本気でメインストーリー攻略するつもりあんの?」
「……お前が言うな。これでいいのか?」
「ぐ……そうだけど、なんで好きに買い物していいのさ! 近藤まだなんにも買ってないじゃない!」
近藤は「気付いてたのか」と呟き意外そうに口を少し尖らせた。あなどりやがって、それぐらい見てれば分かる。私は色々揃えてるのに、近藤はまだ何もしてない。仲間じゃん! 一緒に買おうよ! 私はそう強く主張した。
「そいつは……ありがとう。そうするよ」
驚いた顔の近藤が、軽く頷く。なんにも驚かせることは言ってないぞ。でも近藤の素直さだけは、受け入れてやろうと思った。
「そうして。で、なんで好きに買っていいの? 好きに買っていいとは言ってないって、さっきそう言った」
語気の強い私の言葉に、近藤はしばし沈黙した後、明後日の方向を向いて呟くように言った。
「この過酷で味気もへったくれもないメインストーリーで今やれることって言ったら買い物ぐらいだろ。今のうちに楽しんどけと、そういうことだ。辛すぎる道中でも楽しめる要素をつくっとけと、そういうことだ」
必要なものを揃えたら好きに買っていいというつもりだった。近藤はそうも付け足した。その声色、視線から私は不思議なものを感じざるを得なかった。